地方上級 / 日本史 / zj-01
古代〜中世(律令・摂関・院政・鎌倉・室町)
この単元でできるようになること
- 律令国家の成立から室町幕府の崩壊までを、「誰が政治の実権を握っていたか」の流れ(天皇 → 摂関家 → 上皇 → 平氏 → 鎌倉幕府 → 室町幕府 → 戦国大名)で説明できる
- 土地制度の変化(班田収授 → 墾田永年私財法 → 荘園 → 守護・地頭 → 守護領国)を、政治の変化と結びつけて説明できる
- 各時代の文化(天平・国風・鎌倉新仏教・北山・東山)を「担い手」と「代表作」で区別できる
- 5 択の正誤文で、別の時代・別の人物の説明が混ぜられている選択肢を見抜ける
試験での位置づけ
地方上級・国家一般職の人文科学では、日本史は 1〜2 問程度の出題が多く、その中で古代〜中世は「時代を通した流れ」を 5 択の正誤文で問う形がよく使われます。1 つの選択肢に「鎌倉時代の制度を室町時代の人物がやったことにする」「因果を逆にする」といった細工がされているので、細かい年号を丸暗記するより、各時代の政治・経済・文化を対比表の形で押さえておくのが近道です。中学の h-02〜h-05 の内容が土台になり、近世(zj-02)へつながります。
1. 全体の年表 ── まず「実権の移り変わり」を押さえる
まずここだけ
| 年 | 出来事 | 実権のありか |
|---|---|---|
| 645 | 乙巳の変(大化の改新の始まり) | 天皇・皇族 |
| 672 | 壬申の乱 → 天武天皇 | 天皇(皇親政治) |
| 701 | 大宝律令 | 天皇・律令官人 |
| 710 | 平城京遷都 | |
| 743 | 墾田永年私財法 | |
| 794 | 平安京遷都(桓武天皇) | |
| 866 | 藤原良房が摂政(臣下で初) | 摂関家 |
| 1016 | 藤原道長が摂政 | 摂関家(全盛) |
| 1086 | 白河上皇が院政を開始 | 上皇(院) |
| 1167 | 平清盛が太政大臣 | 平氏 |
| 1185 | 壇の浦の戦い・守護と地頭の設置 | 源氏(鎌倉) |
| 1221 | 承久の乱 | 北条氏(執権) |
| 1232 | 御成敗式目 | |
| 1274・1281 | 元寇(文永の役・弘安の役) | |
| 1333 | 鎌倉幕府の滅亡 | |
| 1334 | 建武の新政(後醍醐天皇) | 天皇 |
| 1338 | 足利尊氏が征夷大将軍 | 足利氏(室町) |
| 1392 | 南北朝の合一(足利義満) | |
| 1467 | 応仁の乱 | 戦国大名へ |
ここまでできれば十分
出題では「A の出来事のあとに B が起きた」という前後関係が問われます。とくに承久の乱(1221)→ 御成敗式目(1232)→ 元寇(1274・81)→ 永仁の徳政令(1297)の鎌倉時代内部の順序と、建武の新政(1334)→ 南北朝の合一(1392)→ 応仁の乱(1467)の室町時代内部の順序は、選択肢の細工に使われやすいところです。
2. 律令国家の成立と展開(飛鳥〜奈良)
まずここだけ
律令国家とは、法(律=刑法・令=行政法)にもとづいて天皇が全国を直接支配するしくみです。中国(唐)をモデルにしました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 中央 | 二官(神祇官・太政官)八省 |
| 地方 | 国・郡・里(国司は中央から派遣、郡司は地方豪族) |
| 土地 | 公地公民。6 歳以上の男女に口分田を班給(班田収授法)。6 年ごとに戸籍作成 |
| 税 | 租(稲)・庸(労役の代わりの布)・調(特産物)。庸・調は都まで運ぶ(運脚) |
| 兵役 | 衛士・防人 |
ここまでできれば十分
公地公民の崩れ方が問われます。人口増と逃亡で口分田が不足し、723 年の三世一身法(新しく開いた土地は三代まで私有)を経て、743 年の墾田永年私財法で開墾地の永久私有が認められました。これが貴族・寺社の私有地=初期荘園の出発点で、律令の土地制度は自ら例外を作ったことになります。「墾田永年私財法で公地公民が強化された」という選択肢は逆です。
文化は天平文化(聖武天皇の頃・仏教と唐の影響・国際色)。東大寺の大仏、正倉院、『古事記』(712)・『日本書紀』(720)・『万葉集』・『風土記』。飛鳥時代の飛鳥文化(法隆寺)・白鳳文化(薬師寺、高松塚古墳壁画)と区別しておきます。
3. 平安時代 ── 摂関政治から院政へ
まずここだけ
| 摂関政治 | 院政 | |
|---|---|---|
| 実権 | 藤原北家(天皇の外戚) | 上皇(天皇の父・祖父) |
| 始まり | 良房が摂政(866)、基経が関白(887) | 白河上皇(1086) |
| 全盛 | 道長・頼通(11 世紀前半) | 白河・鳥羽・後白河 |
| 経済基盤 | 寄進地系荘園(不輸・不入の権) | 知行国・院領荘園 |
| 武力 | 地方の武士を家人に | 北面の武士(平氏を登用) |
摂関政治は「娘を天皇の后にして、生まれた子を天皇に立てる」外戚の力です。院政は天皇を退いた上皇が、父として天皇より上に立つしくみで、摂関家を外して政治を動かしました。
ここまでできれば十分
桓武天皇(平安京遷都・勘解由使・坂上田村麻呂の蝦夷征討)と嵯峨天皇(蔵人頭・検非違使)は、律令を立て直そうとした天皇として選択肢に出ます。894 年の遣唐使停止(菅原道真の建議)は、国風文化が育つ背景として問われます。
国風文化(10〜11 世紀):かな文字、『源氏物語』(紫式部)・『枕草子』(清少納言)・『古今和歌集』(905)、寝殿造、浄土教(末法思想)と平等院鳳凰堂(1053・藤原頼通)。これに対し平安初期は弘仁・貞観文化で、最澄(天台宗・延暦寺)と空海(真言宗・金剛峯寺)の密教が中心です。「最澄が浄土宗を開いた」のような組み合わせ違いが典型的な誤答です。
もう一歩(発展)
院政期の保元の乱(1156)・平治の乱(1159)は、皇室・摂関家の内紛を武士の力で決着させた事件で、これを機に平清盛が台頭し、1167 年に武士として初めて太政大臣になります。平氏政権は大輪田泊を整備して日宋貿易を行い、宋銭が流入しました。「貴族の争いが武士の政治参加を招いた」という因果の向きを覚えておきます。
4. 鎌倉時代 ── 武家政権の成立と得宗専制
まずここだけ
| 段階 | 出来事 | 政治のかたち |
|---|---|---|
| 成立 | 1185 守護・地頭の設置、1192 頼朝が征夷大将軍 | 将軍と御家人の主従(御恩と奉公) |
| 執権政治 | 北条時政・義時が執権に。1221 承久の乱で後鳥羽上皇を破る | 六波羅探題を設置。西国にも支配が広がる |
| 合議 | 1232 北条泰時が御成敗式目(貞永式目) | 評定衆による合議。武家法の最初 |
| 元寇 | 1274 文永の役・1281 弘安の役(北条時宗) | 恩賞不足で御家人が困窮 |
| 末期 | 1297 永仁の徳政令(北条貞時) | 得宗(北条家当主)の専制へ |
御恩と奉公:将軍は御家人の土地を保障し(本領安堵)・新しい土地を与え(新恩給与)、御家人は軍役で応えます。元寇は防衛戦争で新しい土地が得られず、この関係が崩れました。
ここまでできれば十分
承久の乱の結果は「幕府が朝廷に勝った」だけでなく、上皇方の所領 3,000 か所余りを没収して新たに地頭を置いたことで、幕府の支配が西国に及んだ点が重要です。御成敗式目は公家法や律令を否定したのではなく、武家社会の慣習を成文化したもので、適用範囲は幕府の勢力範囲です。
経済:畿内で二毛作・牛馬耕・刈敷などの肥料が広がり、月 3 回の定期市(三斎市)、宋銭の流通、高利貸の借上が現れました。
文化:鎌倉新仏教は「開祖 ── 宗派 ── 特色」の組み合わせが問われます。
| 開祖 | 宗派 | 特色 |
|---|---|---|
| 法然 | 浄土宗 | 専修念仏 |
| 親鸞 | 浄土真宗 | 悪人正機 |
| 一遍 | 時宗 | 踊念仏 |
| 栄西 | 臨済宗 | 坐禅・公案(幕府の保護) |
| 道元 | 曹洞宗 | 只管打坐 |
| 日蓮 | 日蓮宗 | 題目・『立正安国論』 |
彫刻は運慶・快慶の東大寺南大門金剛力士像、文学は『平家物語』『新古今和歌集』『方丈記』『徒然草』。
5. 室町時代 ── 守護大名から戦国へ
まずここだけ
| 段階 | 出来事 |
|---|---|
| 建武の新政 | 1334 後醍醐天皇が天皇親政を復活。武士の不満で 2 年余りで崩壊 |
| 南北朝 | 1336 尊氏が光明天皇を立て、後醍醐は吉野へ。1338 尊氏が征夷大将軍 |
| 義満 | 1392 南北朝合一、1404 勘合(日明)貿易。花の御所、金閣 |
| 動揺 | 1441 嘉吉の変(義教が赤松満祐に殺される) |
| 応仁の乱 | 1467〜77 義政の後継争い+細川・山名の対立。将軍の権威失墜 |
| 戦国 | 下剋上。1485 山城の国一揆、1488 加賀の一向一揆 |
室町幕府の特徴は、守護が一国の支配者(守護大名)に成長し、将軍はその連合の上に乗っていたことです。管領(細川・斯波・畠山)と侍所所司(赤松・山名・一色・京極)は有力守護が交代で務め、関東には鎌倉府を置きました。
ここまでできれば十分
守護の権限拡大の根拠は、半済令(荘園の年貢の半分を軍費として守護が取る)と守護請(守護が荘園の管理を請け負う)です。「守護は鎌倉時代から荘園を支配していた」は誤りで、鎌倉の守護の権限は大犯三カ条(御家人の統率・謀反人と殺害人の逮捕)に限られていました。
経済・社会:農民の自治組織惣村が生まれ、土一揆(1428 正長の土一揆が最初の大規模なもの)で徳政を要求。商工業では座、運送の馬借・問丸、金融の土倉・酒屋、明銭(永楽通宝)の流通と撰銭の問題。
文化は北山文化(義満・金閣・観阿弥と世阿弥の能)と東山文化(義政・銀閣・書院造・枯山水・雪舟の水墨画・侘び茶)で、「金閣は義政」のような取り違えが誤答の定番です。
6. よくある間違い
| 間違い | 正しくは |
|---|---|
| 墾田永年私財法で公地公民が強まった | 私有地(初期荘園)を認め、公地公民が崩れ始めた |
| 院政は摂関家が上皇を立てて行った | 上皇が摂関家を外して行った。摂関政治と院政は別のしくみ |
| 最澄が浄土宗、法然が天台宗 | 最澄 = 天台宗、法然 = 浄土宗 |
| 承久の乱で朝廷が幕府を倒した | 幕府が勝ち、六波羅探題を置いて西国支配を強めた |
| 御成敗式目は律令に代わる全国法 | 武家社会の慣習法。適用は幕府の勢力範囲 |
| 元寇の勝利で御家人は恩賞を得た | 防衛戦で土地が増えず、恩賞不足で御家人が困窮した |
| 金閣 = 義政、銀閣 = 義満 | 金閣 = 義満(北山)、銀閣 = 義政(東山) |
| 応仁の乱の後に南北朝合一 | 南北朝合一(1392)→ 応仁の乱(1467) |
7. 覚え方の型
- 各時代について「実権の持ち主 ── 経済基盤 ── 代表文化」の 3 点セットで表にする
- 選択肢を読むときは、人物名・制度名・時代の 3 つが同じ行に入っているかを確かめる(1 つでもずれていれば誤り)
- 「A の結果 B が起きた」の文は、因果が逆になっていないか(承久の乱 → 六波羅探題、元寇 → 御家人の困窮 → 徳政令)を確かめる
- 文化は「担い手」(貴族・武士・僧・庶民)と「外国の影響の有無」で分類する
8. 小テストへ
→ 小テスト(zj-01)
関連する単元
- 前提:h-02 飛鳥・奈良時代、h-03 平安時代、h-04 鎌倉時代、h-05 室町・戦国時代(中学歴史)
- 次に進む:zj-02 近世(織豊政権・江戸の政治と三大改革)
- 同じ考え方を使う:zj-05 世界史 古代〜中世(同じ時期の中国王朝・イスラーム世界との対応)
参考資料
- 人事院「国家公務員採用一般職試験(大卒程度試験)受験案内」── 基礎能力試験の出題分野(人文科学)
- 各都道府県・政令指定都市の職員採用試験受験案内(教養試験の出題分野)
- 高等学校「日本史探究」教科書(文部科学省検定済)の該当章
- 『国史大辞典』(吉川弘文館)── 年号・人物名の確認
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koumuin/jinbun/zj-01/ / 更新 2026-09-14