江戸時代中期〜幕末(三大改革・開国) ── 問題
基礎
- 株仲間を奨励して営業税をとり、長崎貿易を拡大を行った人物はだれですか。 (ア 徳川綱吉 イ 松平定信(寛政の改革) ウ 徳川吉宗(享保の改革) エ 田沼意次)
- 尾形光琳は元禄文化と化政文化のどちらの人物で、何をしましたか。 (ア 元禄文化。浮世草子『日本永代蔵』 イ 化政文化。浮世絵『富嶽三十六景』 ウ 元禄文化。装飾画(紅白梅図屏風) エ 化政文化。浮世絵『東海道五十三次』)
- 江戸時代に「天下の台所」と呼ばれ、諸藩の蔵屋敷が置かれた都市はどれですか。 (ア 長崎 イ 京都 ウ 大阪 エ 江戸)
- 幕府や藩に営業税を納めて、商品の仕入れや販売を独占した商人の同業組合を何といいますか。 (ア 五人組 イ 惣 ウ 座 エ 株仲間)
- 『解体新書』を出版して西洋医学を紹介した人物はだれですか。 (ア 杉田玄白・前野良沢 イ 伊能忠敬 ウ 平賀源内 エ 本居宣長)
- 江戸時代に庶民の子どもが読み・書き・そろばんを学んだ施設はどれですか。 (ア 国学 イ 寺子屋 ウ 藩校 エ 私塾)
標準
- 日米修好通商条約について正しいものはどれですか。 (ア 1858 年。函館・新潟・横浜・神戸・長崎を開港して貿易を始めたが、領事裁判権を認め関税自主権がない不平等な条約だった イ 1866 年。薩摩と長州が同盟を結んだ ウ 1853 年。ペリーが浦賀に来航して開国を要求した エ 1854 年。下田・函館を開港し、アメリカ船に燃料や食料を供給することを認めた)
- 次の出来事を古い順に並べたとき、2 番目になるものはどれですか。【異国船打払令/ペリーの来航/日米修好通商条約/薩長同盟/大政奉還】 (ア ペリーの来航 イ 異国船打払令 ウ 大政奉還 エ 日米修好通商条約)
- 日米修好通商条約が「不平等条約」とされる理由はどれですか。 (ア 日本が関税を自由に決められたから イ アメリカだけに港を開いたから ウ 日本が領事裁判権をもったから エ 領事裁判権を認め、関税自主権がなかったから)
- 百姓一揆や打ちこわしがききんのたびに増えた背景として正しいものはどれですか。 (ア 年貢の重さや米価の高騰で生活が苦しくなったから イ 幕府が一揆や打ちこわしを奨励したから ウ 外国船が来て、戦争が起きたから エ 農民が豊かになり、力をつけたから)
- 1825 年の異国船打払令が 1842 年にゆるめられた(薪水給与令)きっかけはどれですか。 (ア ペリーが浦賀に来航したから イ オランダが強く抗議したから ウ アヘン戦争で清がイギリスに敗れたから エ ロシアと正式に国交を結び、条約を交わしたから)
- 薩長同盟について正しいものはどれですか。 (ア 1858 年、大老の井伊直弼が朝廷と結んだ イ 坂本龍馬らの仲介で結ばれ、倒幕へ進んだ ウ イギリスとフランスが結んだ同盟 エ 幕府と朝廷が協力するという約束)
- 1867 年、15 代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返したことを何といいますか。 (ア 王政復古 イ 版籍奉還 ウ 大政奉還 エ 廃藩置県)
- 開国から江戸幕府の滅亡までの次の出来事を、古い順に並べたものはどれですか。 ア 薩長同盟が結ばれた イ ペリーが浦賀に来航した ウ 徳川慶喜が大政奉還を行った (ア ア → ウ → イ イ イ → ア → ウ ウ ア → イ → ウ エ イ → ウ → ア)
- 次の史料は江戸幕府が大名に出した命令の内容をやさしく要約したものである。この政策を行った人物と、そのねらいの組み合わせとして正しいものはどれですか。 「大名は石高 1 万石につき 100 石の米を幕府に差し出すこと。そのかわり、参勤交代で江戸にいる期間を 1 年から半年に縮める。」 (ア 徳川吉宗。幕府の財政を立て直すため イ 田沼意次。株仲間から営業税をとるため ウ 水野忠邦。江戸周辺の土地を幕領にするため エ 徳川吉宗。大名の財政を豊かにするため)
発展
- 19 世紀に広がった「工場制手工業(マニュファクチュア)」とは何ですか。 (ア 農民が自宅で副業として糸をつむぐしくみ イ 働く人を作業場に集め、分業で商品を生産するしくみ ウ 機械を使った大規模な工場生産 エ 問屋が農民に原料や道具を貸して製品を買い取るしくみ)
- 開港後に起こった経済の変化として正しいものはどれですか。 (ア 貿易はほとんど行われなかった イ 外国から金が大量に流入した ウ 物価が上がり、金が大量に流出した エ 米の輸入が増え、物価が下がった)
- 江戸時代の次の出来事を、古い順に並べたものはどれですか。 ア 松平定信が寛政の改革を始めた イ ペリーが浦賀に来航した ウ 徳川吉宗が享保の改革を始めた (ア イ → ウ → ア イ ア → イ → ウ ウ イ → ア → ウ エ ウ → ア → イ)
- 株仲間に対する政策の組み合わせとして正しいものはどれですか。 (ア 田沼意次は株仲間を奨励し、水野忠邦は株仲間を解散させた イ 徳川吉宗は株仲間を解散させ、松平定信は株仲間を奨励した ウ 田沼意次は株仲間を解散させ、水野忠邦は株仲間を奨励した エ 田沼意次も水野忠邦も、株仲間を解散させて物価を下げた)
- 次の史料は 1858 年に結ばれた条約の一部をやさしく要約したものである。この条文が日本にとって不利だった点として正しいものはどれですか。 「日本人に対して法をおかしたアメリカ人は、アメリカの領事裁判所で取り調べ、アメリカの法律によって罰する。」 (ア アメリカ人が日本の港を使うことを、日本が禁止できた イ 日本人がアメリカで罪をおかすと、日本で裁かれなかった ウ 日本からの輸出品に、アメリカが自由に関税をかけられた エ 日本にいる外国人の犯罪を、日本の法律で裁けなかった)
江戸時代中期〜幕末(三大改革・開国) ── 解答
基礎
- エ 田沼意次 享保(吉宗)=上げ米・公事方御定書・目安箱・新田。田沼=商業重視・株仲間奨励。寛政(定信)=囲米・棄捐令・異学の禁。天保(忠邦)=株仲間解散・人返し・上知令。
- ウ 元禄文化。装飾画(紅白梅図屏風) 元禄=17 世紀末・上方・西鶴芭蕉近松師宣光琳。化政=19 世紀初・江戸・一九馬琴一茶蕪村歌麿北斎広重写楽。
- ウ 大阪 年貢米や特産物が集まり売買された。江戸は「将軍のおひざもと」で人口 100 万。
- エ 株仲間 田沼意次が奨励し、水野忠邦が解散させた(物価が下がらず逆効果)。座は室町時代。
- ア 杉田玄白・前野良沢 1774 年。蘭学。本居宣長は国学『古事記伝』、伊能忠敬は日本全図、平賀源内はエレキテル。
- イ 寺子屋 識字率の高さにつながった。藩校は藩士の教育、私塾は適塾・松下村塾など。
標準
- ア 1858 年。函館・新潟・横浜・神戸・長崎を開港して貿易を始めたが、領事裁判権を認め関税自主権がない不平等な条約だった 和親(1854・ペリー・下田函館・貿易なし)→ 修好通商(1858・ハリス・井伊直弼・5 港・不平等)。不平等の解消は明治に(領事裁判権撤廃 1894・関税自主権回復 1911)。
- ア ペリーの来航 1825 打払令 → 1853 ペリー → 1854 和親 → 1858 修好通商・安政の大獄 → 1860 桜田門外 → 1866 薩長同盟 → 1867 大政奉還・王政復古 → 1868 戊辰戦争。
- エ 領事裁判権を認め、関税自主権がなかったから 安政の五か国条約。領事裁判権は 1894 年(陸奥宗光)、関税自主権は 1911 年(小村寿太郎)に解消。領事裁判権=外国人の犯罪を日本の法律で裁けない。関税自主権がない=輸入品の関税率を日本が決められない。
- ア 年貢の重さや米価の高騰で生活が苦しくなったから 享保・天明・天保のききんで急増。一揆は年貢の減免、打ちこわしは米屋を襲う。大塩平八郎の乱(1837)も幕府に衝撃。
- ウ アヘン戦争で清がイギリスに敗れたから 清の敗北に衝撃を受け、外国船との衝突を避けた。モリソン号事件(1837)の批判(蛮社の獄)も。
- イ 坂本龍馬らの仲介で結ばれ、倒幕へ進んだ 薩英戦争・下関砲撃事件で攘夷が不可能と知った両藩が、幕府を倒して新しい国をつくる方向へ。1866 年、西郷隆盛と木戸孝允が結んだ。
- ウ 大政奉還 続いて王政復古の大号令で天皇中心の新政府。旧幕府側との戊辰戦争(1868〜69)へ。
- イ イ → ア → ウ ア(薩長同盟が結ばれた)は 1866 年、イ(ペリーが浦賀に来航した)は 1853 年、ウ(徳川慶喜が大政奉還を行った)は 1867 年。古い順に イ → ア → ウ。
- ア 徳川吉宗。幕府の財政を立て直すため 享保の改革の「上げ米の制」。大名に米を差し出させるかわりに参勤交代の負担を軽くし、幕府の収入を増やした。株仲間の奨励は田沼意次、上知令は水野忠邦。
発展
- イ 働く人を作業場に集め、分業で商品を生産するしくみ 問屋制家内工業から発展。大阪周辺の綿織物、桐生・足利の絹織物。機械制工場は明治以降。
- ウ 物価が上がり、金が大量に流出した 金銀の交換比率の差で金が流出。物価上昇が庶民の不満を高め、攘夷運動や世直し一揆の背景になった。生糸などの輸出が増えて品不足になった。
- エ ウ → ア → イ ア(松平定信が寛政の改革を始めた)は 1787 年、イ(ペリーが浦賀に来航した)は 1853 年、ウ(徳川吉宗が享保の改革を始めた)は 1716 年。古い順に ウ → ア → イ。
- ア 田沼意次は株仲間を奨励し、水野忠邦は株仲間を解散させた 田沼意次は商業を重視し、株仲間を認めて営業税を納めさせた。水野忠邦は天保の改革で物価を下げるため株仲間を解散させたが、流通が混乱してかえって逆効果になった。
- エ 日本にいる外国人の犯罪を、日本の法律で裁けなかった 日米修好通商条約で認めた領事裁判権(治外法権)。日本にいる外国人を日本の法律で裁けなかった。もう一つの不平等は、日本に関税自主権がなかったこと。
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koko/social/h-07/test/ / 問題は毎回の表示で数が変わります。印刷したものはその一例です。
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