第二次世界大戦と日本の敗戦 ── 問題
基礎
- 次の出来事が起こった年月はどれですか。 独ソ不可侵条約 → ドイツのポーランド侵攻(第二次世界大戦の開始) (ア 1941 年 6 月 イ 1940 年 9 月 ウ 1939 年 8〜9 月 エ 1940 年 6 月)
- 1945 年 8 月の出来事について、8 月 9 日に起こったことはどれですか。 (ア 長崎への原子爆弾投下 イ 御前会議でポツダム宣言の受諾を決定 ウ 広島への原子爆弾投下 エ ソ連の対日宣戦(満州・朝鮮・南樺太・千島へ侵攻))
- 真珠湾攻撃のときの日本の首相はどれですか。 (ア 広田弘毅 イ 近衛文麿 ウ 鈴木貫太郎 エ 東条英機)
- 「ABCD 包囲陣」の A・B・C・D が指す国はどれですか。 (ア アメリカ・ベルギー・チリ・ドイツ イ アルゼンチン・イギリス・中国・デンマーク ウ アメリカ・イギリス(Britain)・中国(China)・オランダ(Dutch) エ オーストラリア・ブラジル・カナダ・デンマーク)
標準
- ヨーロッパの大戦について、独ソ戦の転換点となった 1942〜43 年の戦いはどれですか。 (ア レニングラード包囲(1941〜44 年、ドイツ軍が 900 日にわたって包囲した) イ ノルマンディー上陸(1944 年 6 月、連合軍が西ヨーロッパに第二戦線を開いた) ウ スターリングラードの戦い(ドイツ軍が降伏) エ ベルリン陥落(1945 年 5 月、ソ連軍がベルリンを占領してドイツが降伏した))
- 日本の南進と太平洋戦争について、1940 年 9 月の北部仏印進駐の目的はどれですか。 (ア アメリカとの交渉材料として、仏印から撤退する代わりに石油の輸入再開を引き出すこと イ 中国への援蔣ルートの遮断と南進の足場 ウ ソ連への攻撃の準備として、南から満州への補給路を確保すること エ インドへの進出の足場として、イギリス領ビルマとの国境に軍を置くこと)
- 大東亜共栄圏・国民生活・戦後構想について、日本の占領下の東南アジアで起こったことはどれですか。 (ア 軍票の乱発によるインフレ、泰緬鉄道などでの強制労働(ロームシャ)、食料徴発によるベトナムの大飢饉、日本語教育の強制 イ 日本の支援で各国の独立がすぐに実現し、独立政府が欧米の宗主国と対等に交渉した ウ 日本の占領後も欧米の植民地支配がそのまま続き、日本は現地の統治には関わらなかった エ 日本との貿易で東南アジアの経済が豊かになり、住民の生活水準が大きく向上した)
- 1944 年 10 月のレイテ沖海戦のころから日本軍が組織的に始めた戦法はどれですか。 (ア 戦車部隊の大規模進撃 イ 潜水艦による通商破壊 ウ 空母機動部隊による奇襲 エ 特別攻撃隊(特攻)による航空機の体当たり攻撃)
- 東京大空襲(1945 年 3 月 10 日)について正しいものはどれですか。 (ア 軍事施設だけを狙った精密爆撃 イ 被害は数百人だった ウ B29 による焼夷弾の無差別爆撃で、一晩に約 10 万人が死亡した。以後全国の都市が焼かれた エ 原子爆弾が使われた)
発展
- 次の出来事を古い順に並べたものはどれですか。 ヤルタ会談/ドイツ降伏/ポツダム宣言/広島原爆/ソ連参戦/長崎原爆/ポツダム宣言受諾 (ア ドイツ降伏 → ヤルタ会談 → 広島原爆 → ポツダム宣言 → 長崎原爆 → ソ連参戦 → ポツダム宣言受諾 イ ヤルタ会談 → ポツダム宣言 → ドイツ降伏 → 広島原爆 → 長崎原爆 → ソ連参戦 → ポツダム宣言受諾 ウ ポツダム宣言受諾 → 長崎原爆 → ソ連参戦 → 広島原爆 → ポツダム宣言 → ドイツ降伏 → ヤルタ会談 エ ヤルタ会談 → ドイツ降伏 → ポツダム宣言 → 広島原爆 → ソ連参戦 → 長崎原爆 → ポツダム宣言受諾)
- 日本がポツダム宣言を「黙殺」したあと、受諾を決めた直接の要因として挙げられるものはどれですか。 (ア 広島・長崎への原爆投下と、ソ連の参戦によって本土決戦の前提(ソ連を通じた和平の仲介)が崩れたこと イ ドイツの降伏 ウ 国際連合の設立 エ ミッドウェー海戦の敗北)
- インドネシアのスカルノやビルマのアウン=サンが日本の占領期にとった行動の評価として適切なものはどれですか。 (ア 欧米の植民地支配の復活を望んだ イ 日本への移住を選んだ ウ 最初から日本と戦い続けた エ 日本の軍政に協力しながら独立の準備を進め、日本の敗戦後すぐに独立を宣言した。日本への期待と失望の両面があった)
第二次世界大戦と日本の敗戦 ── 解答
基礎
- ウ 1939 年 8〜9 月 答え:1939 年 8〜9 月。
- ア 長崎への原子爆弾投下 8.6 広島 → 8.8 ソ連参戦 → 8.9 長崎 → 8.14 受諾 → 8.15 玉音放送 → 9.2 調印。答え:長崎への原子爆弾投下。
- エ 東条英機 近衛は開戦直前(1941 年 10 月)に総辞職。鈴木貫太郎はポツダム宣言受諾時の首相。
- ウ アメリカ・イギリス(Britain)・中国(China)・オランダ(Dutch) 日本側が使った言葉で、経済封鎖されて追いこまれたという認識を表す。
標準
- ウ スターリングラードの戦い(ドイツ軍が降伏) 答え:スターリングラードの戦い(ドイツ軍が降伏)。
- イ 中国への援蔣ルートの遮断と南進の足場 答え:中国への援蔣ルートの遮断と南進の足場。
- ア 軍票の乱発によるインフレ、泰緬鉄道などでの強制労働(ロームシャ)、食料徴発によるベトナムの大飢饉、日本語教育の強制 答え:軍票の乱発によるインフレ、泰緬鉄道などでの強制労働(ロームシャ)、食料徴発によるベトナムの大飢饉、日本語教育の強制。
- エ 特別攻撃隊(特攻)による航空機の体当たり攻撃 制空権を失った末の戦法で、沖縄戦でも多用された。
- ウ B29 による焼夷弾の無差別爆撃で、一晩に約 10 万人が死亡した。以後全国の都市が焼かれた サイパン陥落(1944.7)で本土が B29 の航続距離に入ったことが前提。
発展
- エ ヤルタ会談 → ドイツ降伏 → ポツダム宣言 → 広島原爆 → ソ連参戦 → 長崎原爆 → ポツダム宣言受諾 答え:ヤルタ会談 → ドイツ降伏 → ポツダム宣言 → 広島原爆 → ソ連参戦 → 長崎原爆 → ポツダム宣言受諾。1939.9 → 1940.6 → 1940.9 → 1941.6 → 1941.12/1940.9 → 1941.4 → 1941.7 → 1941.11 → 1941.12/1942.6 → 1943.2 → 1944.7 → 1945.3 → 1945.4/1945.2 → 5.8 → 7.26 → 8.6 → 8.8 → 8.9 → 8.14。
- ア 広島・長崎への原爆投下と、ソ連の参戦によって本土決戦の前提(ソ連を通じた和平の仲介)が崩れたこと 受諾の条件は「国体護持」(天皇制の維持)。8 月 14 日の御前会議で天皇が受諾を決めた(聖断)。
- エ 日本の軍政に協力しながら独立の準備を進め、日本の敗戦後すぐに独立を宣言した。日本への期待と失望の両面があった アウン=サンは 1945 年に反日に転じた。戦後、インドネシアは 1945 年、ビルマは 1948 年に独立(ht-11)。
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