地方上級 / 日本史 / zj-03
近代(明治維新〜大正デモクラシー〜昭和初期)
この単元でできるようになること
- 明治維新の諸改革(版籍奉還・廃藩置県・地租改正・徴兵令・学制)を「何を・何のために変えたか」で説明できる
- 自由民権運動から大日本帝国憲法・帝国議会までの流れを、政府側の対応(勅諭・弾圧・懐柔)とセットで追える
- 日清・日露戦争と条約改正を、「相手国・条約名・担当者・得たもの」の組み合わせで区別できる
- 大正デモクラシー(護憲運動・政党内閣・普通選挙法)と、昭和初期に政党政治が崩れていく過程(恐慌・満洲事変・五・一五事件・二・二六事件)を順序どおりに並べられる
試験での位置づけ
地方上級・国家一般職の日本史では、近代は出題されやすい時代です。「明治政府の改革」「自由民権運動と憲法」「条約改正と対外戦争」「大正〜昭和初期の政党政治」のどれかが 5 択の正誤文で問われる形が多く、選択肢には「担当者を入れかえる(陸奥宗光と小村寿太郎)」「順序を入れかえる(普通選挙法と治安維持法)」「結果を逆にする(ポーツマス条約で賠償金を得た)」といった細工がされます。年号を丸暗記するより、内閣(人物)・出来事・結果を 1 行にそろえた表で覚えるのが近道です。中学の h-08〜h-10 が土台になり、zj-02 の幕末の続きです。
1. 全体の年表 ── 「内閣・出来事・結果」を 1 行で
まずここだけ
| 年 | 出来事 | 押さえどころ |
|---|---|---|
| 1868 | 五箇条の誓文・戊辰戦争 | 新政府の方針表明 |
| 1869 | 版籍奉還 | 藩主は知藩事として残る |
| 1871 | 廃藩置県・岩倉使節団出発 | 府知事・県令を中央から派遣 |
| 1873 | 徴兵令・地租改正 | 地価の 3%を金納 |
| 1874 | 民撰議院設立建白書 | 自由民権運動の始まり |
| 1877 | 西南戦争 | 士族反乱の最後 |
| 1881 | 明治十四年の政変・国会開設の勅諭 | 10 年後の開設を約束 |
| 1885 | 内閣制度 | 初代首相 伊藤博文 |
| 1889 | 大日本帝国憲法発布 | 欽定憲法 |
| 1890 | 第 1 回帝国議会 | 選挙権は直接国税 15 円以上の男子 |
| 1894 | 日英通商航海条約・日清戦争 | 領事裁判権の撤廃(陸奥宗光) |
| 1895 | 下関条約・三国干渉 | 遼東半島を返還 |
| 1902 | 日英同盟 | |
| 1904〜05 | 日露戦争・ポーツマス条約 | 賠償金なし → 日比谷焼打ち事件 |
| 1910 | 韓国併合 | |
| 1911 | 関税自主権の回復 | 小村寿太郎。条約改正の完成 |
| 1912〜13 | 第一次護憲運動(大正政変) | 桂太郎内閣が退陣 |
| 1918 | 米騒動・原敬内閣 | 初の本格的政党内閣 |
| 1925 | 普通選挙法・治安維持法 | 加藤高明内閣 |
| 1927 | 金融恐慌 | |
| 1930 | 金解禁・ロンドン海軍軍縮条約 | 統帥権干犯問題 |
| 1931 | 満洲事変 | 柳条湖事件 |
| 1932 | 五・一五事件 | 犬養毅首相が暗殺され政党内閣が途絶える |
| 1933 | 国際連盟脱退 | |
| 1936 | 二・二六事件 | |
| 1937 | 盧溝橋事件 → 日中戦争 | |
| 1938 | 国家総動員法 | |
| 1940 | 日独伊三国同盟・大政翼賛会 | |
| 1941 | 太平洋戦争開戦 |
ここまでできれば十分
選択肢の細工に使われやすい前後関係は次の 3 組です。版籍奉還(1869)→ 廃藩置県(1871)、民撰議院設立建白書(1874)→ 国会開設の勅諭(1881)→ 憲法発布(1889)→ 第 1 回議会(1890)、金融恐慌(1927)→ 世界恐慌(1929)→ 金解禁(1930)→ 満洲事変(1931)→ 五・一五事件(1932)。「金解禁で恐慌から立ち直った」のような結果の入れかえも出るので、原因と結果の向きも一緒に覚えます。
2. 明治維新の諸改革 ── 中央集権と富国強兵
まずここだけ
| 改革 | 年 | 内容 | ねらい |
|---|---|---|---|
| 版籍奉還 | 1869 | 藩主が土地(版)と人民(籍)を天皇に返す。藩主はそのまま知藩事 | 形式上の中央集権 |
| 廃藩置県 | 1871 | 藩を廃し府県を置く。知藩事は罷免、中央から府知事・県令を派遣 | 実質的な中央集権 |
| 学制 | 1872 | 全国に小学校を置く | 国民皆学 |
| 徴兵令 | 1873 | 満 20 歳の男子に兵役 | 国民皆兵(当初は免役規定が多い) |
| 地租改正 | 1873 | 地価の 3%を土地所有者が金納。地券を発行 | 安定した財源 |
地租改正は「収穫高に応じた米の物納」から「地価にもとづく金納」への変更で、税収が豊凶に左右されなくなりました。負担が江戸時代と変わらなかったため各地で反対一揆が起こり、1877 年に税率は2.5%に引き下げられました。「地租改正で農民の負担が軽くなった」という選択肢は、この経緯を逆にしたものです。
ここまでできれば十分
殖産興業:官営模範工場の富岡製糸場(1872)、新橋・横浜間の鉄道(1872)、郵便制度(前島密)、太陽暦の採用など。1880 年代には官営工場が民間に払い下げられ、三井・三菱などの政商が財閥へ育つ土台になりました。
士族の反乱:秩禄処分(1876)と廃刀令で特権を失った士族が佐賀の乱・萩の乱などを起こし、最後で最大が西南戦争(1877・西郷隆盛)です。これが政府軍(徴兵による軍)に鎮圧されたことで、武力による反政府運動は終わり、言論による自由民権運動が中心になります。
外交:岩倉使節団(1871〜73)は条約改正の予備交渉に失敗し、欧米視察が主になりました。留守政府の征韓論をめぐって 1873 年に西郷隆盛・板垣退助らが下野(明治六年の政変)。日朝修好条規(1876)は江華島事件を機に結ばれた、日本側に有利な不平等条約です。北方では樺太・千島交換条約(1875・ロシア)で樺太を放棄し千島全島を領有しました。
3. 自由民権運動と憲法・議会
まずここだけ
| 年 | 民権側 | 政府側 |
|---|---|---|
| 1874 | 民撰議院設立建白書(板垣退助ら) | |
| 1875 | 愛国社結成 | 漸次立憲政体樹立の詔・讒謗律・新聞紙条例 |
| 1880 | 国会期成同盟 | 集会条例 |
| 1881 | 自由党結成(板垣退助) | 明治十四年の政変(大隈重信を罷免)・国会開設の勅諭 |
| 1882 | 立憲改進党結成(大隈重信) | |
| 1884 | 秩父事件など激化事件 | |
| 1885 | 内閣制度(伊藤博文) | |
| 1889 | 大日本帝国憲法発布 | |
| 1890 | 第 1 回総選挙で民党が過半数 | 第 1 回帝国議会 |
明治十四年の政変は、開拓使官有物払下げ事件への批判をきっかけに、早期の国会開設を主張した大隈重信を政府から追放し、同時に「10 年後(1890 年)に国会を開く」と約束して運動の勢いをそいだ出来事です。「弾圧」と「約束」を同時に出したことが要点です。
ここまでできれば十分
大日本帝国憲法(1889 年 2 月 11 日発布)は、伊藤博文らがドイツ(プロイセン)の憲法を参考に起草した欽定憲法(天皇が定めて国民に与える形)です。
- 天皇は統治権の総攬者で、陸海軍の統帥権・宣戦・条約締結などの大権をもつ
- 帝国議会は衆議院と貴族院の二院制。予算・法律には議会の協賛が必要(協賛機関)
- 国務大臣は天皇を輔弼し、議会にではなく天皇に責任を負う
- 国民の権利は「臣民の権利」として法律の範囲内で保障
第 1 回総選挙(1890)の有権者は直接国税 15 円以上を納める満 25 歳以上の男子で、全人口の約 1%にとどまりました。初期議会では民党(自由党・立憲改進党系)が「民力休養・政費節減」を掲げて政府と対立しています。
もう一歩(発展)
自由党はフランス流の急進的な主張(主権在民に近い)、立憲改進党はイギリス流の議院内閣制を掲げた、という対比はよく問われます。運動の理論では植木枝盛の私擬憲法(抵抗権を含む)、中江兆民(ルソーの翻訳・「東洋のルソー」)を押さえておきます。
4. 条約改正と日清・日露戦争
まずここだけ
| 項目 | 日清戦争 | 日露戦争 |
|---|---|---|
| 年 | 1894〜95 | 1904〜05 |
| きっかけ | 甲午農民戦争(朝鮮) | 満洲・韓国をめぐる対立(日英同盟 1902 が背景) |
| 講和条約 | 下関条約(伊藤博文・陸奥宗光 ── 李鴻章) | ポーツマス条約(小村寿太郎 ── ウィッテ、米大統領セオドア・ローズヴェルトの仲介) |
| 得たもの | 朝鮮の独立承認・遼東半島・台湾・澎湖諸島・賠償金 2 億両 | 韓国の指導権・旅順大連の租借権・長春以南の鉄道・南樺太 |
| その後 | 三国干渉(露・独・仏)で遼東半島を返還 | 賠償金なしに不満 → 日比谷焼打ち事件 |
条約改正は「領事裁判権の撤廃 = 1894 年・陸奥宗光・日英通商航海条約(日清戦争の直前)」と「関税自主権の完全回復 = 1911 年・小村寿太郎」の 2 段階です。担当者と年を入れかえた選択肢が定番です。
ここまでできれば十分
朝鮮・韓国:日清戦争後の朝鮮は大韓帝国と改称(1897)。日露戦争中から日韓協約を重ねて外交権を奪い、統監府を置き(初代統監 伊藤博文)、1909 年の伊藤暗殺を経て1910 年に韓国併合(朝鮮総督府)。「日清戦争の講和で韓国を併合した」は年を 15 年ずらした誤りです。
産業革命:1880 年代後半に紡績業(大阪紡績会社)から始まり、日清戦争の賠償金を財源に官営八幡製鉄所(1901 年操業)が建てられて重工業へ広がりました。1897 年に金本位制を採用。労働問題では労働組合期成会(1897)、社会主義では社会民主党(1901・即日禁止)、大逆事件(1910)、工場法(1911 年制定・1916 年施行)を順に押さえます。
5. 大正デモクラシー ── 護憲運動から普通選挙へ
まずここだけ
| 年 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 1912〜13 | 第一次護憲運動 | 「閥族打破・憲政擁護」。桂太郎内閣が 53 日で退陣(大正政変) |
| 1914〜18 | 第一次世界大戦 | 日英同盟を理由に参戦。二十一カ条の要求(1915)。大戦景気 |
| 1918 | 米騒動 → 原敬内閣 | 寺内正毅内閣が倒れ、衆議院第一党(立憲政友会)の原が組閣。初の本格的政党内閣 |
| 1924 | 第二次護憲運動 | 護憲三派が勝利し加藤高明内閣。以後「憲政の常道」(1932 年まで) |
| 1925 | 普通選挙法・治安維持法 | 満 25 歳以上の男子に選挙権。同じ年に治安維持法 |
理論面では吉野作造の民本主義(主権の所在は問わず、政治の目的を民衆の利福に置く)と美濃部達吉の天皇機関説が思想的な支えです。「民本主義は主権在民を主張した」は誤りで、天皇主権の憲法のもとで議会中心の政治を説いた点が要点です。
ここまでできれば十分
原敬内閣は「平民宰相」と呼ばれ、陸軍・海軍・外務以外の大臣を政友会員で固めましたが、普通選挙には反対し、選挙権の納税資格を 3 円に下げただけでした。普通選挙法(1925)は加藤高明内閣で、有権者は約 4 倍に増えました。同年に共産主義の取り締まりを目的とする治安維持法が成立しており、「アメとムチ」の組み合わせとして問われます。女性の選挙権は戦後(1945 年末)までありません。
国際関係では、ヴェルサイユ条約(1919)、国際連盟の常任理事国、ワシントン会議(1921〜22)での四カ国条約(日英同盟の廃棄)・九カ国条約・海軍軍縮条約、幣原喜重郎の協調外交を押さえます。
6. 昭和初期 ── 恐慌と政党政治の崩壊
まずここだけ
| 年 | 出来事 | 内閣 | 押さえどころ |
|---|---|---|---|
| 1927 | 金融恐慌 | 若槻礼次郎 → 田中義一 | 大臣の失言から取付け騒ぎ。支払猶予令(モラトリアム) |
| 1930 | 金解禁・ロンドン海軍軍縮条約 | 浜口雄幸 | 井上準之助蔵相の緊縮財政。統帥権干犯問題 |
| 1930〜31 | 昭和恐慌 | 世界恐慌と金解禁が重なる。農村の困窮 | |
| 1931 | 満洲事変・金輸出再禁止 | 若槻 → 犬養毅 | 柳条湖事件。高橋是清蔵相が金本位制を離脱 |
| 1932 | 満洲国建国・五・一五事件 | 犬養毅 → 斎藤実 | 政党内閣が終わる |
| 1933 | 国際連盟脱退 | リットン報告書を不服として | |
| 1936 | 二・二六事件 | 岡田啓介 | 軍部の発言力が決定的に |
| 1937 | 日中戦争 | 近衛文麿 | 盧溝橋事件 |
| 1938 | 国家総動員法 | 近衛文麿 | 議会の承認なしに動員可能 |
| 1940 | 日独伊三国同盟・大政翼賛会 | 近衛文麿 | 政党が解散 |
| 1941 | 太平洋戦争 | 東条英機 |
金解禁は、第一次大戦中から停止していた金本位制に旧平価で復帰したもので、実質的な円高になり、世界恐慌と重なって輸出が落ち込み昭和恐慌を招きました。1931 年末に高橋是清が金輸出を再び禁止し、積極財政に転じています。「金解禁が景気を回復させた」は逆です。
ここまでできれば十分
統帥権干犯問題:ロンドン海軍軍縮条約の調印を「天皇の統帥権を政府が侵した」と野党・軍部が攻撃した出来事で、翌年の満洲事変以後、軍部が政府の統制を離れていく前触れになりました。五・一五事件で犬養毅が暗殺されたあとは「憲政の常道」が途切れ、挙国一致内閣が続きます。二・二六事件後は軍部大臣現役武官制が復活し、軍の意向に反する内閣が作れなくなりました。
7. よくある間違い
| 間違い | 正しくは |
|---|---|
| 版籍奉還で藩がなくなった | 藩主は知藩事として残った。藩の廃止は 1871 年の廃藩置県 |
| 地租改正で農民の負担が軽くなった | 負担は変わらず一揆が起き、1877 年に 2.5%へ引き下げ |
| 領事裁判権の撤廃は小村寿太郎 | 撤廃は陸奥宗光(1894)。小村は関税自主権の回復(1911) |
| ポーツマス条約で賠償金を得た | 賠償金なし。不満から日比谷焼打ち事件 |
| 原敬内閣が普通選挙を実現した | 原は普通選挙に反対。実現は 1925 年の加藤高明内閣 |
| 民本主義は主権在民を主張 | 主権の所在は問わない。天皇主権のもとで政党政治を説いた |
| 金解禁で恐慌を脱した | 金解禁が昭和恐慌を深めた。脱出は金輸出再禁止と積極財政 |
| 二・二六事件で政党内閣が終わった | 政党内閣の終わりは五・一五事件(1932)。二・二六は 1936 |
8. 覚え方の型
- 出来事を「内閣(人物)── 出来事 ── 結果」の 1 行にそろえ、表で覚える
- 選択肢では人物・年・結果の 3 点が同じ行に入っているかを確かめる(1 つでもずれていれば誤り)
- 「A の結果 B」の文は因果の向きを疑う(金解禁 → 恐慌、元寇型の「得たものがない → 不満」)
- 対になる出来事はセットで覚える(普通選挙法と治安維持法・陸奥と小村・五・一五と二・二六)
9. 小テストへ
→ 小テスト(zj-03)
関連する単元
- 前提:zj-02 近世(幕末の開国まで)、h-08 明治維新と近代国家、h-09 日清・日露戦争と大正時代、h-10 昭和前期(中学歴史)、ht-04 明治維新と立憲国家、ht-05 帝国主義と日清・日露戦争、ht-07 大正デモクラシー、ht-08 世界恐慌と軍部台頭(歴史総合)
- 次に進む:zj-04 現代(占領改革・高度成長・平成)
- 同じ考え方を使う:zj-07 世界史 現代(二つの大戦との同時代対応)、zk-01 以降の社会科学(大日本帝国憲法と日本国憲法の比較)
参考資料
- 人事院「国家公務員採用一般職試験(大卒程度試験)受験案内」── 基礎能力試験の出題分野(人文科学)
- 各都道府県・政令指定都市の職員採用試験受験案内(教養試験の出題分野)
- 高等学校「日本史探究」教科書(文部科学省検定済)の該当章
- 『国史大辞典』(吉川弘文館)── 年号・人物名の確認
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koumuin/jinbun/zj-03/ / 更新 2026-09-14