地方上級 / 経済事情 / zx-01

更新 2026-09-19

経済学説史と日本経済史(古典派〜ケインズ〜マネタリズム・戦後復興〜高度成長〜バブル〜低成長)

この単元でできるようになること

試験での位置づけ

経済事情・経済史は、地方上級・国家一般職の経済系科目のなかで「計算ではなく知識」で得点する分野です。学説史は政治学の思想史(zp-02)と同じ形で「人物 → 主張」「著作 → 人物」が問われ、日本経済史は日本史の現代(zj-04)や社会科学の zk-06 と重なりますが、ここでは経済政策の中身(何を目的にどんな政策をとり、何が起きたか)まで踏み込みます。理論の中身は ze/za(ミクロ・マクロ)、財政政策の学説は zf-05、直近の統計数値は zx-02 で扱います。

出題の型で多いのは次の 3 つです。

  1. 「リカードが人口論を書いた」「マルサスが比較生産費説を唱えた」のように人名と主張を入れかえる
  2. 「ドッジ・ラインで傾斜生産方式が始まった」「プラザ合意でドル高が進んだ」のように因果や方向を逆にする
  3. 「量的緩和は 1999 年」「マイナス金利解除は 2016 年」のように年を 1 つずらす

1. 古典派まで ── 重商主義・重農主義・スミス・リカード・マルサス・ミル

まずここだけ

学派・人物時代主張
重商主義(トマス・マン、コルベール)16〜18 世紀国の富は金銀(貨幣)。輸出を増やし輸入を抑える貿易差額で金銀を蓄える。国家による保護・統制
重農主義ケネー『経済表』1758 年)18 世紀フランス富を生むのは農業だけ(工業・商業は不生産的)。経済の循環を初めて図式化。自由放任(レッセ・フェール)を主張
アダム=スミス国富論』1776 年古典派の祖富は労働が生む(労働価値説)。分業が生産力を高める。各人が利己心で行動しても「見えざる手」(市場の価格機構)が社会の利益に導く。政府の役割は国防・司法・公共事業に限る(小さな政府
リカード『経済学および課税の原理』1817 年古典派の完成比較生産費説(各国が相対的に得意な財に特化して貿易すれば双方が利益)。差額地代論。穀物法(穀物の輸入制限)に反対し自由貿易を主張
マルサス人口論』1798 年古典派人口は幾何級数的、食料は算術級数的にしか増えないため貧困は避けられない。穀物法に賛成(地主の需要が有効需要を支える)
J. S. ミル『経済学原理』1848 年古典派の総括生産の法則は自然法則だが分配の法則は人間の制度で変えられるとし、社会改良を主張。経済成長がとまる「定常状態」を肯定的に描いた

「リカード = 比較生産費・穀物法反対」「マルサス = 人口論・穀物法賛成」の対は、そのまま入れかえ問題の材料になります。

ここまでできれば十分

古典派の共通前提は「供給はそれ自らの需要をつくり出す」というセーの法則(セー)です。作ったものは売れるので、経済全体の需要不足(不況)は起きない、と考えます。これをのちにケインズが否定しました。

マルクス『資本論』(第 1 巻 1867 年)は古典派の労働価値説を引き継ぎつつ、労働者が生む価値のうち賃金を超える部分を資本家が取得する剰余価値が利潤の源泉だとし、資本主義は恐慌をくり返して社会主義に移行すると論じました。

ドイツのリスト『政治経済学の国民的体系』(1841 年)は、後発国ドイツの立場から保護貿易(幼稚産業の保護)を主張し、イギリス古典派の自由貿易論に対抗しました(歴史学派の先駆)。

もう一歩(発展)

出題の型:「重商主義は農業だけが富を生むと考えた」(重農主義との入れかえ)、「アダム=スミスは政府が積極的に市場に介入すべきだとした」(逆)、「リカードは穀物法に賛成した」(マルサスとの入れかえ)。


2. 限界革命からケインズまで ── 新古典派の成立とケインズ革命

まずここだけ

1870 年代、財の価値を労働ではなく限界効用(最後の 1 単位から得る満足)で説明する考え方が、3 人によって同時に生まれました。これを限界革命と呼び、ここから新古典派が始まります。

人物特徴
ジェヴォンズイギリス『経済学の理論』1871 年。効用の数学的分析
メンガーオーストリア『国民経済学原理』1871 年。オーストリア学派の祖(→ ハイエクにつながる)
ワルラスフランス(ローザンヌ大学)『純粋経済学要論』1874 年。すべての市場が同時に均衡する一般均衡理論ローザンヌ学派(→ パレート)

マーシャル『経済学原理』(1890 年)は、需要(限界効用)と供給(生産費)の両方で価格が決まると説明し(「はさみの両刃」)、部分均衡分析需要の価格弾力性短期と長期の区別・消費者余剰など、今のミクロ経済学の道具をそろえました。ケンブリッジ学派の祖で、弟子のピグーは『厚生経済学』で外部性への課税(ピグー税)を示し、ケインズも弟子でした。

ここまでできれば十分

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936 年)は、世界恐慌のなかで「市場に任せれば完全雇用が実現する」という古典派を批判しました。

論点古典派(新古典派)ケインズ
生産量を決めるもの供給側(セーの法則)有効需要(消費+投資+政府支出)の大きさ
失業賃金が下がれば解消する(自発的失業のみ)需要不足による非自発的失業が生じ、放置しても解消しない
利子率貯蓄と投資で決まる貨幣の需給(流動性選好)で決まる
政策自由放任・小さな政府政府支出などの裁量的な財政政策で需要を作る(乗数効果

ケインズの理論はヒックスの IS-LM(1937 年)で図式化され、サムエルソン『経済学』(1948 年)が「短期はケインズ、長期は新古典派」と両者を統合した新古典派総合を打ち出して、戦後の主流になりました。

シュンペーター『経済発展の理論』(1912 年)は、経済を発展させるのは企業家によるイノベーション(新結合)(新製品・新生産方法・新市場・新原料・新組織)だとし、古いものを壊して新しいものが生まれる「創造的破壊」を論じました。景気循環をイノベーションの波で説明した点も特徴です。

もう一歩(発展)

出題の型:「限界革命はマーシャルが起こした」(誤り。ジェヴォンズ・メンガー・ワルラス)、「一般均衡理論はマーシャル、部分均衡分析はワルラス」(逆)、「ケインズは供給が需要をつくると考えた」(との入れかえ)、「シュンペーターは有効需要の不足を不況の原因とした」(ケインズとの入れかえ)。


3. ケインズ批判と現代の学派 ── マネタリズムから ニューケインジアンまで

まずここだけ

1970 年代、インフレと失業が同時に進むスタグフレーションが起きて、ケインズ政策への信頼が揺らぎました。ここから「政府の裁量的な政策は役に立たない」とする学派が台頭します。

学派人物主張
マネタリズムフリードマン(シカゴ学派)インフレは「いつでもどこでも貨幣的現象」。裁量的な政策は時間のずれ(ラグ)でかえって不安定にするので、貨幣供給を一定率で増やすk% ルールにすべき。自然失業率仮説(長期のフィリップス曲線は垂直)、恒常所得仮説
合理的期待形成学派(新しい古典派)ルーカス、サージェント人々は利用できる情報を合理的に使って将来を予想するので、予想された政策は効果をもたない(政策無効命題)。過去のデータで政策効果を測ることへのルーカス批判
サプライサイド経済学ラッファーら需要ではなく供給側(労働・貯蓄・投資の意欲)を重視。減税と規制緩和で供給力を高める。ラッファー曲線(税率を下げても税収が増えうる)。1980 年代のレーガノミクスの理論的根拠
オーストリア学派ハイエク『隷属への道』(1944 年)で計画経済と集産主義を批判。市場の秩序は人為ではなく自生的秩序。知識は分散しているので中央の計画は不可能(社会主義計算論争)
ニューケインジアンマンキュー、スティグリッツら合理的期待を受け入れたうえで、価格や賃金の硬直性(メニューコスト・効率賃金)をミクロから説明し、短期には裁量的な政策が有効だとする

ここまでできれば十分

対立の軸は「政府は経済を安定させられるか」です。ケインズ・新古典派総合・ニューケインジアンは「短期には政策が有効」、マネタリスト・合理的期待学派は「有効でない(ルールに任せよ)」と整理できます。ガルブレイス『ゆたかな社会』『新しい産業国家』は、大企業が広告で需要をつくる「依存効果」やテクノストラクチャーを論じた制度学派の系譜で、ここまでの主流派とは別に問われます。

もう一歩(発展)

出題の型:「フリードマンは裁量的な財政政策を重視した」(逆)、「合理的期待形成学派はフリードマンが創始した」(ルーカスとの入れかえ)、「サプライサイド経済学は政府支出の拡大で需要を増やすことを主張した」(ケインズとの入れかえ)、「ハイエクは計画経済を擁護した」(逆)。


4. 戦後日本経済史① ── 戦後改革から高度成長まで(1945〜1973 年)

まずここだけ

出来事内容
1945〜47 年経済民主化(GHQ)財閥解体農地改革(寄生地主制の解体・自作農の創設)・労働三法(労働組合法 1945・労働関係調整法 1946・労働基準法 1947)
1946〜47 年傾斜生産方式限られた資源を石炭・鉄鋼に集中投入して生産を回復させる。復興金融金庫の融資が財源となり、インフレを悪化させた
1949 年ドッジ・ラインGHQ 顧問ドッジによるインフレ収束策。超均衡予算・復興金融金庫の融資停止・1 ドル=360 円の単一為替レート。インフレは収まったが不況に(安定恐慌)
1949 年シャウプ勧告税制の抜本改革。直接税(所得税)中心・累進課税・地方財政の強化(地方税・平衡交付金)
1950〜53 年朝鮮特需朝鮮戦争で米軍の物資調達が急増し、ドッジ不況から脱出
1955 年GATT 加盟。「もはや戦後ではない」(1956 年経済白書)高度成長期(1955〜73 年、実質成長率平均約 10%)の始まり
1960 年国民所得倍増計画(池田勇人内閣)10 年で国民所得を 2 倍にする。実際には約 7 年で達成
1964 年IMF 8 条国への移行・OECD 加盟・東京オリンピック為替制限の撤廃・資本の自由化(開放経済体制へ)。1963 年に GATT 11 条国
1965 年証券不況・戦後初の赤字国債発行(1965 年度補正予算)以後、1966 年度から本格的に国債発行
1968 年GNP が資本主義国で第 2 位(西ドイツを抜く)

景気の名前は順番と長さで問われます。神武景気(1954〜57 年)→ なべ底不況 → 岩戸景気(1958〜61 年)→ オリンピック景気(1962〜64 年)→ 証券不況(1965 年)→ いざなぎ景気(1965〜70 年・57 か月)。

ここまでできれば十分

高度成長の要因として、①民間の設備投資(「投資が投資を呼ぶ」)、②高い貯蓄率と間接金融(銀行融資)、③豊富で質の高い労働力(農村からの人口移動)、④技術導入、⑤1 ドル=360 円の固定相場(円安)による輸出、⑥安価な原油、があげられます。三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)から 3C(カー・クーラー・カラーテレビ)へ消費が広がる一方、公害(四大公害訴訟)や過疎・過密が社会問題になり、1967 年に公害対策基本法、1971 年に環境庁が設けられました。

もう一歩(発展)

出題の型:「傾斜生産方式はの一環として始まった」(誤り。傾斜生産方式 1946〜47 年 → ドッジ・ライン 1949 年で終わる)、「ドッジ・ラインは 1 ドル=308 円の単一為替レートを設定した」(誤り。360 円。308 円は 1971 年のスミソニアン体制)、「シャウプ勧告は間接税中心の税制を提案した」(逆)、「国民所得倍増計画は佐藤栄作内閣」(誤り。池田勇人内閣)。


5. 戦後日本経済史② ── ニクソン・ショックからバブル崩壊まで(1971〜1991 年)

まずここだけ

出来事内容
1971 年ニクソン・ショック(8 月)米国が金とドルの交換を停止。12 月のスミソニアン協定で 1 ドル=308 円に切上げ
1973 年変動相場制へ移行(2 月)・第一次石油危機(10 月)第四次中東戦争で OPEC が原油価格を引き上げ。狂乱物価。1974 年は戦後初のマイナス成長。高度成長が終わる
1979 年第二次石油危機イラン革命が契機。省エネ・減量経営で乗り切り、以後は安定成長(年平均 4% 前後)
1980 年代前半貿易摩擦対米黒字の拡大で自動車・半導体をめぐる日米貿易摩擦。輸出自主規制
1985 年プラザ合意(9 月)G5(米・英・仏・西独・日)がドル高是正で協調介入に合意。1 ドル=240 円前後から 1 年で 150 円台へ急激な円高。1986 年に円高不況
1986〜91 年バブル経済円高対策の金融緩和(1987 年に公定歩合を当時最低の 2.5% へ)と内需拡大策で、株価・地価が実体経済から離れて高騰。日経平均は 1989 年末に 38,915 円
1989 年消費税導入(3%)竹下登内閣
1990〜91 年バブル崩壊日銀の利上げ(公定歩合 6%)と 1990 年の不動産融資の総量規制で株価・地価が下落

ここまでできれば十分

プラザ合意の因果は「ドル高是正 → 円高 → 輸出不振(円高不況)→ 金融緩和・内需拡大 → バブル」の 1 本の線で覚えます。1987 年のルーブル合意はドル安に歯止めをかける協調でした。バブル期には企業の財テク、土地神話、地上げが問題になり、崩壊後は不良債権が金融機関に残って 1990 年代の「失われた 10 年」につながります。

もう一歩(発展)

出題の型:「は円安是正のための合意で、これにより円安が進んだ」(逆)、「第一次石油危機の契機はイラン革命」(第二次との入れかえ)、「バブル経済は日銀の金融引締めによって生じた」(逆。緩和で生じ、引締めで崩壊)、「変動相場制への移行は 1985 年」(誤り。1973 年)。


6. 戦後日本経済史③ ── 失われた時代から金融政策の正常化まで(1991 年〜2026 年)

まずここだけ

出来事内容
1995 年円高(4 月に 1 ドル=79 円台)・阪神・淡路大震災
1997 年消費税 5%(橋本龍太郎内閣)・アジア通貨危機金融危機11 月に北海道拓殖銀行山一證券が破綻。1998 年に日本長期信用銀行・日本債券信用銀行が一時国有化。金融再生法
1999 年ゼロ金利政策(2 月)無担保コールレートを実質 0% に。2000 年 8 月にいったん解除
2001 年量的緩和政策(3 月)操作目標を金利から日銀当座預金残高に変更。2006 年 3 月に解除
2001〜06 年小泉構造改革(小泉純一郎内閣)「聖域なき構造改革」。不良債権処理(2002 年金融再生プログラム)・郵政民営化(2005 年法成立・2007 年実施)・道路公団民営化・三位一体の改革(国庫補助負担金の削減・税源移譲・地方交付税の見直し)・規制緩和
2002〜08 年いざなみ景気(73 か月・当時戦後最長)輸出主導で長いが実感の乏しい回復
2008 年リーマン・ショック世界同時不況。輸出が急減し 2009 年に大幅なマイナス成長
2011 年東日本大震災・10 月に 1 ドル=75 円台の円最高値
2013 年アベノミクス(安倍晋三内閣、2012 年 12 月発足)三本の矢=大胆な金融政策・機動的な財政政策・民間投資を喚起する成長戦略。1 月に政府・日銀が2% の物価安定目標で共同声明。4 月に黒田東彦総裁のもと量的・質的金融緩和(異次元緩和。マネタリーベースを 2 年で 2 倍)
2014 年消費税 8%(4 月)
2016 年マイナス金利政策(1 月決定・2 月導入)・長短金利操作(YCC)(9 月)日銀当座預金の一部に −0.1%。YCC で 10 年物国債金利を 0% 程度に誘導
2019 年消費税 10%(10 月・軽減税率 8%)
2020 年新型コロナウイルス緊急事態宣言・大型の経済対策。実質 GDP は大幅なマイナス成長
2024 年 3 月マイナス金利解除・YCC 終了植田和男総裁(2023 年 4 月就任)。政策金利を 0〜0.1% に。17 年ぶりの利上げ
2024 年 7 月利上げ(0.25%)
2025 年 1 月利上げ(0.5%)
2025 年 12 月利上げ(0.75%)
2026 年 6 月利上げ(1.0%)
2026 年 9 月利上げ(1.25%2026 年 9 月時点の政策金利。最新は日本銀行の公表資料で確認

ここまでできれば十分

日本銀行の政策の流れは「金利 → 量 → 質と量 → マイナス → 長短金利 → 正常化」の 1 本で覚えます。

  1. ゼロ金利(1999 年):短期金利を 0 に
  2. 量的緩和(2001 年):金利が 0 で下げられないので、日銀当座預金の「量」を目標に
  3. 量的・質的金融緩和(2013 年):国債の買入れを大きく増やし(量)、ETF など買う資産の種類も広げる(質)
  4. マイナス金利(2016 年 1 月決定):当座預金の一部に −0.1%
  5. 長短金利操作(YCC)(2016 年 9 月):短期に加えて長期金利(10 年物国債)も誘導
  6. 正常化(2024 年 3 月〜):マイナス金利と YCC を終了し、短期金利の操作を主な手段に戻して段階的に利上げ

消費税率は「1989 年 3% → 1997 年 5% → 2014 年 8% → 2019 年 10%(軽減税率 8%)」です。景気の名前は、いざなみ景気(2002〜08 年・73 か月)のあと、2012 年 12 月から 2018 年 10 月までの拡張(71 か月)が内閣府の景気基準日付で確定しています。

もう一歩(発展)

出題の型:「量的緩和政策は 1999 年に導入された」(ゼロ金利との入れかえ)、「マイナス金利政策は 2024 年 3 月に導入された」(解除との入れかえ)、「小泉内閣は郵政の国営化を進めた」(逆)、「三位一体の改革とは金融・財政・成長戦略の 3 つを指す」(アベノミクスの三本の矢との入れかえ)、「アベノミクスの物価目標は 1%」(誤り。2%)。


7. よくある間違い

間違い正しくは
重商主義は農業だけが富を生むとしたそれは重農主義(ケネー)。重商主義は金銀と貿易差額
リカードは『人口論』、マルサスは比較生産費説逆。リカード = 比較生産費説・穀物法反対マルサス = 人口論・穀物法賛成
限界革命はマーシャルが起こしたジェヴォンズ・メンガー・ワルラス(1870 年代)。マーシャルはその後の総合
一般均衡はマーシャル、部分均衡はワルラス逆。ワルラス = 一般均衡マーシャル = 部分均衡
ケインズは供給が需要をつくると考えたそれはセーの法則(古典派)。ケインズは有効需要
新古典派総合はケインズを否定したサムエルソンがケインズと新古典派を統合したもの
フリードマンは裁量的な財政政策を重視裁量を批判しk% ルール。マネタリズム
合理的期待形成はフリードマンルーカス。フリードマンは適応的期待にもとづく自然失業率仮説
イノベーションはケインズシュンペーター
傾斜生産方式はドッジ・ラインで始まった傾斜生産方式(1946〜47 年)でインフレ → ドッジ・ライン(1949 年)で収束
ドッジ・ラインは 1 ドル=308 円360 円。308 円はスミソニアン協定(1971 年)
シャウプ勧告は間接税中心直接税(所得税)中心
所得倍増計画は佐藤内閣池田勇人内閣(1960 年)
第一次石油危機はイラン革命第一次(1973 年)=第四次中東戦争。第二次(1979 年)=イラン革命
プラザ合意で円安が進んだドル高是正 → 円高。円高不況 → 金融緩和 → バブル
バブルは金融引締めで生じた緩和で生じ、引締めと総量規制で崩壊
量的緩和は 1999 年、ゼロ金利は 2001 年逆。ゼロ金利 1999 年 → 量的緩和 2001 年
マイナス金利は 2024 年 3 月に導入2016 年に導入、2024 年 3 月に解除
アベノミクスの三本の矢は「不良債権処理・郵政民営化・規制緩和」それは小泉構造改革。三本の矢は金融・財政・成長戦略

8. 覚え方の型

  1. 学説は「何が富を生むか」で並べる:金銀(重商)→ 農業(重農)→ 労働(古典派・マルクス)→ 限界効用(新古典派)
  2. 20 世紀は「政府は有効か」で二分:有効(ケインズ・新古典派総合・ニューケインジアン)/無効(マネタリズム・合理的期待・サプライサイド・ハイエク)
  3. 人名は「著作の年」より「キーワード 1 語」で貼る:スミス=見えざる手、リカード=比較生産費、マルサス=人口、ケネー=経済表、ワルラス=一般均衡、マーシャル=部分均衡、ケインズ=有効需要、シュンペーター=イノベーション、フリードマン=k%、ルーカス=合理的期待、ハイエク=自生的秩序
  4. 日本経済史は「危機 → 政策 → 副作用」の連鎖で覚える:インフレ → ドッジ → 不況 → 特需/円高 → 緩和 → バブル → 引締め → 崩壊 → 不良債権 → ゼロ金利・量的緩和
  5. 年は「49・60・71・73・85・89・97・99・01・08・13・16・24」の 13 個を軸に、前後の出来事を貼る
  6. 日銀は「金利 → 量 → 質と量 → マイナス → 長短 → 正常化」、消費税は「3・5・8・10
  7. 選択肢は「人名」「年」「因果の向き」のどれが入れかえられているかを先に探す

9. 小テストへ

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参考資料

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