日本の外交と国際経済(戦後日本外交・ODA・南北問題・グローバル化) ── 問題
基礎
- 戦後の日本外交について、日ソ共同宣言の説明として妥当なものはどれですか。 (ア 2002 年に小泉純一郎内閣が北朝鮮との間で署名したもので、北朝鮮が拉致を認めて謝罪し、国交正常化交渉の再開がうたわれた イ 1951 年に吉田茂内閣が 48 か国と調印し、翌年の発効により日本は独立を回復したが、ソ連は調印せず、中華人民共和国と中華民国は会議に招かれなかった ウ 1978 年に福田赳夫内閣が中華人民共和国との共同声明を条約化したもので、覇権を求めないという覇権条項が盛り込まれた エ 1956 年に鳩山一郎内閣がソ連との戦争状態を終結させて国交を回復したもので、平和条約の締結後に歯舞・色丹を引き渡すことが明記されたが、平和条約は結ばれていない undefined 1956 年に鳩山一郎内閣がソ連との戦争状態を終結させて国交を回復したもので、あわせて平和条約が締結され、択捉・国後を含む 4 島の返還が約束されて北方領土問題は解決した)
- タイの通貨バーツの暴落から始まったアジア通貨危機が起きたのは何年ですか。 (ア 1997 年 イ 2008 年 ウ 1991 年 エ 2001 年 undefined 1985 年)
- サンフランシスコ平和条約に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 条約と同じ日に日米安全保障条約が結ばれ、米国の日本防衛義務が明記されるとともに、沖縄と小笠原の施政権が日本に返還された イ 1951 年に吉田茂内閣が調印し 1952 年に発効して日本は独立を回復したが、ソ連は調印せず、中華人民共和国と中華民国は会議に招かれなかったため、国内ではソ連や中国を含めた全面講和を求める意見と対立した ウ 1951 年に吉田茂内閣が調印し 1952 年に発効して日本は独立を回復したもので、ソ連や中華人民共和国を含むすべての交戦国と講和する全面講和が実現し、同時に国連への加盟も認められ、沖縄と小笠原の施政権も日本に戻った エ 1951 年に鳩山一郎内閣が調印したもので、これにより日本とソ連の戦争状態が終結し、平和条約締結後に歯舞・色丹を引き渡すことが明記された undefined 条約で日本は朝鮮の独立を承認し、台湾・千島列島・南樺太などを放棄したうえで、それらの地域がそれぞれ中華人民共和国とソ連に帰属することを明記した)
- 日朝関係と拉致問題に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 日本政府は拉致問題を国交正常化とは切り離し、核・ミサイル問題の解決のみを国交正常化の条件としている イ 日朝平壌宣言は 1965 年の日韓基本条約と同時に結ばれたもので、北朝鮮を朝鮮にある唯一の合法的な政府と確認した ウ 日朝平壌宣言は田中角栄首相と金日成主席が署名したもので、北朝鮮は拉致の事実を否定した エ 2002 年の日朝平壌宣言で北朝鮮は日本人の拉致を認めて謝罪し、同年に 5 人の被害者が帰国したが、残る被害者の帰国は実現しておらず、日本と北朝鮮の国交は正常化していない undefined 2002 年の日朝平壌宣言で北朝鮮は日本人の拉致を認めて謝罪し、同年に 5 人の被害者が帰国したことを受けて、日本と北朝鮮は国交を正常化し大使館を相互に設置して、残る被害者も全員帰国した)
- MDGs と SDGs に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア MDGs は 2000 年の国連ミレニアム宣言をもとに策定された 8 つの目標で主に途上国を対象とし 2015 年を期限としたのに対し、SDGs は 2015 年の国連サミットで採択された 17 の目標で先進国を含むすべての国を対象とし 2030 年を期限とする イ MDGs は 2000 年の国連ミレニアム宣言をもとに策定された 17 の目標で先進国を含むすべての国を対象とし 2015 年を期限としたのに対し、SDGs は 2015 年の国連サミットで採択された 8 つの目標で主に途上国を対象とし 2030 年を期限とする ウ SDGs は 2015 年に OECD の DAC で採択されたもので、加盟国の ODA の使途を 17 の分野に限定する拘束力のある取り決めである エ SDGs は MDGs と同じく途上国の貧困・教育・保健のみを対象としており、先進国の国内の課題は含まれていない undefined MDGs は 1970 年の国連総会で採択されたもので、先進国の ODA を GNI 比 0.7% とすることを 8 つの目標の 1 つとした)
標準
- 南北問題について、資源ナショナリズムの説明として妥当なものはどれですか。 (ア 先進国が途上国からの輸入品に対して通常より低い関税を適用し、途上国の輸出を助ける制度で、UNCTAD の要求を受けて 1971 年から実施された イ 途上国の中でも新興工業経済地域や産油国が成長する一方で後発開発途上国が取り残されたことによる、途上国どうしの経済格差の問題である ウ 途上国が自国の天然資源に対する主権を主張し、国際石油資本などから価格決定権や開発の権利を取り戻そうとした動きで、1960 年の OPEC 結成や 1962 年の国連総会の「天然資源に対する恒久主権」決議に表れた エ 1964 年に設立された途上国の貿易と開発を扱う国連の機関で、プレビッシュ報告は「援助よりも貿易を」と唱えた undefined 途上国が自国の天然資源に対する主権を主張し、国際石油資本などから価格決定権や開発の権利を取り戻そうとした動きで、1982 年のメキシコの債務返済繰延べ要請や 1997 年のアジア通貨危機、2008 年のリーマンショックに表れた)
- 開発協力について、SDGs(持続可能な開発目標)の説明として妥当なものはどれですか。 (ア 2000 年の国連ミレニアム宣言をもとに策定された 8 つの目標で、主に途上国の貧困・教育・保健を対象とし、2015 年を達成期限とした イ 2015 年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」に掲げられた 17 の目標と 169 のターゲットで、先進国を含むすべての国を対象とし、「誰一人取り残さない」を理念に 2030 年を達成期限とする ウ 2015 年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」に掲げられた 17 の目標と 169 のターゲットで、MDGs と同じく途上国のみを対象とし、「誰一人取り残さない」を理念に 2030 年を達成期限とする エ 1970 年の国連総会で採択された目標で、先進国が ODA を GNI 比 0.7% まで増やすことを求めたもので、日本は 2024 年にこれを達成した undefined 2015 年に策定された日本の開発協力の基本方針で、「国益の確保に貢献」を明記し、非軍事目的であれば他国の軍への支援も個別に判断できるとした)
- 竹島問題に関する日本政府の立場の説明として妥当なものはどれですか。 (ア 1905 年に島根県に編入した日本固有の領土であり、1952 年の李承晩ライン以降、韓国が不法に占拠しているとする立場で、日本と韓国は 2012 年に国際司法裁判所への共同付託に合意し、2026 年 9 月時点でも裁判が続いている イ 1895 年に編入した日本固有の領土であるが、1971 年以降に中国と台湾が領有権を主張しているため、日本は国際司法裁判所への付託を中国に提案している ウ 1895 年に編入した日本固有の領土であり、日本が有効に支配しているため、解決すべき領有権の問題はそもそも存在しないとする立場で、2012 年に政府が 3 島を国有化した エ 1905 年に島根県に編入した日本固有の領土であり、1952 年の李承晩ライン以降、韓国が不法に占拠しているとする立場で、日本は 1954 年・1962 年・2012 年に国際司法裁判所への付託を提案したが韓国が応じていない undefined 択捉・国後・色丹・歯舞の 4 島は日本固有の領土であり、1945 年以来ロシア(ソ連)が不法に占拠しているとする立場で、1956 年の日ソ共同宣言には平和条約締結後の歯舞・色丹の引渡しが明記されている)
- 日ソ共同宣言と日本の国連加盟に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 1956 年に鳩山一郎内閣がソ連との戦争状態を終結させて国交を回復し、平和条約締結後に歯舞・色丹を引き渡すと明記したが平和条約は結ばれず、ソ連が支持に回ったことで同年 12 月に日本の国連加盟が実現した イ 日ソ共同宣言は吉田茂内閣のもとで署名され、これにより日本はソ連と平和条約を結んで北方領土問題を解決した ウ 1956 年の日ソ共同宣言では領土問題にまったく触れられず、北方領土の帰属は 1993 年の東京宣言で初めて交渉の対象とされた エ 日本は 1952 年のサンフランシスコ平和条約の発効と同時に国連に加盟し、その後 1956 年にソ連と国交を回復した undefined 1956 年に鳩山一郎内閣がソ連との戦争状態を終結させて国交を回復し、あわせて平和条約を結んで歯舞・色丹の返還を受けたことで、同年 12 月に日本の国連加盟が実現し、北方領土問題は解決した)
- 日中関係の正常化に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 1972 年に福田赳夫内閣が日中共同声明で中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と承認して国交を正常化し、1978 年に田中角栄内閣が日中平和友好条約を結んで台湾の中華民国とは断交した イ 1972 年に田中角栄内閣が日中共同声明で中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と承認して国交を正常化し、台湾の中華民国とは断交したのち、1978 年に福田赳夫内閣が日中平和友好条約を結んだ ウ 日中平和友好条約では中国が日本に対する戦争賠償を請求することが確認され、日本は経済協力の形で賠償を行った エ 日中共同声明により日本は中華人民共和国と国交を結んだが、台湾の中華民国との日華平和条約はその後も維持され、二重承認の状態が続いている undefined 日中共同声明は 1971 年の米中接近より前に発表されたもので、日本は米国に先立って中華人民共和国を承認した)
- 日韓基本条約と沖縄返還に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 沖縄返還は米軍基地をすべて撤去する条件で行われ、返還後の沖縄には米軍基地は置かれていない イ 日韓基本条約では 1910 年の韓国併合条約が当初から有効であったことが確認され、韓国はこれを受け入れて請求権を放棄した ウ 1965 年の日韓基本条約は佐藤栄作内閣のもとで結ばれ、韓国と北朝鮮の双方と同時に国交を正常化し、1972 年には田中角栄内閣のもとで沖縄の施政権が日本に返還され、米軍基地はすべて撤去された エ 沖縄は 1951 年のサンフランシスコ平和条約の発効と同時に日本に返還され、小笠原諸島は 1972 年に返還された undefined 1965 年の日韓基本条約は佐藤栄作内閣のもとで結ばれ、韓国政府を朝鮮にある唯一の合法的な政府と確認して国交を正常化し、1972 年には同じ佐藤内閣のもとで沖縄の施政権が日本に返還された)
- 南北問題の展開に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 途上国の多くは工業製品の輸出に依存するモノカルチャー経済であったため、一次産品を輸出する先進国との交易条件が悪化した イ OPEC は 1974 年の NIEO 樹立宣言を受けて結成された機構で、先進国の国際石油資本が石油価格の決定権を維持するために設けた ウ 1964 年に設立された UNCTAD の第 1 回総会でプレビッシュ報告が「貿易よりも援助を」と唱え、1974 年の国連資源特別総会では先進国の ODA を GNI 比 0.7% とする目標が初めて採択され、1982 年にはタイの通貨バーツの暴落をきっかけに累積債務問題が表面化した エ 南北問題とは途上国の中で新興工業経済地域と後発開発途上国の間に生じた格差をいい、南南問題とは先進国と途上国の間の格差をいう undefined 1964 年に設立された UNCTAD の第 1 回総会でプレビッシュ報告が「援助よりも貿易を」と唱え、1974 年の国連資源特別総会では天然資源に対する恒久主権などを求める新国際経済秩序(NIEO)樹立宣言が採択され、1982 年にはメキシコの債務返済繰延べ要請から累積債務問題が表面化した)
- 日本の ODA の実績に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 日本の ODA は返済不要の贈与のみで構成されており、低金利・長期の貸付けである円借款は ODA には含まれない イ 日本は 1991 年から 2000 年まで 10 年連続で世界最大の ODA 供与国であり、2024 年の実績(暫定値)も約 168 億ドルで DAC 加盟国中第 1 位を維持し、GNI 比も 0.7% の国連目標を DAC 加盟国で唯一達成している ウ 日本の ODA は国連機関や世界銀行への出資・拠出である多国間援助が大部分を占め、相手国に直接行う二国間援助はほとんどない エ 国連総会は 1970 年に先進国の ODA を GNI 比 0.7% とする目標を採択し、2024 年時点で DAC 加盟国のすべてがこの目標を達成している undefined 日本は 1991 年から 2000 年まで 10 年連続で世界最大の ODA 供与国であったが、2024 年の実績(暫定値)は約 168 億ドルで DAC 加盟国中第 4 位、GNI 比は 0.39% で国連の 0.7% 目標には達していない)
- アジア通貨危機とリーマンショックに関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア アジア通貨危機の教訓から 2000 年に ASEAN+3 が合意したチェンマイ・イニシアティブは、域内の通貨を統合して共通通貨を導入する取り決めである イ 1997 年のアジア通貨危機はタイの通貨バーツの暴落から始まって韓国やインドネシアに波及し IMF が緊縮政策を条件に支援したのに対し、2008 年のリーマンショックは米国のサブプライムローン問題から投資銀行が破綻して世界同時不況となり、初の G20 首脳会議が開かれた ウ アジア通貨危機で IMF は支援の条件をいっさい付けずに融資を行ったため、各国は緊縮政策をとる必要がなかった エ 1997 年のアジア通貨危機は米国のサブプライムローン問題から始まって韓国やインドネシアに波及したのに対し、2008 年のリーマンショックはタイの通貨バーツの暴落から投資銀行が破綻して世界同時不況となり、IMF が緊縮政策を条件に各国を支援した undefined リーマンショック後の国際協調は G7 サミットのみで協議され、中国やインドなどの新興国は対応の枠組みに加わらなかった)
発展
- 日本の領土をめぐる問題に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 1993 年の東京宣言では、日本がロシアに対して歯舞・色丹の 2 島の返還のみを求め、択捉・国後の帰属は問わないことが確認された イ 日本政府は竹島問題について国際司法裁判所への付託を韓国に提案したことはなく、二国間交渉による解決のみを求めている ウ 北方領土と竹島はそれぞれロシアと韓国が実効支配しているのに対し、尖閣諸島は日本が有効に支配しており、日本政府は尖閣諸島について解決すべき領有権の問題はそもそも存在しないという立場をとっている エ 北方領土と竹島はそれぞれロシアと韓国が実効支配しているのに対し、尖閣諸島は日本が有効に支配しており、日本政府は尖閣諸島について中国との領有権問題の存在を認めたうえで国際司法裁判所への付託を提案している undefined 1855 年の日魯通好条約では樺太と千島列島の全体が日本領とされ、1875 年の樺太・千島交換条約で択捉・国後がロシア領とされた)
- 日本の開発協力の基本方針に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 1992 年の ODA 大綱は環境と開発の両立や軍事的用途への使用回避などの原則を定め、2015 年の開発協力大綱は「国益の確保に貢献」を明記して非軍事目的であれば他国の軍への支援も個別に判断できるとし、2023 年の改定では日本側が提案するオファー型協力が打ち出された イ 2003 年の ODA 大綱改定では「人間の安全保障」の考え方が削除され、2015 年の開発協力大綱で初めて明記された ウ 日本の ODA は資金の使い道を日本企業からの調達に限るタイド援助の比率が高いことが特徴で、アンタイド化は進んでいない エ 1992 年の ODA 大綱は環境と開発の両立や軍事的用途への使用回避などの原則を定め、2015 年の開発協力大綱は「国益の確保に貢献」を明記したうえで、目的を問わず他国の軍への支援を全面的に禁止し、2023 年の改定では同志国の軍への支援を ODA の一部として計上することとした undefined 2023 年に新設された OSA(政府安全保障能力強化支援)は開発協力大綱にもとづく ODA の一部であり、同志国の軍への支援を ODA として計上している)
- グローバル化のもとでの日本の経済外交と経済安全保障に関する記述として妥当なものはどれですか。 (ア 日本は 2018 年発効の CPTPP(TPP11)、2019 年発効の日 EU 経済連携協定、2022 年発効の RCEP に参加する一方、2022 年に経済安全保障推進法を制定して重要物資の安定供給・基幹インフラの事前審査・先端技術の官民協力・特許の非公開の 4 つを柱とする制度を設けた イ 多国籍企業による直接投資とは短期の利ざやを目的に株式や債券を売買することをいい、経営を目的として工場を建設したり企業を買収したりする投資は証券投資と呼ばれる ウ 日本は 2018 年発効の CPTPP(TPP11)、2019 年発効の日 EU 経済連携協定、2022 年発効の RCEP に参加する一方、2015 年に経済安全保障推進法を制定して重要物資の安定供給・基幹インフラの事前審査・セキュリティ・クリアランス・特許の非公開の 4 つを柱とする制度を設けた エ RCEP は日本・中国・韓国・ASEAN・オーストラリア・ニュージーランドに加えて米国とインドも参加する協定で、2022 年に発効した undefined 重要な経済安全保障情報を扱う人の適性を評価するセキュリティ・クリアランス制度は、2022 年の経済安全保障推進法の 4 つの柱の 1 つとして導入された)
- 1950 年代の日本外交をめぐる記述として妥当なものはどれですか。 (ア 講和をめぐって、西側諸国だけと講和する単独講和(多数講和)かソ連や中国を含めた全面講和かが争われて吉田内閣は単独講和を選び、独立後の 1957 年の外交青書は国連中心主義・自由主義諸国との協調・アジアの一員としての立場の堅持を外交三原則とした イ 講和をめぐって、西側諸国だけと講和する単独講和(多数講和)かソ連や中国を含めた全面講和かが争われて吉田内閣は全面講和を選び、独立後の 1957 年の外交青書は国連中心主義・非同盟中立・アジアの一員としての立場の堅持を外交三原則として掲げた ウ サンフランシスコ平和条約により日本は千島列島を放棄したが、日本政府は択捉・国後を含む千島列島全体の返還をロシアに求めている エ 1952 年に台湾の中華民国と結ばれた日華平和条約は、1978 年の日中平和友好条約の締結まで有効であった undefined 日本は 1952 年の独立回復と同時に国連に加盟し、1956 年にはソ連との間で平和条約を結んで北方領土問題を解決した)
日本の外交と国際経済(戦後日本外交・ODA・南北問題・グローバル化) ── 解答
基礎
- エ 1956 年に鳩山一郎内閣がソ連との戦争状態を終結させて国交を回復したもので、平和条約の締結後に歯舞・色丹を引き渡すことが明記されたが、平和条約は結ばれていない 1956 年に鳩山一郎内閣がソ連との戦争状態を終結させて国交を回復したもので、平和条約の締結後に歯舞・色丹を引き渡すことが明記されたが、平和条約は結ばれていない。51 サンフランシスコ(吉田)→ 56 日ソ共同宣言(鳩山)→ 65 日韓基本条約(佐藤)→ 72 沖縄返還・日中共同声明(田中)→ 78 日中平和友好条約(福田)→ 02 日朝平壌宣言(小泉)。
- ア 1997 年 タイの通貨バーツの暴落から始まったアジア通貨危機が起きたのは何年ですか。── 1997 年。外交は 51・56・65・72・78・02、南北問題は 64 UNCTAD・74 NIEO・82 累積債務、危機は 97 アジア・08 リーマン、SDGs 2015・経済安保推進法 2022。
- イ 1951 年に吉田茂内閣が調印し 1952 年に発効して日本は独立を回復したが、ソ連は調印せず、中華人民共和国と中華民国は会議に招かれなかったため、国内ではソ連や中国を含めた全面講和を求める意見と対立した 単独講和(多数講和)を選択。ソ連不調印・中国不招請。放棄した地域の帰属先は書かれていない。国連加盟は 1956 年。旧安保条約に防衛義務の明記はなく、沖縄・小笠原は米国の施政権下に残った。
- エ 2002 年の日朝平壌宣言で北朝鮮は日本人の拉致を認めて謝罪し、同年に 5 人の被害者が帰国したが、残る被害者の帰国は実現しておらず、日本と北朝鮮の国交は正常化していない 日朝平壌宣言(2002 年・小泉純一郎・金正日)。拉致を認め 5 人帰国。国交は未正常化。日本は拉致・核・ミサイルの包括的解決を国交正常化の前提とする。
- ア MDGs は 2000 年の国連ミレニアム宣言をもとに策定された 8 つの目標で主に途上国を対象とし 2015 年を期限としたのに対し、SDGs は 2015 年の国連サミットで採択された 17 の目標で先進国を含むすべての国を対象とし 2030 年を期限とする MDGs =2000 年・8 目標・途上国中心・2015 年期限。SDGs =2015 年国連サミット・17 目標 169 ターゲット・すべての国・「誰一人取り残さない」・2030 年期限。法的拘束力はない。
標準
- ウ 途上国が自国の天然資源に対する主権を主張し、国際石油資本などから価格決定権や開発の権利を取り戻そうとした動きで、1960 年の OPEC 結成や 1962 年の国連総会の「天然資源に対する恒久主権」決議に表れた 途上国が自国の天然資源に対する主権を主張し、国際石油資本などから価格決定権や開発の権利を取り戻そうとした動きで、1960 年の OPEC 結成や 1962 年の国連総会の「天然資源に対する恒久主権」決議に表れた。UNCTAD(1964 年・援助より貿易・GSP)/NIEO(1974 年・資源の恒久主権)/累積債務(1982 年・メキシコ)/南南問題(途上国どうし)/GSP(1971 年〜)/資源ナショナリズム(OPEC 1960 年)。
- イ 2015 年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」に掲げられた 17 の目標と 169 のターゲットで、先進国を含むすべての国を対象とし、「誰一人取り残さない」を理念に 2030 年を達成期限とする 2015 年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」に掲げられた 17 の目標と 169 のターゲットで、先進国を含むすべての国を対象とし、「誰一人取り残さない」を理念に 2030 年を達成期限とする。ODA =政府・開発目的・緩やかな条件(DAC が定義)。円借款=有償・インフラ・日本の特徴。DAC = OECD・1961 年。開発協力大綱=2015 年(2023 年改定)・非軍事なら軍支援も個別判断。MDGs =途上国・8・2015 年。SDGs =すべての国・17・2030 年。
- エ 1905 年に島根県に編入した日本固有の領土であり、1952 年の李承晩ライン以降、韓国が不法に占拠しているとする立場で、日本は 1954 年・1962 年・2012 年に国際司法裁判所への付託を提案したが韓国が応じていない 1905 年に島根県に編入した日本固有の領土であり、1952 年の李承晩ライン以降、韓国が不法に占拠しているとする立場で、日本は 1954 年・1962 年・2012 年に国際司法裁判所への付託を提案したが韓国が応じていない。北方領土=4 島・日ソ共同宣言は 2 島引渡し/竹島=ICJ 提案・韓国拒否/尖閣=領有権問題は存在しない・日本が実効支配。アジア通貨危機 1997(タイ・IMF・チェンマイ)/リーマン 2008(サブプライム・G20)/経済安保推進法 2022(4 本柱)。
- ア 1956 年に鳩山一郎内閣がソ連との戦争状態を終結させて国交を回復し、平和条約締結後に歯舞・色丹を引き渡すと明記したが平和条約は結ばれず、ソ連が支持に回ったことで同年 12 月に日本の国連加盟が実現した 日ソ共同宣言(1956 年・鳩山)=国交回復・2 島引渡しは平和条約後・平和条約は未締結。国連加盟は宣言後の 1956 年 12 月(ソ連の拒否権が外れたため)。1952 年からの加盟申請はソ連の拒否権で実現していなかった。
- イ 1972 年に田中角栄内閣が日中共同声明で中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と承認して国交を正常化し、台湾の中華民国とは断交したのち、1978 年に福田赳夫内閣が日中平和友好条約を結んだ 1972 年 田中・共同声明(国交正常化・台湾と断交・日華平和条約終了・中国は賠償請求を放棄)→ 1978 年 福田・平和友好条約(覇権条項)。米中接近(1971 年)を受けたもの。
- undefined 1965 年の日韓基本条約は佐藤栄作内閣のもとで結ばれ、韓国政府を朝鮮にある唯一の合法的な政府と確認して国交を正常化し、1972 年には同じ佐藤内閣のもとで沖縄の施政権が日本に返還された 日韓基本条約(1965 年・佐藤・唯一の合法政府・併合条約は「もはや無効」)。沖縄返還は 1972 年 5 月(佐藤・「核抜き・本土並み」・基地は残った)。小笠原は 1968 年。北朝鮮とは国交なし。
- undefined 1964 年に設立された UNCTAD の第 1 回総会でプレビッシュ報告が「援助よりも貿易を」と唱え、1974 年の国連資源特別総会では天然資源に対する恒久主権などを求める新国際経済秩序(NIEO)樹立宣言が採択され、1982 年にはメキシコの債務返済繰延べ要請から累積債務問題が表面化した UNCTAD(1964 年・援助より貿易)→ NIEO(1974 年・資源の恒久主権)→ 累積債務(1982 年・メキシコ)。南北=先進国と途上国、南南=途上国どうし。途上国は一次産品輸出のモノカルチャー。OPEC は 1960 年に産油国が結成。
- undefined 日本は 1991 年から 2000 年まで 10 年連続で世界最大の ODA 供与国であったが、2024 年の実績(暫定値)は約 168 億ドルで DAC 加盟国中第 4 位、GNI 比は 0.39% で国連の 0.7% 目標には達していない 日本=1989 年に初の第 1 位、1991〜2000 年連続第 1 位。2024 年=約 168 億ドル・第 4 位(米・独・英に次ぐ)・GNI 比 0.39%(外務省・OECD 暫定値)。円借款も ODA。0.7% 達成国は少数(2024 年はデンマーク・ルクセンブルク・ノルウェー・スウェーデン)。
- イ 1997 年のアジア通貨危機はタイの通貨バーツの暴落から始まって韓国やインドネシアに波及し IMF が緊縮政策を条件に支援したのに対し、2008 年のリーマンショックは米国のサブプライムローン問題から投資銀行が破綻して世界同時不況となり、初の G20 首脳会議が開かれた アジア通貨危機(1997 年・タイ・ヘッジファンド・IMF の緊縮条件・チェンマイ・イニシアティブは外貨の融通)。リーマンショック(2008 年・サブプライム・世界同時不況・G20 首脳会議は新興国を含む)。
発展
- ウ 北方領土と竹島はそれぞれロシアと韓国が実効支配しているのに対し、尖閣諸島は日本が有効に支配しており、日本政府は尖閣諸島について解決すべき領有権の問題はそもそも存在しないという立場をとっている 実効支配:北方領土=ロシア・竹島=韓国・尖閣=日本。ICJ 付託提案は竹島(1954・1962・2012 年)。日魯通好条約(1855 年)=択捉・得撫間が国境。樺太・千島交換条約(1875 年)=樺太はロシア・千島は日本。東京宣言(1993 年)=4 島の帰属問題を解決して平和条約。
- ア 1992 年の ODA 大綱は環境と開発の両立や軍事的用途への使用回避などの原則を定め、2015 年の開発協力大綱は「国益の確保に貢献」を明記して非軍事目的であれば他国の軍への支援も個別に判断できるとし、2023 年の改定では日本側が提案するオファー型協力が打ち出された ODA 大綱(1992 年・4 原則。2003 年改定で「人間の安全保障」明記)→ 開発協力大綱(2015 年・国益・非軍事なら軍支援も個別判断)→ 2023 年改定(オファー型協力)。OSA は ODA とは別枠。日本はアンタイド比率が高い。
- ア 日本は 2018 年発効の CPTPP(TPP11)、2019 年発効の日 EU 経済連携協定、2022 年発効の RCEP に参加する一方、2022 年に経済安全保障推進法を制定して重要物資の安定供給・基幹インフラの事前審査・先端技術の官民協力・特許の非公開の 4 つを柱とする制度を設けた CPTPP 2018 年・日 EU 2019 年・RCEP 2022 年(15 か国。米・印は不参加)。経済安全保障推進法 2022 年(4 本柱)。セキュリティ・クリアランスは 2024 年成立の重要経済安保情報保護法(2025 年施行)。直接投資=経営目的、証券投資=利ざや目的。
- ア 講和をめぐって、西側諸国だけと講和する単独講和(多数講和)かソ連や中国を含めた全面講和かが争われて吉田内閣は単独講和を選び、独立後の 1957 年の外交青書は国連中心主義・自由主義諸国との協調・アジアの一員としての立場の堅持を外交三原則とした 単独講和(吉田)。外交三原則(1957 年)=国連中心・自由主義諸国との協調・アジアの一員。国連加盟は 1956 年、日ソ平和条約は未締結。日華平和条約は 1972 年の日中共同声明で終了。政府は 4 島は放棄した千島列島に含まれないとの立場。
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koumuin/seiji/zi-05/test/ / 問題は毎回の表示で数が変わります。印刷したものはその一例です。
📄 紙で解くなら プリント(レベルと問題数を選べます)。このページをそのまま印刷しても各レベル 10 問と解答が出ます。