高1 / 歴史総合 / ht-08
世界恐慌とファシズム・日本の軍部台頭
この単元でできるようになること
- 世界恐慌(1929)の原因と各国の対応(アメリカ ニューディール、イギリス・フランス ブロック経済、ソ連 五か年計画、ドイツ・イタリア・日本 ファシズム・侵略)を比べて説明できる
- ファシズム(イタリア・ムッソリーニ)とナチズム(ドイツ・ヒトラー)の特徴と、民主的な選挙で政権を得た経過を説明できる
- 日本の昭和恐慌から満州事変(1931)・国際連盟脱退(1933)・五・一五事件・二・二六事件へ、軍部が台頭する流れを説明できる
- 日中戦争(1937〜)の開始と国家総動員法・大政翼賛会による戦時体制を説明できる
- 恐慌が「持たざる国」を侵略に向かわせ、第二次世界大戦につながる因果を説明できる
入試での位置づけ
「恐慌への 3 つの対応(ニューディール・ブロック経済・ファシズム)の比較」「ナチスが合法的に政権を得た過程」「満州事変 → リットン報告書 → 国際連盟脱退」「統帥権干犯問題・天皇機関説事件と立憲政治の崩壊」が頻出。グラフ(失業率・生産指数)を読む問題も。
1. 世界恐慌(1929)
まずここだけ
- 背景:1920 年代アメリカの過剰生産、農業不況、株式投機(バブル)、ヨーロッパへの資金貸付
- 1929.10.24(暗黒の木曜日)ニューヨーク・ウォール街で株価大暴落 → 銀行倒産・企業倒産 → 失業者 1,300 万(4 人に 1 人) → アメリカが資金を引き上げ、ヨーロッパ・日本に波及 → 世界恐慌。世界の工業生産は 4 割減、貿易は 6 割減
- なぜ世界に広がったか:アメリカが世界最大の債権国・市場で、各国経済が金本位制とドルに結びついていたから
| 国 | 対応 | 内容 |
|---|---|---|
| アメリカ | ニューディール(F. ローズヴェルト 1933〜) | 政府が経済に介入:TVA(テネシー川開発公社:公共事業で雇用)、AAA(農業調整法:生産制限で価格維持)、NIRA(産業復興法)、ワグナー法(労働者の団結権)、社会保障法(1935)、金本位制離脱。「修正資本主義」(ケインズの理論:有効需要の創出)。善隣外交、ソ連承認(1933) |
| イギリス | ブロック経済 | 1931 金本位制停止、オタワ連邦会議(1932)で本国と植民地・自治領の特恵関税(スターリング=ブロック)。域外には高関税 → 世界貿易の縮小 |
| フランス | ブロック経済(フラン=ブロック)、人民戦線内閣(1936) | |
| ソ連 | 五か年計画(1928〜) | 計画経済で恐慌の影響をほぼ受けず工業化(世界 2 位の工業国へ)。農業集団化で多数の犠牲、スターリンの大粛清 |
| ドイツ・イタリア・日本 | ファシズム・軍国主義と対外侵略 | 植民地や資源の少ない「持たざる国」が、軍需生産と領土拡大で不況を脱しようとする |
→ 「持てる国」(英米仏)のブロック経済が「持たざる国」を追いこみ、世界が分裂 → 第二次世界大戦へ。
2. ファシズムとナチズム
まずここだけ
ファシズムの特徴:一党独裁・指導者崇拝・議会と自由の否定・極端なナショナリズム(民族の優越)・反共産主義・軍国主義と対外膨張・大衆動員(宣伝・集会・メディア)。資本主義も社会主義も否定する「第三の道」を掲げ、中間層の不満を吸収。
| イタリア | ドイツ | |
|---|---|---|
| 指導者 | ムッソリーニ(ファシスト党) | ヒトラー(ナチ党:国民社会主義ドイツ労働者党) |
| 政権獲得 | 1922 ローマ進軍 → 首相、1926 一党独裁 | 1932 選挙で第一党 → 1933.1 首相(大統領ヒンデンブルクが任命)→ 国会議事堂放火事件 → 全権委任法(1933.3:議会の立法権を政府へ)→ 他党禁止 → 1934 総統(フューラー) |
| 背景 | 大戦後の不況・社会主義の拡大への恐れ・「未回収のイタリア」の不満 | ヴェルサイユ条約への屈辱・賠償金と 1923 年の超インフレ・世界恐慌で失業者 600 万(労働者の 3 人に 1 人)・共産党の伸長への恐れ(資本家・中間層がナチスを支持) |
| 政策 | ラテラノ条約(教皇庁と和解)、エチオピア侵攻(1935〜36)、アルバニア併合 | ユダヤ人迫害(ニュルンベルク法 1935、水晶の夜 1938 → ホロコースト 600 万人)、ゲシュタポ・強制収容所、アウトバーン建設など公共事業と軍需で失業解消、ラジオ・映画による宣伝(ゲッベルス)、国際連盟脱退(1933)、再軍備宣言(1935 徴兵制復活)、ラインラント進駐(1936)、ベルリン・オリンピック(1936) |
- スペイン内戦(1936〜39):人民戦線政府 vs フランコの反乱軍。独伊がフランコを支援(ゲルニカ爆撃)、ソ連と国際義勇軍が政府側、英仏は不干渉 → フランコ勝利。第二次世界大戦の前哨戦
- 日独防共協定(1936)→ 日独伊三国防共協定(1937)→ 枢軸国
- 英仏の宥和政策(ドイツをなだめてソ連に向けさせる)→ 1938 オーストリア併合、ミュンヘン会談(チェンバレンがズデーテン割譲を容認)→ 1939 チェコスロヴァキア解体 → 独ソ不可侵条約(1939.8)→ ポーランド侵攻(1939.9 第二次世界大戦開始:ht-09)
3. 日本 ── 恐慌から軍部の台頭へ
まずここだけ
経済:
- 1927 金融恐慌(震災手形の処理で銀行取り付け → 片岡蔵相の失言 → モラトリアム、台湾銀行・鈴木商店)。財閥への集中
- 1930 昭和恐慌:浜口雄幸内閣(井上準之助蔵相)が金解禁(金本位制復帰、旧平価で円高)を世界恐慌の直後に実施 → 輸出激減・デフレ・農業恐慌(生糸の対米輸出崩壊・米価下落・欠食児童・娘の身売り、東北の凶作 1931・34)→ 農村の困窮が青年将校の急進化の背景
- 1931〜 高橋財政(犬養・斎藤内閣の高橋是清蔵相):金輸出再禁止(管理通貨制度)、円安で輸出拡大(綿製品でイギリスと対立 → ソーシャル=ダンピング非難)、軍事費増大・時局匡救事業(公共事業)→ 1933 年ごろ恐慌から脱出(主要国で最も早い)。重化学工業の発展、新興財閥(日産・日窒)
政治・軍事:
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1930 | ロンドン海軍軍縮条約 → 統帥権干犯問題(軍の編制は天皇の統帥権で政府が決めるのは憲法違反、と海軍・右翼が攻撃)→ 浜口首相狙撃 |
| 1931.9 | 満州事変:関東軍が柳条湖で満鉄の線路を爆破(石原莞爾・板垣征四郎)→ 中国軍の攻撃として軍事行動、満州全土を占領。若槻内閣の不拡大方針を無視 |
| 1932.1 | 上海事変 |
| 1932.3 | 満州国建国(執政 溥儀、「五族協和」「王道楽土」。実態は日本の傀儡)。血盟団事件(井上準之助・団琢磨暗殺) |
| 1932.5.15 | 五・一五事件:海軍青年将校が犬養毅首相を暗殺(「話せばわかる」「問答無用」)→ 憲政の常道が終わり、斎藤実の軍人・官僚中心内閣 |
| 1932.10 | リットン報告書(国際連盟の調査団:日本の軍事行動は自衛ではない、満州国は認めない、ただし日本の権益にも配慮) |
| 1933.3 | 国際連盟総会が撤兵勧告を 42:1 で採択 → 松岡洋右が退場、国際連盟脱退を通告(同年ドイツも脱退)→ 国際的孤立 |
| 1933 | 塘沽停戦協定(満州事変の終結)、滝川事件(京大)。プロレタリア作家小林多喜二が拷問死 |
| 1935 | 天皇機関説事件:美濃部達吉の学説が攻撃され、政府が国体明徴声明 → 立憲主義の学問的土台の否定 |
| 1936.2.26 | 二・二六事件:陸軍皇道派の青年将校が約 1,400 名を率いて首相官邸などを襲撃、高橋是清・斎藤実らを殺害。昭和天皇の意思で鎮圧 → 統制派が陸軍を掌握し、軍部大臣現役武官制復活(1936)で内閣への発言力を強化。広田弘毅内閣、軍備拡張、日独防共協定 |
4. 日中戦争と戦時体制
ここまでできれば十分
- 1935〜 華北分離工作。中国では西安事件(1936 張学良が蔣介石を監禁 → 抗日へ)
- 1937.7.7 盧溝橋事件(北京郊外で日中両軍が衝突)→ 近衛文麿内閣が不拡大から拡大へ → 日中戦争(宣戦布告のない「北支事変 → 支那事変」)→ 8 月 第 2 次上海事変 → 第 2 次国共合作(1937.9 抗日民族統一戦線)→ 12 月 南京占領(多数の捕虜・民間人の殺害:南京事件)→ 国民政府は重慶に移って抗戦(米英ソの援蔣ルート)→ 1938 近衛声明「国民政府を対手とせず」→ 東亜新秩序声明 → 長期化・泥沼化
- 1940 汪兆銘の南京政府(傀儡)
- 戦時体制:国民精神総動員運動(1937)、国家総動員法(1938:議会の承認なしに勅令で人と物資を動員 → 議会の形骸化)、国民徴用令(1939)、価格等統制令・配給制・切符制、産業報国会(労働組合を解散)、大政翼賛会(1940:全政党が解散して参加、隣組)、大日本産業報国会、小学校 → 国民学校(1941)、皇民化政策(朝鮮・台湾で創氏改名・日本語・神社参拝・のち徴兵)
- 思想統制:治安維持法改正、人民戦線事件(1937〜38)、矢内原事件、津田左右吉、言論・出版の統制、「贅沢は敵だ」
- 1939 ノモンハン事件(ソ連軍に大敗)、アメリカが日米通商航海条約廃棄を通告(→ ht-09)
5. 年表
| 年 | 世界 | 日本 |
|---|---|---|
| 1922 | ムッソリーニ政権 | |
| 1927 | 金融恐慌 | |
| 1928 | ソ連第 1 次五か年計画 | |
| 1929 | 世界恐慌 | |
| 1930 | 金解禁 → 昭和恐慌、ロンドン軍縮・統帥権干犯問題 | |
| 1931 | 英 金本位制停止 | 満州事変、金輸出再禁止 |
| 1932 | オタワ会議(ブロック経済)、ナチ党第一党 | 満州国・五・一五事件・リットン報告書 |
| 1933 | ヒトラー首相・全権委任法・独 連盟脱退、ニューディール | 国際連盟脱退 |
| 1935 | 独 再軍備宣言・ニュルンベルク法、伊 エチオピア侵攻 | 天皇機関説事件 |
| 1936 | 独 ラインラント進駐、スペイン内戦 | 二・二六事件、日独防共協定 |
| 1937 | 三国防共協定 | 盧溝橋事件 → 日中戦争、南京占領 |
| 1938 | 独 オーストリア併合・ミュンヘン会談 | 国家総動員法 |
| 1939 | 独ソ不可侵条約 → 第二次世界大戦 | ノモンハン事件 |
| 1940 | 大政翼賛会 |
6. よくある間違い
- ニューディールを「自由放任」とする(政府が介入する修正資本主義)
- ブロック経済を「持たざる国」の政策とする(英仏など持てる国。持たざる国が侵略へ)
- ヒトラーが「クーデタ」で政権を握ったとする(選挙で第一党 → 合法的に首相 → 全権委任法)
- 満州事変のきっかけを盧溝橋事件とする(柳条湖事件。盧溝橋は日中戦争 1937)
- 国際連盟脱退を満州事変と同じ 1931 年とする(1933 年)
- 五・一五事件と二・二六事件の実行者を逆にする(五・一五 = 海軍、二・二六 = 陸軍皇道派)
- 二・二六事件で軍部の力が弱まったとする(統制派が掌握し発言力が強まった)
- 日中戦争に宣戦布告があったとする(「事変」として宣戦布告なし)
- 国家総動員法と大政翼賛会の年を混同する(1938 と 1940)
- 昭和恐慌の原因を「金輸出再禁止」とする(金解禁が原因。再禁止は脱出の策)
7. 自己チェック
- 世界恐慌の原因と世界に広がった理由を言えるか
- ニューディール・ブロック経済・五か年計画・ファシズムを国と内容で比べられるか
- ナチスの政権獲得の過程(第一党 → 首相 → 全権委任法 → 総統)と背景を言えるか
- 金融恐慌 → 昭和恐慌(金解禁)→ 高橋財政の流れを言えるか
- 満州事変 → 満州国 → 五・一五 → リットン → 連盟脱退 → 天皇機関説 → 二・二六 を年つきで言えるか
- 盧溝橋 → 日中戦争 → 国家総動員法 → 大政翼賛会 の戦時体制を言えるか
8. 小テストへ
→ 小テスト(ht-08)
関連する単元
- 前提:ht-06 ヴェルサイユ体制、ht-07 大衆社会、h-10 昭和前期(中学)
- 次に進む:ht-09 第二次世界大戦と日本の敗戦
- ここで使う考え方が出てくる:kk-07 景気と恐慌、kk-06 金融政策(金本位制・管理通貨制度)
参考資料
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編』── 「歴史総合」C (3) 経済危機と第二次世界大戦
- リットン報告書(1932)、国家総動員法(1938)の条文、国際連盟総会の記録
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/daigaku/social/ht-08/ / 更新 2026-09-13