昭和前期(世界恐慌・戦争) ── 問題
基礎
- 世界恐慌に対するアメリカの対応として正しいものはどれですか。 (ア ナチス(ヒトラー)が政権をとり、独裁と再軍備を進めた(ファシズム) イ 五か年計画。計画経済で恐慌の影響を受けずに工業化を進めた ウ ブロック経済。本国と植民地で経済圏をつくり、高い関税で他国の商品をしめ出した エ ニューディール政策。ローズベルト大統領が公共事業で雇用を増やし、労働者を保護した)
- 1936年の出来事はどれですか。 (ア 満州事変(柳条湖事件) イ 国際連盟を脱退 ウ 二・二六事件 エ 盧溝橋事件から日中戦争が始まる)
- 1929 年に世界恐慌が始まった場所はどこですか。 (ア 日本の東京 イ アメリカのニューヨーク ウ イギリスのロンドン エ ドイツのベルリン)
- 1933 年に日本が国際連盟を脱退した理由はどれですか。 (ア ドイツと同盟を結んでいたから イ 日本が常任理事国になれなかったから ウ アメリカが先に脱退したから エ 連盟が満州国を認めず、撤兵を勧告したから)
- 国家総動員法(1938 年)の内容として正しいものはどれですか。 (ア すべての政党を一つにまとめた イ 議会の承認なしに物資や人を戦争に動員できる ウ すべての国民に選挙権を与えた エ 軍人を首相にすることを義務づけた)
- 太平洋戦争のきっかけとなった 1941 年 12 月 8 日の出来事はどれですか。 (ア ドイツのポーランド侵攻 イ ハワイの真珠湾攻撃とマレー半島上陸 ウ ミッドウェー海戦での敗北 エ 盧溝橋での日中両軍の衝突)
標準
- 1945 年の次の出来事を古い順に並べたとき、5 番目(最も新しい)になるものはどれですか。【東京大空襲/沖縄戦の開始/広島への原爆投下/ソ連の対日参戦/ポツダム宣言の受諾】 (ア ソ連の対日参戦 イ ポツダム宣言の受諾 ウ 沖縄戦の開始 エ 東京大空襲)
- 二・二六事件について正しいものはどれですか。 (ア 1932 年、海軍の青年将校らが犬養毅首相を暗殺し、政党内閣が終わった イ 1931 年、関東軍が柳条湖で南満州鉄道を爆破し、中国軍のしわざとして満州を占領した ウ 1937 年、北京郊外での日中両軍の衝突から全面戦争に拡大した エ 1936 年、陸軍の青年将校が部隊を率いて首相官邸などを襲撃。鎮圧されたが軍部の発言力が強まった)
- 1942 年に日本軍が敗れて戦局が逆転するきっかけとなった海戦はどれですか。 (ア レイテ沖海戦 イ 真珠湾攻撃 ウ ミッドウェー海戦 エ 日本海海戦)
- 第二次世界大戦が始まったきっかけはどれですか。 (ア 1939 年にドイツがポーランドに侵攻した イ 1931 年の柳条湖での満州事変 ウ 1937 年の盧溝橋での日中の衝突 エ 1941 年の日本の真珠湾攻撃)
- 日本の植民地だった朝鮮で行われた皇民化政策の内容として正しいものはどれですか。 (ア 朝鮮の人々に選挙権を与えた イ 日本語や神社参拝を強制し、創氏改名を行った ウ 朝鮮の独立を認め、軍を引きあげた エ 朝鮮語や朝鮮の歴史を学ぶ教育を大いに奨励した)
- 戦争末期の国民生活について正しいものはどれですか。 (ア 米や衣料が配給制になり、学童疎開が行われた イ 女性は働かなくてよかった ウ 学校は平常どおり授業を続けた エ 物資が豊かで自由に買い物ができた)
- ポツダム宣言について正しいものはどれですか。 (ア 日本がドイツと結んだ同盟 イ アメリカ・イギリス・中国の名で日本に無条件降伏を求めた ウ 1941 年にアメリカが日本に出した最後の提案 エ 1945 年 2 月に米英ソが戦後処理を話し合った会談)
- 昭和時代初めの次の出来事を、古い順に並べたものはどれですか。 ア 国家総動員法が制定された イ ニューヨークで株価が大暴落し世界恐慌が始まった ウ 満州事変が起きた (ア ウ → イ → ア イ イ → ウ → ア ウ ウ → ア → イ エ ア → イ → ウ)
- 世界恐慌のあとイギリスやフランスが行ったブロック経済が、植民地の少ない国々に与えた影響として正しいものはどれですか。 (ア 植民地を多く手に入れ、本国の失業者がいなくなった イ 計画経済に切りかえ、恐慌の影響をまったく受けなかった ウ 商品を売る先が限られ、領土の拡大をめざす動きが強まった エ 世界の関税が下がって輸出が増え、景気がすぐに回復した)
- 1932 年につくられた満州国について説明した文として正しいものはどれですか。 (ア 清の最後の皇帝溥儀を執政とし、実権は日本がにぎった イ ロシア革命の影響を受けて、社会主義の国として生まれた ウ 中国の国民党が建て、蔣介石が元首として政治を進めていった エ 国際連盟が独立を認め、各国が大使館を置いて交流した)
発展
- 昭和恐慌のころ農村で起こったことと、それが政治に与えた影響はどれですか。 (ア 農民が海外へ大量に移住して人口が減った イ 農村が豊かになり政党への支持が強まった ウ 農家が困窮し、軍部への期待が高まった エ 農村で普通選挙が始まった)
- 1945 年 8 月 8 日にソ連が日本に宣戦した行為が国際法上問題とされる理由はどれですか。 (ア 日ソ中立条約がまだ有効だったから イ ソ連は日本と同盟国だったから ウ ソ連は国際連盟に加盟していなかったから エ ソ連はポツダム宣言に参加していたから)
- 第二次世界大戦中の次の出来事を、古い順に並べたものはどれですか。 ア サイパン島が陥落した イ 日本がハワイの真珠湾を攻撃した ウ ドイツがポーランドに侵攻した (ア ウ → イ → ア イ ア → ウ → イ ウ イ → ア → ウ エ イ → ウ → ア)
- 次は満州事変について国際連盟が派遣した調査団の報告の内容をやさしく要約したものである。この報告のあとの日本の動きとして正しいものはどれですか。 「柳条湖事件のあとの日本軍の行動は、正当な自衛とは認められない。満州国は、住民の自発的な独立運動によって生まれたものとはいえない。」 (ア 連盟が満州国を承認したため、日本は常任理事国の地位を強めた イ 報告を受けて日本は満州から撤兵し、満州国は中国の清に返された ウ 連盟が満州国を認めず撤兵を勧告したため、日本は連盟を脱退した エ 報告に反発したアメリカが連盟を脱退し、日本は連盟に残った)
昭和前期(世界恐慌・戦争) ── 解答
基礎
- エ ニューディール政策。ローズベルト大統領が公共事業で雇用を増やし、労働者を保護した 持てる国(米・英・仏)は自国内で対応、持たざる国(日・独・伊)は領土拡大へ。ソ連は社会主義で影響を受けなかった。
- ウ 二・二六事件 1929 恐慌 → 1931 満州事変 → 1932 満州国・五・一五 → 1933 連盟脱退 → 1936 二・二六 → 1937 日中戦争 → 1938 総動員法 → 1939 WWⅡ → 1941 太平洋戦争 → 1945 終戦。
- イ アメリカのニューヨーク ウォール街の株価大暴落。第一次世界大戦後、アメリカが世界経済の中心だったため各国に波及。
- エ 連盟が満州国を認めず、撤兵を勧告したから 松岡洋右が退場。国際的な孤立を深め、ドイツ・イタリアに近づいた。勧告はリットン調査団の報告にもとづく。
- イ 議会の承認なしに物資や人を戦争に動員できる 議会は無力化。1940 年には政党が解散して大政翼賛会に。配給制・勤労動員へ。
- イ ハワイの真珠湾攻撃とマレー半島上陸 東条英機内閣。アメリカの石油輸出禁止(ABCD 包囲網)と日米交渉の決裂が背景。
標準
- イ ポツダム宣言の受諾 3 月 10 日東京大空襲 → 4 月 1 日沖縄戦 → 7 月ポツダム宣言 → 8 月 6 日広島 → 8 月 8 日ソ連参戦 → 8 月 9 日長崎 → 8 月 14 日受諾・15 日玉音放送。
- エ 1936 年、陸軍の青年将校が部隊を率いて首相官邸などを襲撃。鎮圧されたが軍部の発言力が強まった 柳条湖(満州事変)と盧溝橋(日中戦争)、五・一五(海軍・犬養)と二・二六(陸軍)を区別。
- ウ ミッドウェー海戦 以後、サイパン陥落(1944)から本土空襲が本格化。日本海海戦は日露戦争。
- ア 1939 年にドイツがポーランドに侵攻した 独ソ不可侵条約の直後。1940 年に日独伊三国同盟。太平洋戦争は 1941 年から。イギリス・フランスがドイツに宣戦した。
- イ 日本語や神社参拝を強制し、創氏改名を行った 労働力や兵士として動員(強制連行・徴兵)も行われた。創氏改名は姓名を日本式に改めさせたこと。
- ア 米や衣料が配給制になり、学童疎開が行われた 中学生・女性も軍需工場で勤労動員。金属回収、「ぜいたくは敵だ」。大学生は学徒出陣した。
- イ アメリカ・イギリス・中国の名で日本に無条件降伏を求めた 日本は最初黙殺 → 原爆投下・ソ連参戦 → 受諾。8 月 15 日玉音放送、9 月 2 日降伏文書調印。1945 年 7 月に出され、日本は 8 月 14 日に受諾を決めた。
- イ イ → ウ → ア ア(国家総動員法が制定された)は 1938 年、イ(ニューヨークで株価が大暴落し世界恐慌が始まった)は 1929 年、ウ(満州事変が起きた)は 1931 年。古い順に イ → ウ → ア。
- ウ 商品を売る先が限られ、領土の拡大をめざす動きが強まった ブロック経済は本国と植民地で経済圏をつくり、他国の商品に高い関税をかける政策。植民地の少ない日本・ドイツ・イタリアは市場や資源を求めて対外侵略を進めた。計画経済で恐慌の影響を受けなかったのはソ連。
- ア 清の最後の皇帝溥儀を執政とし、実権は日本がにぎった 満州事変で満州を占領した日本は、清の最後の皇帝溥儀を執政(のち皇帝)として満州国を建てたが、政治の実権は日本(関東軍)がにぎった。国際連盟は満州国を認めなかった。
発展
- ウ 農家が困窮し、軍部への期待が高まった 欠食児童・娘の身売り。青年将校の多くが農村出身で、五・一五・二・二六事件の背景になった。生糸の輸出減や米価下落が原因。政党政治や財閥への不満が背景。
- ア 日ソ中立条約がまだ有効だったから 満州・樺太・千島へ侵攻。北方領土問題やシベリア抑留につながる。日ソ中立条約は 1941 年に結ばれた。
- ア ウ → イ → ア ア(サイパン島が陥落した)は 1944 年、イ(日本がハワイの真珠湾を攻撃した)は 1941 年、ウ(ドイツがポーランドに侵攻した)は 1939 年。古い順に ウ → イ → ア。
- ウ 連盟が満州国を認めず撤兵を勧告したため、日本は連盟を脱退した リットン調査団の報告をもとに、1933 年に連盟は満州国を認めず日本軍の撤兵を求めた。日本はこれに反発して連盟を脱退し、国際的に孤立した。
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koko/social/h-10/test/ / 問題は毎回の表示で数が変わります。印刷したものはその一例です。
📄 紙で解くなら プリント(レベルと問題数を選べます)。このページをそのまま印刷しても各レベル 10 問と解答が出ます。