明治維新と立憲国家(憲法・議会・条約改正) ── 問題
基礎
- 次の出来事が起こった年はどれですか。 第 1 回帝国議会・教育勅語 (ア 1867 年 イ 1868 年 ウ 1890 年 エ 1869 年)
- 明治政府の次の改革は、国民国家のどの要素をつくるものでしたか。 学制(1872) (ア 中央集権(藩を廃止し、中央が任命する府知事・県令が統治) イ 身分制の廃止と平等な「国民」 ウ 学校教育による国民の形成(読み書き・共通の価値) エ 国民軍(国民が国を守る))
- 1866 年に薩摩と長州の同盟を仲介した人物はどれですか。 (ア 岩倉具視・大久保利通 イ 坂本龍馬・中岡慎太郎 ウ 西郷隆盛・木戸孝允 エ 勝海舟・徳川慶喜)
- 1877 年の西南戦争について正しいものはどれですか。 (ア 西郷隆盛を指導者とする鹿児島の士族が起こした最後で最大の士族反乱で、徴兵制の政府軍が鎮圧した イ 板垣退助が起こした自由民権の武装蜂起 ウ 外国との戦争 エ 農民が地租に反対して起こした一揆)
標準
- 明治政府の改革について、1880 年代に官営工場が払い下げられた結果、成長したものはどれですか。 (ア 農民が工場を共同で買い取って経営し、農村工業が発展した イ 三井・三菱などの政商が財閥へ成長した ウ 外国企業が工場を買い取り、日本の工業は外国資本に支配された エ 旧幕府の関係者が工場を買い戻し、幕府の復活運動が起こった)
- 自由民権運動と大日本帝国憲法について、大日本帝国憲法で内閣(各大臣)が責任を負う相手はどれですか。 (ア 国民(選挙で内閣を直接選び、国民に対して責任を負う) イ 天皇(議会に対してではない。議院内閣制ではない) ウ 貴族院(華族の代表に対して責任を負い、貴族院の信任で存続する) エ 衆議院(選挙で選ばれた議員の信任を失えば総辞職する議院内閣制))
- 国境の画定と条約改正について、1911 年に関税自主権の完全回復を実現した外相はどれですか。 (ア 陸奥宗光 イ 井上馨 ウ 小村寿太郎 エ 寺島宗則)
- 1890 年の教育勅語の内容と役割はどれですか。 (ア キリスト教教育を奨励した イ 忠君愛国を中心とする国民の道徳を示し、学校教育を通じて天皇を中心とする国民意識を広めた ウ 義務教育の無償化を定めた エ 大学の設置を定めた)
- 大日本帝国憲法がアジアで重要な意味をもった理由はどれですか。 (ア アジア各国がそのまま採用したから イ 国民主権を世界で初めて定めたから ウ アジアで初めて女性参政権を定めたから エ アジアで最初に定着した近代的な憲法で、日本が西洋と同じ法制度をもつ国だと示し、条約改正の前提になった)
発展
- 次の出来事を古い順に並べたものはどれですか。 日清修好条規/樺太・千島交換条約/日朝修好条規/沖縄県設置/天津条約 (ア 樺太・千島交換条約 → 日清修好条規 → 沖縄県設置 → 日朝修好条規 → 天津条約 イ 天津条約 → 沖縄県設置 → 日朝修好条規 → 樺太・千島交換条約 → 日清修好条規 ウ 日清修好条規 → 日朝修好条規 → 樺太・千島交換条約 → 天津条約 → 沖縄県設置 エ 日清修好条規 → 樺太・千島交換条約 → 日朝修好条規 → 沖縄県設置 → 天津条約)
- 日本が朝鮮に日朝修好条規(1876)を結ばせたことが、その後の歴史に与えた影響として正しいものはどれですか。 (ア 清が朝鮮から完全に手を引いた イ 朝鮮が日本を支配するようになった ウ 日本は欧米から押しつけられた不平等条約と同じ構造を朝鮮に押しつけ、朝鮮をめぐる清との対立が日清戦争につながった エ 朝鮮と日本は対等な関係を築き、戦争は起こらなかった)
- 自由民権運動が 1880 年代半ばに衰退した理由として適切なものはどれですか。 (ア 憲法が発布されて要求がすべて実現したから イ 西南戦争で指導者が全員戦死したから ウ 松方財政のデフレで運動を支えた農民が困窮し、秩父事件などの激化事件で運動が分裂・弾圧され、また国会開設の約束で目標が一応達せられたから エ 外国の干渉で禁止されたから)
明治維新と立憲国家(憲法・議会・条約改正) ── 解答
基礎
- ウ 1890 年 答え:1890 年。
- ウ 学校教育による国民の形成(読み書き・共通の価値) 明治の改革は、ヨーロッパで生まれた国民国家(ht-02)を日本でつくる作業だった。答え:学校教育による国民の形成(読み書き・共通の価値)。
- イ 坂本龍馬・中岡慎太郎 西郷(薩摩)と木戸(長州)が同盟の当事者。翌年、龍馬は暗殺された。
- ア 西郷隆盛を指導者とする鹿児島の士族が起こした最後で最大の士族反乱で、徴兵制の政府軍が鎮圧した これ以後、政府への反対は武力でなく言論(自由民権運動)が中心になる。
標準
- イ 三井・三菱などの政商が財閥へ成長した 答え:三井・三菱などの政商が財閥へ成長した。
- イ 天皇(議会に対してではない。議院内閣制ではない) 答え:天皇(議会に対してではない。議院内閣制ではない)。
- ウ 小村寿太郎 答え:小村寿太郎。
- イ 忠君愛国を中心とする国民の道徳を示し、学校教育を通じて天皇を中心とする国民意識を広めた 国民国家における学校の役割(ht-02)の日本版。1948 年に国会で失効を決議。
- エ アジアで最初に定着した近代的な憲法で、日本が西洋と同じ法制度をもつ国だと示し、条約改正の前提になった オスマン帝国の 1876 年憲法はすぐ停止された。日露戦争後、清やオスマンの立憲運動が日本を参考にした。
発展
- エ 日清修好条規 → 樺太・千島交換条約 → 日朝修好条規 → 沖縄県設置 → 天津条約 答え:日清修好条規 → 樺太・千島交換条約 → 日朝修好条規 → 沖縄県設置 → 天津条約。1866 → 1867.10 → 1867.12 → 1868.1 → 1868.3/1869 → 1871 → 1872 → 1873 → 1877/1874 → 1880 → 1881 → 1884 → 1885 → 1889/1871 → 1875 → 1876 → 1879 → 1885。
- ウ 日本は欧米から押しつけられた不平等条約と同じ構造を朝鮮に押しつけ、朝鮮をめぐる清との対立が日清戦争につながった 「不平等条約を結ばれた国が、別の国に不平等条約を結ばせる」という近代アジアの構図。
- ウ 松方財政のデフレで運動を支えた農民が困窮し、秩父事件などの激化事件で運動が分裂・弾圧され、また国会開設の約束で目標が一応達せられたから 1887 年の三大事件建白運動(地租軽減・言論の自由・外交失策の挽回)で一時再燃したが、保安条例で弾圧された。
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