帝国主義と日清・日露戦争 ── 問題
基礎
- 次の出来事が起こった年はどれですか。 辛亥革命の開始 (ア 1884〜85 年 イ 1894 年 ウ 1911 年 エ 1895 年)
- 次の条約・取り決めの内容として正しいものはどれですか。 北京議定書(1901) (ア ロシアの南下を警戒するイギリスと日本が結んだ同盟 イ 朝鮮の独立承認、遼東半島・台湾・澎湖諸島の割譲、賠償金 2 億両、4 港の開港 ウ ロシア・フランス・ドイツが日本に遼東半島の返還を要求し、日本が受け入れた エ 義和団事件の後、清が列強に巨額の賠償金を払い、外国軍の北京駐兵を認めた)
- 山県有朋が 1890 年の議会で唱えた「主権線」と「利益線」の意味はどれですか。 (ア 主権線は本州、利益線は北海道 イ 主権線は国境、利益線は国境の安全に関わる朝鮮半島。利益線を守るための軍備拡張を主張した ウ 主権線は憲法、利益線は貿易 エ 主権線は天皇、利益線は議会)
- 日露戦争のときに「君死にたまふことなかれ」を発表した人物はどれですか。 (ア 平塚らいてう イ 与謝野晶子 ウ 津田梅子 エ 樋口一葉)
標準
- 帝国主義と列強の進出について、第 2 次産業革命の特徴として正しいものはどれですか。 (ア 蒸気機関と綿工業が中心で、イギリスだけで起こり、他国には広がらなかった イ 農業の機械化だけが進み、工業は第 1 次産業革命の水準のままだった ウ 情報技術と通信が中心で、アメリカと日本が台頭した エ 石油・電力を動力に、鉄鋼・化学・電機などの重化学工業が発展し、ドイツ・アメリカが台頭した)
- 日清戦争と日露戦争について、日露戦争前後にロシア国内で起こった出来事はどれですか。 (ア 農奴解放令(1861)が出され、農民の不満が解消して戦争への協力体制ができた イ ロシア革命(1917)でロマノフ朝が倒れ、ソヴィエト政権が成立して戦争から離脱した ウ シベリア鉄道が廃止され、極東への兵員輸送ができなくなって戦争に敗れた エ 血の日曜日事件をきっかけに第 1 次ロシア革命(1905)が起こり、戦争継続が困難になった)
- 韓国併合・辛亥革命・日本の産業革命について、辛亥革命の結果として正しいものはどれですか。 (ア 清が改革に成功して存続した イ 孫文が皇帝になった ウ 1912 年にアジア初の共和国である中華民国が成立し、袁世凱が宣統帝を退位させて清が滅亡した エ 日本が中国を支配した)
- 三国干渉で返還させた遼東半島の旅順・大連を、1898 年にロシア自身が租借したことが日本に与えた影響はどれですか。 (ア 日本は清と同盟を結んだ イ 日本は満州から撤退した ウ 日本はロシアと同盟を結んだ エ ロシアへの反感と警戒が決定的になり、日英同盟と日露戦争への道を開いた)
- ベトナムの独立運動家ファン=ボイ=チャウが進めた東遊運動とは何ですか。 (ア 日露戦争に勝った日本に学ぼうと、ベトナムの青年を日本に留学させた運動。のちに日本がフランスの要請で留学生を追放し失望を招いた イ フランスへの武装蜂起 ウ ベトナムの青年を中国に送る運動 エ アメリカへの移民運動)
発展
- 次の出来事を古い順に並べたものはどれですか。 日英同盟/日露戦争開始/日本海海戦/ポーツマス条約/日比谷焼打ち事件 (ア 日英同盟 → 日本海海戦 → 日露戦争開始 → ポーツマス条約 → 日比谷焼打ち事件 イ 日露戦争開始 → 日英同盟 → 日本海海戦 → 日比谷焼打ち事件 → ポーツマス条約 ウ 日比谷焼打ち事件 → ポーツマス条約 → 日本海海戦 → 日露戦争開始 → 日英同盟 エ 日英同盟 → 日露戦争開始 → 日本海海戦 → ポーツマス条約 → 日比谷焼打ち事件)
- 日清戦争の賠償金 2 億両(約 3 億 1,000 万円)の使い道として正しいものはどれですか。 (ア 大部分が軍備拡張に使われ、ほかに八幡製鉄所の建設費や金本位制の準備金にあてられた イ 清に返還した ウ 全額を国民に分配した エ 全額を教育に使った)
- 日露戦争後にアメリカと日本の関係が悪化し始めた理由として適切なものはどれですか。 (ア アメリカがロシアと同盟したから イ 日本がフィリピンを攻撃したから ウ アメリカが日本の憲法に反対したから エ 満州の門戸開放を求めるアメリカと、満鉄を独占する日本の利害が対立し、アメリカ西海岸で日本人移民排斥も起こったから)
帝国主義と日清・日露戦争 ── 解答
基礎
- ウ 1911 年 答え:1911 年。日清 1894 → 三国干渉 1895 → 中国分割 1898 → 義和団 1900 → 日英同盟 1902 → 日露 1904 → 併合 1910 → 辛亥 1911。
- エ 義和団事件の後、清が列強に巨額の賠償金を払い、外国軍の北京駐兵を認めた 答え:義和団事件の後、清が列強に巨額の賠償金を払い、外国軍の北京駐兵を認めた。
- イ 主権線は国境、利益線は国境の安全に関わる朝鮮半島。利益線を守るための軍備拡張を主張した 朝鮮を勢力下に置くことが日清・日露戦争の目的になった。
- イ 与謝野晶子 旅順にいる弟を思う詩。内村鑑三(キリスト教)・幸徳秋水(社会主義)の非戦論とともに出題される。
標準
- エ 石油・電力を動力に、鉄鋼・化学・電機などの重化学工業が発展し、ドイツ・アメリカが台頭した 答え:石油・電力を動力に、鉄鋼・化学・電機などの重化学工業が発展し、ドイツ・アメリカが台頭した。
- エ 血の日曜日事件をきっかけに第 1 次ロシア革命(1905)が起こり、戦争継続が困難になった 答え:血の日曜日事件をきっかけに第 1 次ロシア革命(1905)が起こり、戦争継続が困難になった。
- ウ 1912 年にアジア初の共和国である中華民国が成立し、袁世凱が宣統帝を退位させて清が滅亡した 答え:1912 年にアジア初の共和国である中華民国が成立し、袁世凱が宣統帝を退位させて清が滅亡した。
- エ ロシアへの反感と警戒が決定的になり、日英同盟と日露戦争への道を開いた 「返せと言った土地を自分が取った」という構図。
- ア 日露戦争に勝った日本に学ぼうと、ベトナムの青年を日本に留学させた運動。のちに日本がフランスの要請で留学生を追放し失望を招いた 日仏協約(1907)で日本はフランスの植民地支配を認めた。日本への期待と失望の典型例。
発展
- エ 日英同盟 → 日露戦争開始 → 日本海海戦 → ポーツマス条約 → 日比谷焼打ち事件 答え:日英同盟 → 日露戦争開始 → 日本海海戦 → ポーツマス条約 → 日比谷焼打ち事件。1894 → 1895.4 → 1895.4 → 1898 → 1900/1902 → 1904.2 → 1905.5 → 1905.9 → 1905.9/1905 → 1907 → 1909 → 1910 → 1911/1884 → 1898 → 1899 → 1900 → 1904。
- ア 大部分が軍備拡張に使われ、ほかに八幡製鉄所の建設費や金本位制の準備金にあてられた 当時の国家予算の 3 倍以上。日露戦争への準備と重工業化の資金になった。
- エ 満州の門戸開放を求めるアメリカと、満鉄を独占する日本の利害が対立し、アメリカ西海岸で日本人移民排斥も起こったから 1906 年サンフランシスコの日本人学童隔離、1924 年の移民法(ht-07)へ続く。
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