中1 社会 / 歴史 / h-03
平安時代
この単元でできるようになること
- 桓武天皇の政治(平安京 794・坂上田村麻呂の東北遠征・国司の監督)と、最澄(天台宗・延暦寺)・空海(真言宗・金剛峯寺)の新しい仏教が言える
- 藤原氏の(摂政・関白・藤原道長・頼通・娘を天皇のきさきに)と、荘園の広がり(不輸・不入の権・寄進)を説明できる
- 国風文化(仮名文字・源氏物語・枕草子・古今和歌集・寝殿造・大和絵・浄土信仰・平等院鳳凰堂)を、遣唐使の停止(894)と結びつけて説明できる
- 院政(白河上皇 1086)、武士のおこり(平将門・藤原純友の乱・源氏と平氏・前九年後三年・保元平治の乱)、平清盛の政治(太政大臣・日宋貿易・大輪田泊)がわかる
入試での位置づけ
摂関政治のしくみ(なぜ藤原氏が権力をにぎれたか=娘を天皇のきさきにして外戚に)、国風文化が生まれた背景(遣唐使の停止・唐の衰え)、院政と武士の台頭の流れが定番。文化財は平等院鳳凰堂(浄土信仰・藤原頼通)と源氏物語(紫式部)・枕草子(清少納言)の作者の区別。
1. 平安京と新しい仏教
まずここだけ
- 794 年 桓武天皇が平安京(京都)へ遷都 → 平安時代(〜1185 ごろ・約 400 年)。理由:奈良の仏教勢力・貴族の争いから離れて政治を立て直す。
- 坂上田村麻呂を征夷大将軍として東北の蝦夷を征討(阿弖流為が抵抗)。胆沢城。
- 国司の不正を取り締まる、班田の期間を延ばす、雑徭を減らす。しかし律令のしくみは次第にくずれる。
| 僧 | 宗派 | 寺 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 最澄 | 天台宗 | 比叡山 延暦寺(滋賀・京都) | 法華経。のちに多くの僧を育てる |
| 空海 | 真言宗 | 高野山 金剛峯寺(和歌山)・京都の東寺 | 密教(加持祈祷)。「弘法大師」 |
どちらも唐に留学し、山奥で修行する仏教。貴族に広まる。
2. 摂関政治と荘園
まずここだけ
藤原氏(中臣鎌足の子孫)が娘を天皇のきさきにし、生まれた子を天皇に立て、その外戚(母方の親戚)として権力をにぎる。他の貴族を排斥(菅原道真を大宰府へ・901)。
- 摂政:天皇が幼いときに代わって政治。関白:天皇が成人したあとに補佐。
- 摂関政治:藤原氏が摂政・関白を独占。11 世紀前半・藤原道長(「この世をば わが世とぞ思う…」・娘 4 人を天皇のきさきに)と子の藤原頼通(平等院鳳凰堂)が全盛期。
- 荘園の拡大:貴族や寺社の私有地に不輸の権(税を納めなくてよい)・不入の権(国司の役人を入れない)→ 地方の有力者が荘園を藤原氏などに寄進して保護を求める → 藤原氏の経済力。
- 地方政治:国司に任せきり(受領)→ 不正・農民の訴え(尾張国郡司百姓等解文)。

3. 国風文化
まずここだけ
- 894 年 遣唐使の停止(菅原道真の提案・唐の衰え・907 年唐滅亡)→ 中国文化を消化し、日本の風土・生活に合った文化が貴族の間で発達。
- 仮名文字(かたかなは漢字の一部、ひらがなは漢字をくずす)→ 感情を表しやすく、女性の文学が花開く。
| 分野 | 作品・人物 |
|---|---|
| 物語 | 『源氏物語』紫式部(長編・光源氏)、『竹取物語』 |
| 随筆 | 『枕草子』清少納言 |
| 和歌 | 『古今和歌集』(905・紀貫之・最初の勅撰和歌集) |
| 日記 | 『土佐日記』(紀貫之)、『蜻蛉日記』 |
| 建築 | 寝殿造(貴族の住居・白木・庭と池) |
| 絵画 | 大和絵(日本の風景・人物)、絵巻物(源氏物語絵巻) |
| 服装 | 男性:束帯、女性:十二単(女房装束) |
| 行事 | 年中行事(七夕・節句)、陰陽道、けがれの意識 |


浄土信仰(浄土教):末法思想(1052 年から末法の世)→ 阿弥陀仏を信じ「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えて極楽浄土に生まれ変わることを願う。空也(踊り念仏)、源信『往生要集』。藤原頼通の平等院鳳凰堂(京都・宇治・阿弥陀如来像・定朝)、中尊寺金色堂(平泉・奥州藤原氏)。

4. 院政と武士の台頭
ここまでできれば十分
武士のおこり:地方の豪族・有力農民が土地を守るために武装 → 武士団(源氏・平氏が棟梁)。
- 935〜941 年 平将門の乱(関東)・藤原純友の乱(瀬戸内)→ 朝廷は武士の力で鎮圧 → 武士の地位向上。
- 1051〜62 年 前九年合戦・1083〜87 年 後三年合戦(東北)→ 源義家が平定 → 源氏が東国に勢力。→ 奥州藤原氏(平泉)。
院政:1086 年 白河天皇が位を子にゆずって上皇となり、院(上皇の住まい)で政治を行う → 摂関政治から実権を奪う。鳥羽・後白河上皇が続く。上皇は荘園を集め、僧兵(延暦寺・興福寺)の圧力に対抗して武士(源氏・平氏)を用いる → 武士が中央政界に進出。
- 1156 年 保元の乱(天皇家・藤原氏の内部争い → 武士が勝敗を決める)→ 1159 年 平治の乱(平清盛が源義朝を倒す)。
- 平清盛:1167 年 武士として初めて太政大臣。娘(徳子)を高倉天皇のきさきにし、孫を安徳天皇に(藤原氏と同じ手法)。日宋貿易(大輪田泊=神戸を整備・宋銭・厳島神社)。一族で高位を独占 → 貴族・寺社・他の武士の反発 → 1180 年 源頼朝らが挙兵 → 1185 年 壇ノ浦の戦いで平氏滅亡(→ h-04)。

5. よくある間違い
- 平安京を 710(794)・桓武天皇を聖武天皇と混同
- 最澄と空海の宗派・寺を入れ替える(最澄=天台宗・延暦寺、空海=真言宗・金剛峯寺)
- 摂政と関白の区別(摂政=天皇が幼いとき、関白=成人後)
- 源氏物語と枕草子の作者を入れ替える(紫式部=源氏物語、清少納言=枕草子)
- 平等院鳳凰堂を道長(頼通)/国風文化の背景を「遣唐使の派遣」(停止)
- 院政を「天皇が行う政治」(上皇が行う)
- 平清盛の貿易相手を唐・明(宋)
6. 自己チェック
- 794 平安京・桓武・坂上田村麻呂。最澄=天台・延暦寺、空海=真言・金剛峯寺
- 摂関政治:娘をきさきに・外戚・摂政(幼少)関白(成人)・道長頼通。荘園:不輸不入・寄進
- 894 遣唐使停止 → 国風文化:仮名・源氏物語(紫式部)・枕草子(清少納言)・古今和歌集・寝殿造・大和絵
- 浄土信仰・末法思想・平等院鳳凰堂(頼通)
- 武士:将門純友 → 前九年後三年(源氏)→ 1086 院政(白河)→ 保元・平治 → 清盛(太政大臣・日宋貿易)
7. 小テストへ
→ 小テスト(h-03)
写真・資料

関連する単元
参考資料
- 文部科学省『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 社会編』── 歴史的分野「B (1) 古代までの日本(貴族の政治と文化)」
- 京都市「平安京跡」・宇治市「平等院」公式サイト(https://www.byodoin.or.jp/)── 鳳凰堂 1053 年・藤原頼通
- 国立国会図書館デジタルコレクション── 『古今和歌集』『源氏物語』の成立年代の解説
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koko/social/h-03/ / 更新 2026-09-12