経済学説史と日本経済史(古典派〜ケインズ〜マネタリズム・戦後復興〜高度成長〜バブル〜低成長) ── 問題
基礎
- 経済学説について、ケネーの学説の説明として妥当なものはどれですか。 (ア 富は金銀であり輸出を増やして輸入を抑える貿易差額によって富を蓄えるべきだとし、国家による貿易の保護・統制を主張した イ 『経済表』で、富を生むのは工業だけであり農業や商業は不生産的だとして、経済全体の循環を初めて図式化し、国家による産業の保護・統制(重商主義的な政策)を主張した ウ 『経済表』で、富を生むのは農業だけであり工業や商業は不生産的だとして、経済全体の循環を初めて図式化し、自由放任(レッセ・フェール)を主張した エ 『国富論』で、富は労働が生み分業が生産力を高めるとし、「見えざる手」が社会の利益に導くとした undefined 『政治経済学の国民的体系』で、後発国の立場から幼稚産業を保護する保護貿易を主張し、イギリスの自由貿易論に対抗した)
- 『経済表』を著し、重農主義を唱えた経済学者は誰ですか。 (ア セー イ コルベール ウ ケネー エ リスト undefined アダム=スミス)
- 日本銀行が量的緩和政策を導入したのは何年ですか。 (ア 2001 年 イ 2013 年 ウ 1999 年 エ 2006 年 undefined 2016 年)
- 戦後改革期(1945〜1950 年)の日本経済に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア GHQ のもとで財閥解体・農地改革・労働三法の制定という経済民主化が行われ、傾斜生産方式で石炭・鉄鋼に資源を集中したためインフレが進み、1949 年のドッジ・ラインでインフレは収束したが不況となり、1950 年からの朝鮮特需で脱出した イ 農地改革では寄生地主制が強化され、小作農の多くが土地を失って都市へ流出した ウ ドッジ・ラインは赤字国債の発行と復興金融金庫の融資拡大によって景気を刺激する政策で、1 ドル=308 円の単一為替レートを設定した エ シャウプ勧告は消費税を中心とする間接税重視の税制を提案し、これにもとづいて 1950 年に消費税が導入された undefined GHQ のもとで財閥解体・農地改革・労働三法の制定という経済民主化が行われ、1949 年のドッジ・ラインで石炭・鉄鋼に資源を集中したためインフレが進み、その後の傾斜生産方式でインフレは収束したが不況となり、1950 年からの朝鮮特需で脱出した)
- 戦後日本の景気循環の名称に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア いざなぎ景気は 1980 年代後半のバブル経済期の景気の名称で、1991 年に終わった イ いざなみ景気は内需主導の力強い回復で、その間に日本の名目 GDP は 2 倍になった ウ 高度経済成長期の大型景気はいざなぎ景気・岩戸景気・神武景気の順に続き、2002 年から 2008 年までのいざなみ景気は 57 か月で当時戦後最長の景気拡張とされた エ 神武景気は 1970 年代の安定成長期の景気であり、第一次石油危機によって終わった undefined 高度経済成長期の大型景気は神武景気・岩戸景気・いざなぎ景気の順に続き、2002 年から 2008 年までのいざなみ景気は 73 か月で当時戦後最長の景気拡張とされた)
標準
- 経済学の学派について、限界革命の説明として妥当なものはどれですか。 (ア 1870 年代にジェヴォンズ・メンガー・ワルラスの 3 人がそれぞれ独立に、財の価値を限界効用ではなく投下された労働の量で説明する考え方を打ち出したもので、それまでの限界効用説を否定して古典派経済学の出発点となった イ 1890 年にマーシャルが『経済学原理』で、需要(限界効用)と供給(生産費)の両方で価格が決まると説明し、部分均衡分析を確立したことをいう ウ 1936 年にケインズが『一般理論』で、生産量は有効需要の大きさで決まるとして古典派を批判したことをいう エ 1870 年代にジェヴォンズ・メンガー・ワルラスの 3 人がそれぞれ独立に、財の価値を労働ではなく限界効用(最後の 1 単位から得る満足)で説明する考え方を打ち出したもので、新古典派経済学の出発点となった undefined 1970 年代のスタグフレーションを機に、フリードマンらが裁量的な政策を批判して貨幣供給のルール化を主張したことをいう)
- 戦後の日本経済について、2001 年に導入された量的緩和政策の説明として妥当なものはどれですか。 (ア 短期金利がすでにほぼ 0% で下げられなかったため、金融市場調節の操作目標を金利から日本銀行当座預金残高という「量」に変更した政策で、2013 年 4 月まで続けられた イ 2016 年 1 月に日本銀行当座預金の一部に −0.1% の金利を適用することを決めた政策で、2024 年 3 月に解除された ウ 2013 年 4 月に国債の買入れを大きく増やし ETF など買う資産の種類も広げた政策で、マネタリーベースを 2 年で 2 倍にすることを掲げた エ 短期金利がすでにほぼ 0% で下げられなかったため、金融市場調節の操作目標を金利から日本銀行当座預金残高という「量」に変更した政策で、2006 年 3 月に解除された undefined 1999 年 2 月に無担保コールレートを実質 0% に誘導した政策で、2000 年 8 月にいったん解除された)
- 古典派経済学に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア アダム=スミスは『国富論』で分業と「見えざる手」による市場の調整を論じて小さな政府を主張し、リカードは『人口論』を著して穀物法に賛成したのに対し、マルサスは比較生産費説によって自由貿易を根拠づけて穀物法に反対した イ 古典派は「供給はそれ自らの需要をつくり出す」というセーの法則を否定し、経済全体の需要不足によって不況が生じると考えた ウ アダム=スミスは『国富論』で分業と「見えざる手」による市場の調整を論じて小さな政府を主張し、リカードは比較生産費説によって自由貿易を根拠づけて穀物法に反対したのに対し、マルサスは『人口論』を著し穀物法には賛成した エ 古典派は財の価値を最後の 1 単位から得る満足である限界効用によって説明し、労働価値説を退けた undefined J. S. ミルは『経済学原理』で、分配の法則は生産の法則と同じく自然法則であって人間の制度では変えられないとし、社会改良の可能性を否定した)
- 限界革命と新古典派に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア マーシャルはケンブリッジ学派の祖であり、弟子のピグーは『厚生経済学』で外部性への補助金を否定し、政府の介入は一切不要だとした イ 限界革命はマーシャルが『経済学原理』で起こしたもので、ジェヴォンズ・メンガー・ワルラスはその弟子である ウ 1870 年代にジェヴォンズ・メンガー・ワルラスが財の価値を限界効用で説明する考え方を打ち出し、ワルラスは需要と供給の両方で価格が決まる部分均衡分析を、マーシャルはすべての市場が同時に均衡する一般均衡理論を確立した エ メンガーはローザンヌ学派の祖、ワルラスはオーストリア学派の祖であり、ハイエクはローザンヌ学派の系譜に属する undefined 1870 年代にジェヴォンズ・メンガー・ワルラスが財の価値を限界効用で説明する考え方を打ち出し、ワルラスはすべての市場が同時に均衡する一般均衡理論を、マーシャルは需要と供給の両方で価格が決まる部分均衡分析を確立した)
- ケインズ経済学と古典派の対立に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア ケインズは利子率が貯蓄と投資の均衡で決まると考えたのに対し、古典派は利子率が貨幣の需給(流動性選好)で決まると考えた イ ケインズの理論はサムエルソンによって IS-LM 分析として図式化され、ヒックスの『経済学』によって新古典派総合として戦後の主流となった ウ ケインズは『一般理論』で、不況の原因は企業家によるイノベーションの不足にあるとし、創造的破壊を促す政策を主張した エ 古典派が生産量は有効需要で決まり需要不足による非自発的失業が生じると考えたのに対し、ケインズはセーの法則により生産量は供給側で決まり失業は賃金の低下で解消するとして、自由放任を主張した undefined 古典派がセーの法則により生産量は供給側で決まり失業は賃金の低下で解消すると考えたのに対し、ケインズは生産量は有効需要で決まり需要不足による非自発的失業は放置しても解消しないとして、裁量的な財政政策による需要創出を主張した)
- 高度経済成長期(1955〜1973 年)に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 高度経済成長期の景気は、岩戸景気(1954〜57 年)・神武景気(1958〜61 年)・いざなぎ景気(1965〜70 年)の順に続いた イ 1956 年の経済白書が「もはや戦後ではない」と述べ、1960 年に池田勇人内閣が国民所得倍増計画を決定し、1964 年に IMF 8 条国への移行と OECD 加盟で開放経済体制に入り、1968 年には GNP が資本主義国で第 2 位となった ウ 高度経済成長期には設備投資が低迷し、政府の公共事業が成長の主な原動力となった エ 1956 年の経済白書が「もはや戦後ではない」と述べ、1960 年に佐藤栄作内閣が国民所得倍増計画を決定し、1964 年に GATT 加盟で開放経済体制に入り、1968 年には GNP が世界第 1 位となった undefined 高度経済成長は 1 ドル=360 円の固定相場が円高であったため輸出には不利であったが、旺盛な内需によって実現した)
- 1970 年代の日本経済に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 1971 年のニクソン・ショックを受けてスミソニアン協定で円は 1 ドル=308 円に切り上げられ、1973 年に変動相場制に移行した直後に第四次中東戦争を機とする第一次石油危機が起きて狂乱物価となり、1974 年は戦後初のマイナス成長を記録した イ 第二次石油危機(1979 年)は第四次中東戦争を機に起きたもので、日本経済は第一次石油危機のときより深刻な不況に陥り、2 年連続のマイナス成長となった ウ 1971 年のニクソン・ショックを受けてスミソニアン協定で円は 1 ドル=360 円に切り下げられ、1973 年に固定相場制に復帰した直後にイラン革命を機とする第一次石油危機が起きて狂乱物価となり、1974 年は戦後初のマイナス成長を記録した エ 石油危機後の日本経済は年平均 10% 前後の高い成長を続け、高度経済成長は 1980 年代まで続いた undefined 1970 年代には対米貿易赤字が拡大し、米国からの輸入を制限する輸入自主規制が問題となった)
- プラザ合意とバブル経済に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 1989 年に導入された消費税の税率は 5% で、バブル経済の過熱を抑える目的で導入された イ 1985 年のプラザ合意で G5 がドル高是正に合意して急激な円高が進み円高不況となったため、日本銀行は公定歩合を 2.5% まで下げる金融緩和を行い、内需拡大策とあいまって株価・地価が実体経済から離れて高騰するバブル経済が生じた ウ バブル崩壊後、金融機関には不良債権が残ったが、1990 年代前半のうちに処理が完了し、金融危機には至らなかった エ バブル経済は 1990 年の不動産融資の総量規制と日本銀行の利下げによって崩壊し、株価と地価は下落に転じた undefined 1985 年のプラザ合意で G5 が円高是正に合意して急激な円安が進み輸出が急増したため、日本銀行は公定歩合を引き上げる金融引締めを行い、その結果として株価・地価が高騰するバブル経済が生じた)
- アベノミクスと日本銀行の金融政策に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 2012 年 12 月に発足した安倍内閣は大胆な金融政策・機動的な財政政策・成長戦略の三本の矢を掲げ、2013 年 1 月に政府と日本銀行が 2% の物価安定目標で共同声明を出し、同年 4 月に黒田総裁のもとで量的・質的金融緩和が始まり、2016 年にはマイナス金利政策と長短金利操作が導入された イ 2012 年 12 月に発足した安倍内閣は大胆な金融政策・機動的な財政政策・成長戦略の三本の矢を掲げ、2013 年 1 月に政府と日本銀行が 1% の物価安定目標で共同声明を出し、同年 4 月に黒田総裁のもとでマイナス金利政策が始まり、2016 年には量的・質的金融緩和と長短金利操作が導入された ウ 長短金利操作(YCC)は、短期金利のみを操作目標とし、長期金利は市場に委ねる政策である エ 消費税率は 2014 年 4 月に 10% に引き上げられ、2019 年 10 月に軽減税率とともに 8% に引き下げられた undefined 量的・質的金融緩和は、国債の買入れを大きく増やす一方で ETF などのリスク資産の買入れは行わず、マネタリーベースを 2 年で半分にすることを掲げた)
発展
- 次のア〜エは戦後の日本経済に関する出来事である。これらを古いものから順に並べたものとして正しいのはどれですか。 ア:IMF 8 条国への移行と OECD 加盟 イ:傾斜生産方式の閣議決定 ウ:第二次石油危機 エ:プラザ合意 (ア エ → ウ → ア → イ イ イ → ア → エ → ウ ウ ア → イ → ウ → エ エ イ → ア → ウ → エ undefined イ → ウ → ア → エ)
- マルクス・リスト・J. S. ミルに関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア マルクスは『資本論』で剰余価値が利潤の源泉だとして資本主義の矛盾を論じ、リストは後発国ドイツの立場から幼稚産業を保護する保護貿易を主張し、J. S. ミルは分配の法則は人間の制度で変えられるとして社会改良を唱えた イ マルクスは古典派の労働価値説を否定して、資本家の利潤は資本の限界生産力によって正当に決まると論じた ウ J. S. ミルは経済成長がとまる定常状態を人類の破滅として否定的に描き、無限の成長を追求すべきだとした エ マルクスは『資本論』で限界効用が財の価値を決めるとして資本主義の安定性を論じ、リストは先進国イギリスの立場から自由貿易を主張し、J. S. ミルは分配の法則は自然法則であって変えられないとした undefined リストは『政治経済学の国民的体系』でリカードの比較生産費説を支持し、ドイツも直ちに自由貿易に移行すべきだと主張した)
- 1970 年代以降の経済学の学派に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア マネタリズムは長期のフィリップス曲線が右下がりであるとし、インフレを受け入れれば失業率を恒久的に下げられると主張した イ スタグフレーションを機にケインズ政策への信頼が揺らぎ、フリードマンのマネタリズムは貨幣供給の k% ルールを、ルーカスの合理的期待形成学派は政策無効命題を、サプライサイド経済学は減税と規制緩和による供給力の強化を主張し、これらに対してニューケインジアンは価格の硬直性を根拠に短期の政策の有効性を擁護した ウ 合理的期待形成学派は、人々が過去の経験にもとづいて将来を予想する適応的期待を前提とし、予想された政策も短期には効果をもつとした エ スタグフレーションを機にケインズ政策への信頼が揺らぎ、フリードマンの合理的期待形成学派は政策無効命題を、ルーカスのマネタリズムは貨幣供給の k% ルールを、サプライサイド経済学は政府支出の拡大による需要創出を主張し、これらに対してニューケインジアンは価格の伸縮性を根拠に政策の無効性を擁護した undefined サプライサイド経済学のラッファー曲線は、税率を上げれば税収は常に増えることを示し、レーガン政権の増税政策の根拠となった)
- 1990 年代後半から 2000 年代の日本経済に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 三位一体の改革とは、大胆な金融政策・機動的な財政政策・成長戦略の 3 つを一体で進める改革をいう イ 2002 年から 2008 年まで続いたいざなみ景気は、内需主導の力強い回復で、国民の多くが好況を実感した ウ 量的緩和政策は金融市場調節の操作目標を日本銀行当座預金残高から短期金利に変更するもので、2013 年まで続けられた エ 1997 年に消費税率が 5% に引き上げられ、同年 11 月に北海道拓殖銀行と山一證券が破綻して金融危機が深まり、日本銀行は 1999 年に量的緩和政策、2001 年にゼロ金利政策を導入し、小泉内閣は郵政の国営化と地方交付税の拡充などの構造改革を進めた undefined 1997 年に消費税率が 5% に引き上げられ、同年 11 月に北海道拓殖銀行と山一證券が破綻して金融危機が深まり、日本銀行は 1999 年にゼロ金利政策、2001 年に量的緩和政策を導入し、小泉内閣は不良債権処理・郵政民営化・三位一体の改革などの構造改革を進めた)
- 2024 年以降の日本銀行の金融政策に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 日本銀行は 2024 年 3 月にマイナス金利政策と長短金利操作を終了して短期金利の操作を主な手段に戻し、2024 年 7 月に 0.25%、2025 年 1 月に 0.5% へと段階的に利上げを進め、2026 年 9 月時点の政策金利は 1.25% 程度である イ 2024 年 3 月の政策変更は、マイナス金利を維持したまま長短金利操作のみを終了するもので、政策金利はマイナスのまま据え置かれた ウ 日本銀行は 2024 年 3 月にマイナス金利政策と長短金利操作を終了して短期金利の操作を主な手段に戻し、2024 年 7 月に 0.25%、2025 年 1 月に 0.5% へと段階的に利上げを進めたが、2025 年以降は据え置かれ 2026 年 9 月時点の政策金利は 0.5% 程度である エ 2024 年 3 月の利上げは 2016 年以来 8 年ぶりの利上げであり、日本銀行はあわせて量的・質的金融緩和の枠組みを強化した undefined 植田和男総裁は 2013 年に就任し、量的・質的金融緩和を導入したのち 2024 年にこれを終了した)
経済学説史と日本経済史(古典派〜ケインズ〜マネタリズム・戦後復興〜高度成長〜バブル〜低成長) ── 解答
基礎
- ウ 『経済表』で、富を生むのは農業だけであり工業や商業は不生産的だとして、経済全体の循環を初めて図式化し、自由放任(レッセ・フェール)を主張した 『経済表』で、富を生むのは農業だけであり工業や商業は不生産的だとして、経済全体の循環を初めて図式化し、自由放任(レッセ・フェール)を主張した。スミス=見えざる手/リカード=比較生産費・穀物法反対/マルサス=人口論・穀物法賛成/ケネー=経済表/マルクス=剰余価値/ケインズ=有効需要/シュンペーター=イノベーション/フリードマン=k% ルール/ハイエク=自生的秩序。
- ウ ケネー 『経済表』を著し、重農主義を唱えた経済学者は誰ですか。── ケネー。著作と人名は 1 対 1 で。『国富論』スミス・『人口論』マルサス・『経済表』ケネー・『一般理論』ケインズ・『経済発展の理論』シュンペーター・『隷属への道』ハイエク・『経済学原理』マーシャル・『純粋経済学要論』ワルラス・『経済学』サムエルソン・合理的期待=ルーカス。
- ア 2001 年 日本銀行が量的緩和政策を導入したのは何年ですか。── 2001 年。49 ドッジ・60 所得倍増・71 ニクソン・73 石油危機・85 プラザ・89 消費税・99 ゼロ金利・01 量的緩和・13 異次元緩和・16 マイナス金利・24 解除。
- ア GHQ のもとで財閥解体・農地改革・労働三法の制定という経済民主化が行われ、傾斜生産方式で石炭・鉄鋼に資源を集中したためインフレが進み、1949 年のドッジ・ラインでインフレは収束したが不況となり、1950 年からの朝鮮特需で脱出した 経済民主化(財閥解体・農地改革=自作農創設・労働三法)→ 傾斜生産方式(1946〜47 年・インフレ)→ ドッジ・ライン(1949 年・超均衡予算・360 円・不況)→ 朝鮮特需(1950〜53 年)。シャウプ勧告は直接税中心。消費税は 1989 年。
- undefined 高度経済成長期の大型景気は神武景気・岩戸景気・いざなぎ景気の順に続き、2002 年から 2008 年までのいざなみ景気は 73 か月で当時戦後最長の景気拡張とされた 神武(1954〜57)→ 岩戸(1958〜61)→ オリンピック(1962〜64)→ いざなぎ(1965〜70・57 か月)。いざなみ(2002〜08・73 か月・当時最長・輸出主導で実感に乏しい)。
標準
- エ 1870 年代にジェヴォンズ・メンガー・ワルラスの 3 人がそれぞれ独立に、財の価値を労働ではなく限界効用(最後の 1 単位から得る満足)で説明する考え方を打ち出したもので、新古典派経済学の出発点となった 1870 年代にジェヴォンズ・メンガー・ワルラスの 3 人がそれぞれ独立に、財の価値を労働ではなく限界効用(最後の 1 単位から得る満足)で説明する考え方を打ち出したもので、新古典派経済学の出発点となった。重商主義=金銀・貿易差額/重農主義=農業・ケネー/限界革命=1870 年代・3 人/新古典派総合=サムエルソン/マネタリズム=フリードマン・k%/合理的期待=ルーカス・政策無効/サプライサイド=減税・ラッファー/ニューケインジアン=硬直性・短期は有効。
- エ 短期金利がすでにほぼ 0% で下げられなかったため、金融市場調節の操作目標を金利から日本銀行当座預金残高という「量」に変更した政策で、2006 年 3 月に解除された 短期金利がすでにほぼ 0% で下げられなかったため、金融市場調節の操作目標を金利から日本銀行当座預金残高という「量」に変更した政策で、2006 年 3 月に解除された。傾斜生産(46〜47・石炭鉄鋼・インフレ)→ ドッジ(49・360 円・不況)/シャウプ(49・直接税)/所得倍増(60・池田)/ニクソン(71・308 円)/プラザ(85・円高 → バブル)/ゼロ金利 99 → 量的緩和 01 → 異次元緩和 13 → マイナス金利 16 → 解除 24。
- ウ アダム=スミスは『国富論』で分業と「見えざる手」による市場の調整を論じて小さな政府を主張し、リカードは比較生産費説によって自由貿易を根拠づけて穀物法に反対したのに対し、マルサスは『人口論』を著し穀物法には賛成した スミス=見えざる手・小さな政府。リカード=比較生産費・穀物法反対。マルサス=人口論・穀物法賛成。古典派はセーの法則を前提とし、労働価値説をとる。ミルは分配の法則は変えられるとした。
- undefined 1870 年代にジェヴォンズ・メンガー・ワルラスが財の価値を限界効用で説明する考え方を打ち出し、ワルラスはすべての市場が同時に均衡する一般均衡理論を、マーシャルは需要と供給の両方で価格が決まる部分均衡分析を確立した 限界革命=ジェヴォンズ(英)・メンガー(オーストリア学派 → ハイエク)・ワルラス(ローザンヌ学派・一般均衡 → パレート)。マーシャル=部分均衡・ケンブリッジ学派(ピグー・ケインズ)。ピグーは外部性へのピグー税を示した。
- undefined 古典派がセーの法則により生産量は供給側で決まり失業は賃金の低下で解消すると考えたのに対し、ケインズは生産量は有効需要で決まり需要不足による非自発的失業は放置しても解消しないとして、裁量的な財政政策による需要創出を主張した 古典派=セーの法則・供給側・賃金調整・貯蓄と投資で利子率。ケインズ=有効需要・非自発的失業・流動性選好・裁量的財政政策。IS-LM はヒックス(1937 年)、新古典派総合はサムエルソン『経済学』(1948 年)。イノベーションはシュンペーター。
- イ 1956 年の経済白書が「もはや戦後ではない」と述べ、1960 年に池田勇人内閣が国民所得倍増計画を決定し、1964 年に IMF 8 条国への移行と OECD 加盟で開放経済体制に入り、1968 年には GNP が資本主義国で第 2 位となった 1956 年「もはや戦後ではない」。1960 年 池田・所得倍増。1964 年 IMF 8 条国・OECD(GATT 加盟は 1955 年)。1968 年 資本主義国第 2 位。景気は神武(54〜57)→ 岩戸(58〜61)→ いざなぎ(65〜70)。360 円は円安で輸出に有利。「投資が投資を呼ぶ」設備投資主導。
- ア 1971 年のニクソン・ショックを受けてスミソニアン協定で円は 1 ドル=308 円に切り上げられ、1973 年に変動相場制に移行した直後に第四次中東戦争を機とする第一次石油危機が起きて狂乱物価となり、1974 年は戦後初のマイナス成長を記録した ニクソン・ショック(1971 年 8 月)→ スミソニアン(308 円)→ 変動相場制(1973 年 2 月)→ 第一次石油危機(1973 年 10 月・第四次中東戦争)→ 1974 年マイナス成長。第二次(1979 年)はイラン革命で、省エネで乗り切り安定成長(4% 前後)へ。貿易摩擦は対米黒字。
- イ 1985 年のプラザ合意で G5 がドル高是正に合意して急激な円高が進み円高不況となったため、日本銀行は公定歩合を 2.5% まで下げる金融緩和を行い、内需拡大策とあいまって株価・地価が実体経済から離れて高騰するバブル経済が生じた ドル高是正 → 円高 → 円高不況 → 金融緩和(公定歩合 2.5%・1987 年)・内需拡大 → バブル → 利上げと総量規制(1990 年)で崩壊 → 不良債権 → 1997 年の金融危機へ。消費税は 1989 年 3%。
- ア 2012 年 12 月に発足した安倍内閣は大胆な金融政策・機動的な財政政策・成長戦略の三本の矢を掲げ、2013 年 1 月に政府と日本銀行が 2% の物価安定目標で共同声明を出し、同年 4 月に黒田総裁のもとで量的・質的金融緩和が始まり、2016 年にはマイナス金利政策と長短金利操作が導入された 三本の矢=金融・財政・成長戦略。2013 年 1 月 2% 目標 → 4 月 量的・質的金融緩和(マネタリーベース 2 倍・ETF も購入)→ 2016 年 1 月 マイナス金利・9 月 YCC(長期金利も誘導)。消費税は 2014 年 8% → 2019 年 10%(軽減税率 8%)。
発展
- エ イ → ア → ウ → エ 年順に イ(1946 年)、ア(1964 年)、ウ(1979 年)、エ(1985 年)。よって イ → ア → ウ → エ。
- ア マルクスは『資本論』で剰余価値が利潤の源泉だとして資本主義の矛盾を論じ、リストは後発国ドイツの立場から幼稚産業を保護する保護貿易を主張し、J. S. ミルは分配の法則は人間の制度で変えられるとして社会改良を唱えた マルクス=労働価値説を引き継ぎ剰余価値。リスト=保護貿易(歴史学派の先駆)。ミル=生産の法則は自然法則・分配の法則は制度で変えられる・定常状態を肯定的に描いた。
- イ スタグフレーションを機にケインズ政策への信頼が揺らぎ、フリードマンのマネタリズムは貨幣供給の k% ルールを、ルーカスの合理的期待形成学派は政策無効命題を、サプライサイド経済学は減税と規制緩和による供給力の強化を主張し、これらに対してニューケインジアンは価格の硬直性を根拠に短期の政策の有効性を擁護した マネタリズム=フリードマン・k% ルール・長期フィリップス曲線は垂直(自然失業率仮説)。合理的期待=ルーカス・政策無効命題。サプライサイド=減税・ラッファー曲線(税率を下げても税収が増えうる)・レーガノミクス。ニューケインジアン=硬直性・短期は有効。
- undefined 1997 年に消費税率が 5% に引き上げられ、同年 11 月に北海道拓殖銀行と山一證券が破綻して金融危機が深まり、日本銀行は 1999 年にゼロ金利政策、2001 年に量的緩和政策を導入し、小泉内閣は不良債権処理・郵政民営化・三位一体の改革などの構造改革を進めた 1997 年=消費税 5%・アジア通貨危機・拓銀と山一の破綻。1999 年ゼロ金利 → 2001 年量的緩和(操作目標を当座預金残高へ・2006 年解除)。小泉構造改革=不良債権処理・郵政民営化・三位一体(補助金削減・税源移譲・交付税見直し)。いざなみ景気は輸出主導で実感に乏しい。三本の矢はアベノミクス。
- ア 日本銀行は 2024 年 3 月にマイナス金利政策と長短金利操作を終了して短期金利の操作を主な手段に戻し、2024 年 7 月に 0.25%、2025 年 1 月に 0.5% へと段階的に利上げを進め、2026 年 9 月時点の政策金利は 1.25% 程度である 2024 年 3 月 19 日=マイナス金利解除・YCC 終了(0〜0.1%・17 年ぶりの利上げ)。以後 0.25%(2024 年 7 月)→ 0.5%(2025 年 1 月)→ 0.75%(2025 年 12 月)→ 1.0%(2026 年 6 月)→ 1.25%(2026 年 9 月 18 日決定)。植田総裁は 2023 年 4 月就任。異次元緩和を導入したのは黒田総裁(2013 年)。
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