室町・戦国時代 ── 問題
基礎
- 銀閣(慈照寺)は、北山文化と東山文化のどちらに属しますか。 (ア 国風文化 イ 天平文化 ウ 東山文化 エ 北山文化)
- 1488年の出来事はどれですか。 (ア 足利尊氏が征夷大将軍となり室町幕府が成立 イ 加賀の一向一揆が始まる ウ 足利義満が明との勘合貿易を始める エ 正長の土一揆)
- 建武の新政が 2 年余りで終わった理由として正しいものはどれですか。 (ア 後醍醐天皇が急に病死したから イ 公家を重視し、武士の不満が高まったから ウ 元が再び攻めてきて、国内が大きく乱れたから エ 農民の一揆で政府が倒されたから)
- 南北朝を合一し、明との貿易を始め、金閣を建てた室町幕府の将軍はだれですか。 (ア 足利義昭 イ 足利尊氏 ウ 足利義満 エ 足利義政)
- 室町幕府で将軍を補佐した最高の役職を何といいますか。 (ア 管領 イ 摂政 ウ 執権 エ 老中)
- 日明貿易で勘合を使った理由はどれですか。 (ア 輸入品に関税を取るため イ 朝鮮から来た船と日本の船を区別するため ウ 正式な貿易船と倭寇(海賊)を区別するため エ 船の大きさや積み荷を測るため)
- 15 世紀に沖縄を統一した尚巴志が建てた国と、その国が栄えた理由はどれですか。 (ア 高麗。ハングルの制定と陶磁器 イ 朝鮮。木綿の輸出と日本との貿易 ウ 琉球王国。明や東南アジアとの中継貿易 エ 蝦夷地。アイヌの人々との交易)
標準
- 正長の土一揆について正しいものはどれですか。 (ア 1428 年、近江の馬借から始まり、借金の帳消し(徳政)を求めて土倉や酒屋を襲った最初の大規模な土一揆 イ 1485 年、国人と農民が守護の畠山氏を追い出し、8 年間自治を行った ウ 1637 年、キリシタンと農民が重い年貢に反対して起こした エ 1488 年、浄土真宗(一向宗)の信徒が守護の富樫氏を倒し、約 100 年間自治を行った)
- 分国法の説明として正しいものはどれですか。 (ア 明との正式な貿易船を倭寇と区別するために使った合い札 イ 戦国大名が家臣や領民を統制するために定めた独自の法 ウ 農民が寄合で村のおきてを決め、用水や山林を共同管理した自治的な村 エ 身分の下の者が上の者を実力で倒す風潮)
- 応仁の乱について正しいものはどれですか。 (ア 将軍のあとつぎ争いから京都で 11 年続いた イ 九州で起こり、元が関わった戦い ウ 後鳥羽上皇が幕府を倒そうとして起こした戦い エ 農民が徳政を求めて起こした一揆)
- 戦国大名が行った支配の方法として正しいものはどれですか。 (ア 荘園を朝廷に寄進して保護を受けた イ 勘合貿易を独占して利益を得た ウ 座をつくって商人から税を集めた エ 分国法を定め、城下町に家臣や商人を集めた)
- 書院造の特徴として正しいものはどれですか。 (ア 白木づくりで庭に池を配した貴族の住居 イ 三角形の木材を組んだ高床の倉庫 ウ 高床で風通しがよい南国の住居 エ 床の間・ふすま・畳をもち、和室のもとになった)
- 室町時代に民衆の間に広まった文化として正しいものはどれですか。 (ア 能と茶の湯だけが武士に限られた イ 浮世絵や歌舞伎 ウ 狂言や御伽草子(一寸法師など)、盆踊り エ 源氏物語や枕草子)
- 室町時代の次の出来事を、古い順に並べたものはどれですか。 ア 山城国一揆が起きた イ 足利義満が南北朝を合一した ウ 足利義満が明との勘合貿易を始めた (ア ウ → イ → ア イ ウ → ア → イ ウ ア → イ → ウ エ イ → ウ → ア)
- 表は日明貿易(勘合貿易)の主な輸出入品である。表から読み取れることとして正しいものはどれですか。 日本からの輸出品|銅・硫黄・刀剣・扇 明からの輸入品|銅銭(明銭)・生糸・絹織物・書画 (ア 日本は明に銅銭を輸出し、明の商業を支えていた イ 日本は生糸や絹織物を輸出し、刀剣を輸入していた ウ 日明貿易では工業製品だけがやりとりされていた エ 明から輸入した銅銭が、国内の商業で広く使われた)
- 次はある戦国大名が定めた法の一部をやさしく要約したものである。このような法を何といい、この条文のねらいは何ですか。 「けんかをした者は、どちらに理由があるかを問わず、両方とも処罰する。」 (ア 分国法。家臣どうしの争いをおさえ、大名が家臣を統制するため イ 武家諸法度。大名が城を勝手に修理するのを禁じるため ウ 分国法。家臣が自分の力で争いを解決できるようにするため エ 御成敗式目。御家人の領地の相続争いを裁くため)
- 次は室町時代のある村で定められた決まりをやさしく要約したものである。この資料から読み取れる村のようすとして正しいものはどれですか。 「寄合の知らせを 2 度受けても出席しない者は、罰として銭 50 文を出すこと。村の森の木を勝手に切った者は罰する。」 (ア 荘園領主が村の決まりを定め、農民はそれに従うだけだった イ 村人は寄合に出なくてよく、森の木は自由に切ってよかった ウ 農民が寄合で決まりをつくり、村を自分たちで運営していた エ 守護大名が村に役人を置き、村人の行動をすべて決めていた)
発展
- 室町時代の商業について正しいものはどれですか。 (ア 六斎市が開かれ、馬借が物を運び、明銭が流通した イ 株仲間が幕府の許可で営業を独占した ウ 両替商が金と銀を交換した エ 月 3 回の定期市が始まり、宋銭が使われ始めた)
- 1457 年にアイヌの人々が和人の進出に対して起こした戦いを何といいますか。 (ア コシャマインの戦い イ 正長の土一揆 ウ シャクシャインの戦い エ 応仁の乱)
- 奈良市柳生の岩に、室町時代に次の文字が刻まれた。「正長元年ヨリサキ者カンヘ四カンカウニヲヰメアルヘカラス」(正長元年より前の、神戸四か郷の負債はもうない)。この碑文から考えられることとして正しいものはどれですか。 (ア 幕府の命令で、この地域の年貢が 2 倍に引き上げられたことを記録した イ 勘合貿易で、明からこの地域に銅銭が届いたことを記録した ウ この地域の農民が、土倉から新しく借金をしたことを記録した エ 土一揆によって、この地域の借金が帳消しになったことを記録した)
室町・戦国時代 ── 解答
基礎
- ウ 東山文化 北山文化=3 代義満・金閣・能(観阿弥世阿弥)。東山文化=8 代義政・銀閣・書院造・水墨画(雪舟)・茶の湯・枯山水。どちらも禅宗の影響。
- イ 加賀の一向一揆が始まる 1338 幕府 → 1392 合一 → 1404 勘合貿易 → 1428 正長の土一揆 → 1467 応仁の乱 → 1485 山城国一揆 → 1488 加賀の一向一揆。
- イ 公家を重視し、武士の不満が高まったから 足利尊氏が離反して京都に北朝を立て、後醍醐天皇は吉野で南朝を開き、南北朝の動乱へ。恩賞も不公平だった。
- ウ 足利義満 3 代将軍。幕府の全盛期。太政大臣にもなった。
- ア 管領 細川・斯波・畠山の三管領。鎌倉は執権、江戸は老中。
- ウ 正式な貿易船と倭寇(海賊)を区別するため 明が倭寇に悩み、日本に取り締まりを求めたことが背景。輸入品は銅銭(永楽通宝)・生糸など。
- ウ 琉球王国。明や東南アジアとの中継貿易 1429 年統一。首里城。中継貿易で各地の品を運んで利益を得た。明・日本・東南アジアを結んだ。
標準
- ア 1428 年、近江の馬借から始まり、借金の帳消し(徳政)を求めて土倉や酒屋を襲った最初の大規模な土一揆 惣で団結した民衆の力。土一揆=徳政要求、国一揆=国人中心の自治、一向一揆=宗教の結びつき。島原・天草一揆は江戸時代。
- イ 戦国大名が家臣や領民を統制するために定めた独自の法 室町時代の重要語。惣・座・土倉・馬借は民衆と商業、勘合は外交、下剋上・分国法は戦国。
- ア 将軍のあとつぎ争いから京都で 11 年続いた 1467〜77 年。細川勝元と山名宗全。足軽の登場。以後、下剋上と戦国時代へ。8 代将軍足利義政の後継争いに守護大名の対立が結びつき、幕府の権威が失われた。
- エ 分国法を定め、城下町に家臣や商人を集めた 甲州法度之次第(武田)・今川仮名目録など。けんか両成敗の規定も。鉱山開発や治水も進めた。
- エ 床の間・ふすま・畳をもち、和室のもとになった 銀閣の東求堂同仁斎が代表。寝殿造は平安の貴族の住居。明かり障子も特徴。
- ウ 狂言や御伽草子(一寸法師など)、盆踊り 狂言は能の合間に演じるこっけいな劇。浮世絵・歌舞伎は江戸時代。
- エ イ → ウ → ア ア(山城国一揆が起きた)は 1485 年、イ(足利義満が南北朝を合一した)は 1392 年、ウ(足利義満が明との勘合貿易を始めた)は 1404 年。古い順に イ → ウ → ア。
- エ 明から輸入した銅銭が、国内の商業で広く使われた 日本は銅・硫黄・刀剣・扇を輸出し、明から銅銭・生糸・絹織物などを輸入した。永楽通宝などの明銭は国内の市や土倉の取引で使われた。
- ア 分国法。家臣どうしの争いをおさえ、大名が家臣を統制するため 戦国大名は領国を治めるため分国法(今川仮名目録・甲州法度之次第など)を定めた。けんか両成敗は家臣が私的に争うことを禁じ、裁きを大名に集めるための決まり。
- ウ 農民が寄合で決まりをつくり、村を自分たちで運営していた 惣(惣村)では、農民が寄合で村のおきてを定め、用水や山林を共同で管理した。団結した村は、年貢の減免などを求めて一揆を起こすこともあった。
発展
- ア 六斎市が開かれ、馬借が物を運び、明銭が流通した 定期市は鎌倉に始まり室町で六斎市へ。座・土倉・酒屋・関所の発達。株仲間・両替商は江戸。六斎市は月 6 回。明銭は明から輸入した銅銭。
- ア コシャマインの戦い 蝦夷地南部での和人との交易をめぐる衝突。シャクシャインの戦いは江戸時代(1669 年)。
- エ 土一揆によって、この地域の借金が帳消しになったことを記録した 「負債(おいめ)はない」と刻んだのは、1428 年の正長の土一揆で徳政(借金の帳消し)を勝ちとったことを示すと考えられる。土一揆は土倉・酒屋などの金融業者を襲った。
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koko/social/h-05/test/ / 問題は毎回の表示で数が変わります。印刷したものはその一例です。
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