現代日本の政治過程 ── 問題
基礎
- 現代日本の政治について、1994 年に成立した政治改革四法の説明として妥当なものはどれですか。 (ア 細川内閣が提出したが参議院で否決され、村山内閣のもとで 1996 年に成立し、同年の衆議院選挙から小選挙区比例代表並立制が実施された イ 衆議院に小選挙区比例代表併用制を導入する公職選挙法改正と、企業・団体献金を全面的に禁止する政治資金規正法改正からなり、政党交付金の制度は含まれていない ウ 自民党の単独政権のもとで成立し、中選挙区制を維持したまま定数を削減し、政党助成法によって政党への公費助成を導入した エ 衆議院に小選挙区比例代表並立制を導入する公職選挙法改正、政治家個人への企業・団体献金を制限する政治資金規正法改正、政党交付金を交付する政党助成法などからなる undefined 衆議院と参議院の両方に小選挙区制を導入する公職選挙法改正を中心とし、比例代表制を廃止して二大政党制を制度的に保障するとともに、企業・団体献金を政党への分も含めて全面的に禁止することをねらった)
- 『日本の統治構造』で「官僚内閣制」の概念を示した政治学者は誰ですか。 (ア 竹中治堅 イ 猪口孝 ウ 辻清明 エ 村松岐夫 undefined 飯尾潤)
- 55 年体制下の自民党の派閥に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 中選挙区制では同じ選挙区に自民党の候補者が複数立つため派閥と後援会が候補者を支え、派閥は総裁選やポスト配分の単位として擬似的な政権交代を担った イ 小選挙区制のもとでは同じ選挙区に自民党の候補者が複数立つため、派閥が候補者を支え、派閥間の競争が党内の擬似的な政権交代の役割を果たした ウ 派閥は 1994 年の政治改革で法律により禁止され、それ以降の自民党には派閥が存在しない エ 派閥は政策分野ごとに組織され、省庁と業界団体を仲介する族議員の集団として機能したが、総裁選挙やポスト配分には関与しなかった undefined 派閥は社会党にだけ存在した党内集団で、自民党は総裁を中心に一枚岩の組織を保っていた)
- 1993 年の 55 年体制の崩壊に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 小選挙区比例代表並立制による初めての衆議院選挙で自民党が大敗し、民主党を中心とする連立内閣が成立した イ 自民党の分裂によって成立した細川内閣は、政治改革を実現できないまま 1 年足らずで退陣し、自民党が単独政権に復帰した ウ 「政治とカネ」の問題を背景に自民党が分裂し、衆議院選挙で過半数を失って、非自民 8 党派による細川連立内閣が成立した エ 自民党と社会党が大連立を組んで細川護熙内閣が成立し、両党の対立を軸とする 55 年体制が終わった undefined 衆議院選挙で社会党が単独過半数を獲得し、社会党委員長を首相とする単独政権が成立して自民党は野党になった)
- 日本の政治過程をめぐる人名・学説・著書の組み合わせとして妥当なものはどれですか。 (ア 升味準之輔 ── 官僚主導大衆包括型多元主義 ── 『現代日本の政治体制』 イ 竹中治堅 ── 官僚内閣制 ── 『首相支配』 ウ 村松岐夫 ── 政党優位論 ── 『戦後日本の官僚制』 エ 飯尾潤 ── 首相支配 ── 『日本の統治構造』 undefined 辻清明 ── 仕切られた多元主義 ── 『日本官僚制の研究』)
標準
- 日本の政治過程に関する学説について、猪口孝の学説の説明として妥当なものはどれですか。 (ア 長期政権のもとで自民党が政策の知識と経験を蓄えたとする政党優位論を唱えた イ 政党が主導しつつ、官僚が特定の業界の利益だけを代弁することで政治的安定を保ったとする「政党主導利益限定型多元主義」を唱えた ウ 各大臣が省庁の代表として振る舞う「省庁代表制」と、政府と与党が別々に政策を審査する「政府与党二元体制」を指摘した エ 官僚が主導しつつ、自民党が広い層の利益を包み込むことで政治的安定を保ったとする「官僚主導大衆包括型多元主義」を唱えた undefined 各省庁が管轄する政策分野ごとに省庁・族議員・業界団体の結びつきが仕切られて並立しているとする「仕切られた多元主義」を唱えた)
- 次の出来事が起きた年として妥当なものはどれですか。中央省庁再編(1 府 22 省庁から 1 府 12 省庁へ)と内閣府の発足 (ア 2001 年 イ 2009 年 ウ 1999 年 エ 1997 年 undefined 2005 年)
- 1994 年の政治資金規正法改正と政党助成法に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 政党助成法は国会議員 1 人以上を有するすべての政治団体に政党交付金を交付するもので、国政選挙の得票率による要件は設けられていない イ 政党交付金は国民 1 人あたり 250 円を基準とする総額を、各政党の党員数に比例して配分する仕組みである ウ 政治家個人への企業・団体献金は 2000 年から禁止されたが政党や政治資金団体へは認められ、政党助成法による政党交付金が交付される エ 政治資金規正法の改正により、政治家個人への企業・団体献金は上限なく認められる一方、政党への企業・団体献金が禁止された undefined 企業・団体献金は政党への献金を含めて 2000 年から全面的に禁止され、その代わりに政党助成法による政党交付金が政党の唯一の収入源となった)
- 1999 年の国会審議活性化法に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 政府委員制度を廃止し、副大臣・大臣政務官を置き、党首討論を導入して、政治主導の国会審議をめざした イ 政府委員制度を新たに設けて官僚が国会で答弁できるようにし、大臣の負担を軽くすることで審議の効率化をめざした ウ 衆議院の定数を削減し、比例代表の議席を減らして小選挙区の比重を高めることで、二大政党制の実現をめざした エ 内閣人事局を設置して各省の幹部人事を内閣が管理することとし、官僚の国会答弁を内閣が統制できるようにした undefined 副大臣・大臣政務官を廃止して政務次官を復活させ、各省の官僚が政策を説明する場を国会に設けた)
- 2001 年の内閣機能の強化に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 経済財政諮問会議は内閣府ではなく自民党の政務調査会に置かれ、与党の事前審査を通じて予算編成の基本方針を決める仕組みが整った イ 内閣機能の強化は民主党政権が 2009 年に行ったもので、小泉内閣の官邸主導はこれに先立つ慣行によるものである ウ 内閣府が新設されたが、その位置づけは他の省庁と同格であり、省庁間の総合調整は引き続き事務次官会議が担うこととされた エ 内閣法の改正で首相の閣議における基本方針の発議権が明文化され、内閣府が新設されて経済財政諮問会議が置かれた undefined 憲法の改正で内閣総理大臣の閣議における発議権が明文化され、内閣府に代わって財務省が予算編成の基本方針を決める仕組みが整った)
- 日本の政策決定過程に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 官僚優位論は、自民党の族議員が政策の知識を蓄えて官僚を従わせるようになったとする学説である イ 日本の法律は議員立法が中心で、内閣提出法案は全体の 1 割程度にすぎず、官僚が法案の起草に関わることはない ウ 内閣提出法案は国会に提出された後に与党の政務調査会で審査され、与党議員は党議拘束を受けずに自由に投票する エ 法律は内閣提出法案が中心で、多くを官僚が起草し、自民党政権下では閣議決定の前に与党の事前審査を経る慣行があった undefined 与党の事前審査は憲法に定められた制度であり、内閣提出法案は与党の総務会の了承がなければ憲法上国会に提出できない)
- 1990 年代以降の日本の有権者の変化に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 2016 年の選挙権年齢の引き下げによって若年層の投票率は他の世代を上回るようになった イ 衆議院選挙の投票率は 1990 年代以降一貫して上昇しており、とくに若年層の投票率の高さが目立つ ウ 無党派層が 1990 年代以降に急増し、テレビや候補者イメージの影響を受けやすいため、選挙ごとの「風」を生んで結果を左右するようになった エ 特定の支持政党をもたない無党派層は 1990 年代以降に減少し、自民党と社会党への帰属意識が強まったことで選挙結果は安定した undefined 無党派層は政治に関心がなく投票に行かない層のことであり、選挙結果に影響を与えることはないとされる)
- 著書 『現代日本の政治体制』 の著者と、そこで示された学説の組み合わせとして妥当なものはどれですか。 (ア 升味準之輔 ── 1955 年に成立した自民党と社会党の政党配置を 55 年体制と命名 イ 飯尾潤 ── 官僚内閣制・内閣が官僚機構の連合体になる ウ 村松岐夫 ── 政党優位論・官僚は政党の意向を先取り エ 竹中治堅 ── 首相支配・官邸主導の制度化 undefined 辻清明 ── 官僚優位論・政党や国会は官僚の政策を追認)
- 日本の政治過程を多元主義の観点から捉えた学説に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 猪口孝の「官僚主導大衆包括型多元主義」は、自民党が官僚を排除して大衆の利益を直接吸い上げることで政治的安定を保ったとする学説である イ 村松岐夫とクラウスの「パターン化された多元主義」は、多様な利益集団が自由に競争するアメリカ型の多元主義とは異なり、自民党を軸として利益集団の力関係が固定化した日本の特徴を指す ウ 辻清明の官僚優位論は、戦後の占領改革で戦前の官僚制が解体され、政党が政策形成の主導権を握ったことを多元主義の観点から説明した エ 青木昌彦の「仕切られた多元主義」は、省庁の枠を超えて内閣が全政策分野を一元的に調整する体制を指し、仕切りの内側での利益調整は行われないとした undefined 村松岐夫とクラウスの「パターン化された多元主義」は、日本では利益集団が自民党と結びつかず、選挙のたびに利益集団の力関係が入れかわる流動性の高さを指す)
- 日本の政党と選挙に関する制度の記述として妥当なものはどれですか(2026 年 9 月時点)。 (ア 衆議院の定数は 465 で、そのうち小選挙区が 176・比例代表が 289 であり、比例代表は全国を 1 つの単位として各党の得票に応じて配分される イ 政党助成法による政党交付金は、国会議員 5 人以上、または国会議員 1 人以上かつ直近の国政選挙で得票率 2%以上の政党に、国民 1 人あたり 250 円を基準に算定した総額の範囲で交付される ウ 衆議院議員選挙区画定審議会は内閣府に置かれているが、その勧告に基づく区割りの変更は法律によらず、審議会の告示だけで確定する エ 政治資金規正法は政党への企業・団体献金を禁止する一方、政治家個人の資金管理団体への企業・団体献金は上限の範囲で認めている undefined 政党助成法による政党交付金は、国会議員 10 人以上、または国会議員 1 人以上かつ直近の国政選挙で得票率 5%以上の政党に、国民 1 人あたり 500 円を基準に算定した総額の範囲で交付される)
発展
- 政治改革と行政改革が首相のリーダーシップに与えた影響に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 政党交付金の導入により政党は企業・団体献金に全面的に依存するようになり、党執行部より業界団体の力が強まったと説明される イ 小選挙区制の導入で公認権や交付金の配分権をもつ党執行部が強まり、内閣機能の強化と内閣人事局で首相が省庁と人事を統制できるようになって、官邸主導が強まったと説明される ウ 小選挙区制の導入により各候補者の個人後援会と派閥の力が強まり、党執行部の公認権は形式的なものになったため、首相のリーダーシップはかえって弱まったと説明される エ 内閣機能の強化により内閣府が各省庁と同格の組織として位置づけられ、省庁間の対立を調整する首相の権限が縮小したと説明される undefined 内閣人事局の設置により各省の幹部人事は人事院が一元的に決めることになり、首相が官僚の人事に関与する余地はなくなったと説明される)
- 民主党政権(2009〜12 年)に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 内閣人事局を設置して各省の幹部人事を内閣に集中させたことで、官邸主導の政治を確立した イ 小選挙区比例代表並立制による初めての衆議院選挙で大勝して成立した政権で、政治改革四法を成立させた ウ 1993 年の細川内閣に続く 2 度目の非自民政権で、自民党・社会党・新党さきがけの連立によって成立した エ 「官僚主導」を掲げて事務次官会議の権限を強化し、与党の事前審査を法制化したうえで、2012 年の衆議院選挙で勝利して政権を維持した undefined 「政治主導」を掲げて事務次官会議の廃止や政務三役による政策決定を試みたが、党と内閣の調整に苦しみ、2012 年の衆議院選挙で自民党に政権を明け渡した)
- 55 年体制下の政党配置と国会運営に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 保守と革新のイデオロギー対立を軸に、国会運営は国会対策委員会どうしの交渉で進み、1960 年代以降は公明党・民社党の伸長で多党化し、1970 年代には保革伯仲の時期があった イ 自民党の議席は 1955 年から 1993 年まで一度も過半数を割ることがなく、保革伯仲と呼ばれる状況は生じなかった ウ 憲法改正・日米安保・自衛隊をめぐって自民党と社会党は一致しており、国会運営は両党の合意によって円滑に進められ、1960 年代以降も二大政党の議席がほぼ全議席を占め続けた エ 1960 年代以降に公明党・民社党が結成されたことで社会党は議席を伸ばし、1976 年の衆議院選挙では社会党が自民党を上回る議席を獲得した undefined 55 年体制下の国会では与党の事前審査が行われなかったため、内閣提出法案は国会の委員会で大幅に修正されるのが常であった)
- 戦後日本の政治に関する次の出来事を、年代の古い順に正しく並べたものはどれですか。 ア:小泉内閣による郵政解散 イ:非自民 8 党派による細川護熙内閣の成立 ウ:内閣人事局の設置 エ:自民党・社会党・新党さきがけの連立による村山富市内閣の成立 (ア イ → エ → ア → ウ イ エ → イ → ウ → ア ウ イ → ア → エ → ウ エ イ → エ → ウ → ア undefined エ → イ → ア → ウ)
- 1990 年代以降の政治主導・官邸主導をめぐる改革に関する次の出来事を、年代の古い順に正しく並べたものはどれですか。 ア:中央省庁再編と内閣府の発足 イ:政治改革四法の成立 ウ:民主党の鳩山由紀夫内閣の成立 エ:国会審議活性化法による政府委員制度の廃止 (ア エ → イ → ア → ウ イ イ → エ → ア → ウ ウ ア → イ → エ → ウ エ イ → ア → エ → ウ undefined イ → エ → ウ → ア)
現代日本の政治過程 ── 解答
基礎
- エ 衆議院に小選挙区比例代表並立制を導入する公職選挙法改正、政治家個人への企業・団体献金を制限する政治資金規正法改正、政党交付金を交付する政党助成法などからなる 衆議院に小選挙区比例代表並立制を導入する公職選挙法改正、政治家個人への企業・団体献金を制限する政治資金規正法改正、政党交付金を交付する政党助成法などからなる。1955 成立 → 1993 崩壊 → 1994 政治改革四法 → 2001 省庁再編・内閣機能強化 → 2005 郵政解散 → 2014 内閣人事局。
- undefined 飯尾潤 『日本の統治構造』で「官僚内閣制」の概念を示した政治学者は誰ですか。── 飯尾潤。
- ア 中選挙区制では同じ選挙区に自民党の候補者が複数立つため派閥と後援会が候補者を支え、派閥は総裁選やポスト配分の単位として擬似的な政権交代を担った 派閥=中選挙区制(同一選挙区に複数の自民党候補)の産物。総裁選・ポスト・資金の単位。族議員は政策分野ごとの議員で派閥とは別の軸。
- ウ 「政治とカネ」の問題を背景に自民党が分裂し、衆議院選挙で過半数を失って、非自民 8 党派による細川連立内閣が成立した 1993 年:自民党分裂 → 衆院選で過半数割れ → 非自民 8 党派の細川内閣。並立制の初選挙は 1996 年。1994 年には自社さの村山内閣で自民党が政権復帰。
- ウ 村松岐夫 ── 政党優位論 ── 『戦後日本の官僚制』 著書は合っていて学説だけ入れかえた肢を切る。辻=官僚優位論、飯尾=官僚内閣制、竹中=首相支配、升味=55 年体制の命名。仕切られた多元主義は青木昌彦、官僚主導大衆包括型多元主義は猪口孝。
標準
- エ 官僚が主導しつつ、自民党が広い層の利益を包み込むことで政治的安定を保ったとする「官僚主導大衆包括型多元主義」を唱えた 官僚が主導しつつ、自民党が広い層の利益を包み込むことで政治的安定を保ったとする「官僚主導大衆包括型多元主義」を唱えた。辻=官僚優位、村松=政党優位(クラウスとの共著ではパターン化された多元主義)、青木=仕切られた多元主義、猪口=官僚主導大衆包括型多元主義、飯尾=官僚内閣制、升味=55 年体制の命名。
- ア 2001 年 中央省庁再編(1 府 22 省庁から 1 府 12 省庁へ)と内閣府の発足── 2001 年。1955 → 1993 → 1994(政治改革四法・村山内閣)→ 2001 → 2005 → 2009 → 2014 の順で固定する。
- ウ 政治家個人への企業・団体献金は 2000 年から禁止されたが政党や政治資金団体へは認められ、政党助成法による政党交付金が交付される 政治家個人(資金管理団体)宛ての企業・団体献金は 2000 年から禁止。政党・政治資金団体宛ては可。政党交付金=250 円 × 人口を基準に議員数と得票数で配分。要件は議員 5 人以上または議員 1 人以上かつ得票率 2%以上。
- ア 政府委員制度を廃止し、副大臣・大臣政務官を置き、党首討論を導入して、政治主導の国会審議をめざした 国会審議活性化法(1999 年)=政府委員制度の廃止・副大臣と大臣政務官の設置(2001 年から)・党首討論の導入。内閣人事局は 2014 年。
- エ 内閣法の改正で首相の閣議における基本方針の発議権が明文化され、内閣府が新設されて経済財政諮問会議が置かれた 内閣法 4 条の改正(発議権の明文化)、内閣府の新設(省庁より一段高い総合調整)、経済財政諮問会議(骨太の方針)。小泉内閣はこれらを使って官邸主導を行った。
- エ 法律は内閣提出法案が中心で、多くを官僚が起草し、自民党政権下では閣議決定の前に与党の事前審査を経る慣行があった 内閣提出法案が中心(官僚が起草)。事前審査は慣行(政調部会 → 総務会 → 閣議)。族議員が官僚を従わせるという見方は政党優位論。
- ウ 無党派層が 1990 年代以降に急増し、テレビや候補者イメージの影響を受けやすいため、選挙ごとの「風」を生んで結果を左右するようになった 無党派層=支持政党なし。1990 年代以降に急増、選挙の「風」を生む。投票率は低下傾向で若年層がとくに低い(18 歳選挙権後も)。
- ア 升味準之輔 ── 1955 年に成立した自民党と社会党の政党配置を 55 年体制と命名 『現代日本の政治体制』は 升味準之輔 ── 1955 年に成立した自民党と社会党の政党配置を 55 年体制と命名。人名と学説は「官僚が強い(辻)/政党が強い(村松)/内閣が省庁の連合(飯尾)/首相が強い(竹中)/55 年体制(升味)」で結ぶ。
- イ 村松岐夫とクラウスの「パターン化された多元主義」は、多様な利益集団が自由に競争するアメリカ型の多元主義とは異なり、自民党を軸として利益集団の力関係が固定化した日本の特徴を指す パターン化=力関係が「固定した」多元主義。仕切られた多元主義は分野ごとに仕切られていて仕切りを超えた調整が弱い。猪口は「官僚が主導しつつ自民党が包括」。辻は官僚制が「温存」されたとした。
- イ 政党助成法による政党交付金は、国会議員 5 人以上、または国会議員 1 人以上かつ直近の国政選挙で得票率 2%以上の政党に、国民 1 人あたり 250 円を基準に算定した総額の範囲で交付される 政党交付金の要件は「5 人以上」または「1 人以上かつ 2%以上」、基準は国民 1 人あたり 250 円。衆議院は小選挙区 289・比例代表 176(比例は全国 11 ブロック)。企業・団体献金は政党・政治資金団体宛てのみ可で、政治家個人(資金管理団体)宛ては禁止。区画定審議会は内閣府に置かれ(設置法 1 条・事務は総務省が担う)、その勧告を受けて公職選挙法の改正(法律)で区割りを定める。
発展
- イ 小選挙区制の導入で公認権や交付金の配分権をもつ党執行部が強まり、内閣機能の強化と内閣人事局で首相が省庁と人事を統制できるようになって、官邸主導が強まったと説明される 政治改革(小選挙区制・政党助成)→ 党執行部の力。行政改革(内閣府・発議権・内閣人事局)→ 省庁と人事の統制。あわせて「首相支配」(竹中治堅)。
- undefined 「政治主導」を掲げて事務次官会議の廃止や政務三役による政策決定を試みたが、党と内閣の調整に苦しみ、2012 年の衆議院選挙で自民党に政権を明け渡した 2009 年鳩山内閣(本格的な政権交代)。政治主導(事務次官会議廃止・政務三役)。2012 年に自民党が復帰。内閣人事局は 2014 年(自民党政権)。
- ア 保守と革新のイデオロギー対立を軸に、国会運営は国会対策委員会どうしの交渉で進み、1960 年代以降は公明党・民社党の伸長で多党化し、1970 年代には保革伯仲の時期があった 保守 対 革新・国対政治。1960 年代の多党化(公明党 1964 年・民社党 1960 年)。1976 年に自民党が結党以来初めて過半数割れ(追加公認で回復)=保革伯仲。
- ア イ → エ → ア → ウ 細川内閣(1993 年・55 年体制の崩壊)→ 村山内閣(1994 年・自社さ政権で自民党が政権復帰)→ 郵政解散(2005 年)→ 内閣人事局(2014 年)。「1993 崩壊 → 1994 政治改革・自社さ → 2001 省庁再編 → 2005 郵政 → 2009 政権交代 → 2014 人事局」の線で並べる。
- イ イ → エ → ア → ウ 政治改革四法(1994 年)→ 国会審議活性化法(1999 年・副大臣と大臣政務官の設置・党首討論)→ 中央省庁再編(2001 年・1 府 12 省庁・内閣府)→ 鳩山内閣(2009 年・選挙による本格的な政権交代)。省庁再編は行政改革会議の最終報告(1997 年)を受けたもので、活性化法より後。
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koumuin/seiji/zp-08/test/ / 問題は毎回の表示で数が変わります。印刷したものはその一例です。
📄 紙で解くなら プリント(レベルと問題数を選べます)。このページをそのまま印刷しても各レベル 10 問と解答が出ます。