地方上級 / 政治 / zk-03
国際政治(国連・安全保障・国際法)
この単元でできるようになること
- 国際連合の主要 6 機関の役割と、安全保障理事会の表決の仕組み(拒否権)を数字で説明できる
- 勢力均衡と集団安全保障の違いを、国際連盟と国際連合の比較で説明できる
- 国際法の 2 つの形(条約・国際慣習法)と、国際司法裁判所(ICJ)と国際刑事裁判所(ICC)の違いを言える
- 核軍縮の主な条約(NPT・CTBT・核兵器禁止条約)の成立年と日本の立場を区別できる
- 日米安全保障条約・PKO 協力法・平和安全法制など、日本の安全保障政策の流れを年代順に並べられる
試験での位置づけ
教養試験の社会科学(政治)では、国連の仕組みと安全保障の条約が正誤 5 択でよく問われます。「安保理の常任理事国は拒否権をもつ」のような基本の結論は受験生の多くが知っているので、出題側は数字(15 理事国・9 票・3 分の 2)や年号を 1 つだけずらした肢や、国際連盟の特徴を国連の説明に混ぜた肢で差をつけてきます。この単元は時事とつながりやすく、専門試験の国際関係(zp-07 国際政治の理論)や憲法 9 条の議論(zk-01)とも重なります。制度の数値は 2026 年 9 月時点のものです。
1. 国際社会の成り立ち ── 主権国家と国際法
まずここだけ
現在の国際社会は、対等な主権国家が並び立つ体制です。その出発点とされるのが、三十年戦争を終わらせた 1648 年のウェストファリア条約です。国内には政府という上位の権力がありますが、国際社会には世界政府がありません。だから国どうしの関係は、力の均衡かルール(国際法)で保たれることになります。
国際法の父と呼ばれるのがグロティウス(オランダ)で、主著は『戦争と平和の法』(1625 年)と『海洋自由論』です。
ここまでできれば十分
国際法には 2 つの形があります。
| 形 | 中身 | 例 |
|---|---|---|
| 条約 | 国家間の文書による合意。締結した国だけを拘束する | 国連憲章、日米安全保障条約、海洋法条約 |
| 国際慣習法 | 長い間くり返されて「法である」と認められた慣行。原則としてすべての国を拘束する | 公海自由の原則、内政不干渉の原則、外交官の特権 |
日本国憲法では、条約は内閣が締結し、事前または事後に国会の承認が必要です(73 条 3 号)。公布は天皇の国事行為(7 条 1 号)で、成立した条約は誠実に遵守しなければなりません(98 条 2 項)。
海に関するルールは国連海洋法条約(1982 年採択・1994 年発効)で定められ、基線から領海 12 海里・接続水域 24 海里・排他的経済水域(EEZ)200 海里です。1 海里は 1,852 m なので、EEZ の幅はおよそ 370 km になります。領海では他国の船に無害通航権があり、EEZ では沿岸国が水産資源や海底資源に主権的権利をもちますが、航行と上空飛行は自由です。
もう一歩(発展)
国際法は「上位の権力による強制」がない点で国内法と違います。国際司法裁判所の判決には拘束力がありますが、従わない国に対しては安全保障理事会が措置をとるかどうかを決める仕組み(国連憲章 94 条)にとどまります。「国際法には強制力がまったくない」という肢は言い過ぎで、「国内法ほど整った強制の仕組みはない」が正確です。
2. 国際連盟から国際連合へ ── 集団安全保障
まずここだけ
勢力均衡は、いくつかの国が同盟を組んで力を釣り合わせ、どこも攻められない状態をつくる考え方です。しかし同盟どうしの対立は第一次世界大戦を防げませんでした。そこで生まれたのが集団安全保障です。これは敵味方を分けずにみんなで 1 つの組織に入り、ルールを破った国に全員で制裁を加える仕組みで、国際連盟と国際連合はこの考え方に立っています。
ここまでできれば十分
| 国際連盟(1920 年) | 国際連合(1945 年) | |
|---|---|---|
| 提唱 | 米大統領ウィルソンの 14 か条 | 大西洋憲章(1941 年)→ サンフランシスコ会議 |
| 本部 | ジュネーブ | ニューヨーク |
| 大国の参加 | 米国は不参加(上院が反対)。ソ連は途中加盟・除名、日本・ドイツ・イタリアは脱退 | 米・英・仏・ソ(露)・中が常任理事国として最初から参加 |
| 表決 | 総会・理事会とも全会一致 | 総会は多数決、安保理は大国一致(拒否権) |
| 制裁 | 経済制裁のみ。軍事制裁の規定なし | 非軍事的措置(41 条)と軍事的措置(42 条)の両方 |
国際連盟が機能しなかった理由は「大国の不参加」「全会一致で決められない」「軍事制裁がない」の 3 点で、国連はそれぞれを直す形で設計されています。日本は 1933 年に連盟脱退を通告し、戦後は 1956 年の日ソ共同宣言でソ連との国交を回復したのち、同年国連に加盟しました。
3. 国際連合の仕組み ── 6 つの主要機関と安保理の表決
まずここだけ
国連は 1945 年 10 月 24 日に発足し、原加盟国は 51 か国、現在は193 か国(2011 年の南スーダンが最新の加盟国)です。主要機関は 6 つあります。
| 機関 | 役割・特徴 |
|---|---|
| 総会 | 全加盟国で構成、一国一票。重要問題は出席し投票する国の 3 分の 2、その他は過半数。決議は勧告で、加盟国を法的に拘束しない |
| 安全保障理事会 | 国際の平和と安全に主要な責任を負う。決定は加盟国を拘束する |
| 経済社会理事会 | 54 理事国。経済・社会・人権分野の調整。専門機関(ILO・WHO・UNESCO など)と連携 |
| 信託統治理事会 | 1994 年にパラオが独立して以降、活動を停止 |
| 国際司法裁判所(ICJ) | オランダのハーグ。15 人の裁判官(任期 9 年)。国家のみが当事者になれ、裁判には当事国双方の同意が必要 |
| 事務局 | 事務総長が長。安保理の勧告に基づき総会が任命 |
ここまでできれば十分
安全保障理事会の表決は数字で問われます。
- 理事国は 15:常任理事国 5(米・英・仏・露・中)+非常任理事国 10(任期 2 年・毎年半数を改選・連続再選不可)
- 手続事項:9 理事国以上の賛成で決まる(拒否権なし)
- 実質事項:9 理事国以上の賛成かつ常任理事国の反対がないこと。常任理事国が 1 か国でも反対すれば否決される(拒否権)。棄権や欠席は拒否権の行使にあたらないと慣行上扱われている
たとえば「賛成 13・反対 1(常任理事国)・棄権 1」なら否決、「賛成 9・棄権 6(常任理事国の棄権を含む)」なら可決です。
冷戦中は米ソの拒否権で安保理が動けないことが多く、1950 年の朝鮮戦争のとき、総会が「平和のための結集」決議を採択しました。安保理が機能しないとき、総会が 3 分の 2 の多数で集団的措置を勧告できるとしたものです。
PKO(国連平和維持活動)は憲章に明文の規定がなく、平和的解決(第 6 章)と強制措置(第 7 章)の中間なので「6 章半」の活動と呼ばれます。伝統的な原則は「当事者の同意」「中立」「自衛以外の武力不行使」です。
もう一歩(発展)
国連憲章は武力行使を原則として禁止(2 条 4 項)し、例外は安保理の決定による集団的措置(第 7 章)と、武力攻撃を受けたときの個別的・集団的自衛権(51 条)の 2 つです。51 条の自衛権は「安保理が必要な措置をとるまでの間」の暫定的な権利とされています。
国連の通常予算は加盟国の分担金でまかなわれ、分担率は支払能力に応じて 3 年ごとに決まります。上限は 22%(米国)で、日本は 2022〜2024 年の分担率で米国・中国に次ぐ 3 位でした。日本は非常任理事国に最も多く選ばれている国の 1 つで、2023〜2024 年の任期が 12 回目です。
4. 冷戦と現代の安全保障 ── 核軍縮と地域機構
まずここだけ
第二次世界大戦後、米国中心の西側と、ソ連中心の東側が直接戦わずに対立した状態が冷戦です。1947 年のトルーマン・ドクトリン(封じ込め政策)で始まり、1949 年にNATO(北大西洋条約機構)、1955 年にワルシャワ条約機構が成立しました。1962 年のキューバ危機で核戦争の一歩手前まで行き、その後は緊張緩和(デタント)と再対立をくり返して、1989 年のベルリンの壁崩壊とマルタ会談(米ブッシュ・ソ連ゴルバチョフ)で終結が宣言され、1991 年にソ連が解体しました。
ここまでできれば十分
核軍縮の条約は、年と中身と日本の立場を組にして覚えます。
| 条約 | 年 | 中身 | 日本 |
|---|---|---|---|
| 部分的核実験禁止条約(PTBT) | 1963 年 | 地下以外(大気圏内・宇宙・水中)の核実験を禁止 | 批准 |
| 核拡散防止条約(NPT) | 1968 年署名・1970 年発効 | 核保有を米・英・仏・ソ(露)・中の 5 か国に限り、他国の保有を禁止。非核保有国は IAEA の査察を受ける | 1976 年批准 |
| 中距離核戦力(INF)全廃条約 | 1987 年 | 米ソが特定の射程の核ミサイルを全廃。2019 年に失効 | ── |
| 包括的核実験禁止条約(CTBT) | 1996 年採択 | 爆発を伴うすべての核実験を禁止。発効に必要な国の批准がそろわず未発効 | 批准 |
| 核兵器禁止条約 | 2017 年採択・2021 年発効 | 核兵器の開発・保有・使用・威嚇を全面禁止 | 不参加(核保有国もすべて不参加) |
日本は唯一の戦争被爆国として NPT 体制を支持し、非核三原則(持たず・つくらず・持ち込ませず。1967 年に佐藤内閣が表明、1971 年に国会決議)を国是としています。一方で米国の核抑止に依存しているため、核兵器禁止条約には参加していません。この「NPT には参加・核禁条約には不参加」の組み合わせがよく問われます。
核以外では、対人地雷全面禁止条約(1997 年・オタワ条約)とクラスター弾に関する条約(2008 年・オスロ条約)に日本は参加しています。これらは NGO が条約づくりを主導した例としても出題されます。
地域機構も設立年と性格で区別します。
| 機構 | 設立 | 性格 |
|---|---|---|
| NATO | 1949 年 | 西側の軍事同盟。加盟国への攻撃を全体への攻撃とみなす(集団的自衛権) |
| EU(欧州連合) | 1993 年(マーストリヒト条約発効) | 経済統合から政治統合へ。共通通貨ユーロ。2020 年に英国が離脱 |
| ASEAN(東南アジア諸国連合) | 1967 年 | 東南アジア諸国の地域協力機構。経済協力が中心だが、ASEAN 地域フォーラム(ARF)で安全保障の対話も行う |
| AU(アフリカ連合) | 2002 年 | OAU(アフリカ統一機構)を発展改組 |
5. 国際刑事裁判所と人権・難民の条約
まずここだけ
国際司法裁判所(ICJ)と国際刑事裁判所(ICC)はどちらもハーグにありますが、まったく別の組織です。
| ICJ | ICC | |
|---|---|---|
| 位置づけ | 国連の主要機関 | 国連から独立した条約上の機関(ローマ規程:1998 年採択・2002 年発効) |
| 裁く相手 | 国家どうしの争い | 個人(集団殺害犯罪・人道に対する犯罪・戦争犯罪・侵略犯罪) |
| 管轄の条件 | 当事国双方の同意 | 締約国の領域内または締約国民による犯罪など。国内の裁判所が裁けないときに補う(補完性の原則) |
| 日本 | 加盟 | 2007 年に加入。米国・中国・ロシアは非締約国 |
ここまでできれば十分
人権の国際的保障は、1948 年の世界人権宣言(法的拘束力なし)を、1966 年採択・1976 年発効の国際人権規約(社会権規約 A 規約・自由権規約 B 規約。拘束力あり)で条約化した流れです。日本は 1979 年に批准しましたが、公務員の争議権など一部を留保しています。そのほか女子差別撤廃条約(1979 年採択・日本は 1985 年批准、男女雇用機会均等法の制定につながった)、子どもの権利条約(1989 年採択・日本は 1994 年批准)が出題されます。
難民条約(1951 年)は、人種・宗教・国籍・政治的意見などを理由に迫害を受けるおそれがあって国外にいる人を難民と定義し、迫害のおそれのある国へ送り返してはならない(ノン・ルフールマン原則)と定めています。日本は 1981 年に加入し、それに合わせて国民年金などの国籍要件を撤廃しました。支援機関はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で、緒方貞子氏が 1991〜2000 年に高等弁務官を務めました。
6. 日本の安全保障政策
まずここだけ
日本の安全保障の柱は、憲法 9 条のもとでの専守防衛と日米安全保障条約です。日米安保条約は 1951 年にサンフランシスコ平和条約と同じ日に結ばれ、1960 年に改定されました(新安保条約)。新条約の 5 条は日本の施政下の領域への武力攻撃に共同で対処すること、6 条は米軍への基地の提供を定めています。
ここまでできれば十分
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1950 年 | 朝鮮戦争を機に警察予備隊(→ 1952 年保安隊 → 1954 年自衛隊) |
| 1951 年 | サンフランシスコ平和条約・日米安全保障条約 |
| 1960 年 | 新安保条約(共同防衛義務・事前協議制) |
| 1967 年 | 非核三原則を表明 |
| 1978 年 | 日米防衛協力のための指針(ガイドライン)。1997 年・2015 年に改定 |
| 1992 年 | PKO 協力法。同年カンボジアへ自衛隊を初派遣 |
| 2003 年 | 有事関連 3 法(武力攻撃事態対処法など) |
| 2007 年 | 防衛庁が防衛省に |
| 2014 年 | 集団的自衛権の限定的行使を認める閣議決定 |
| 2015 年 | 平和安全法制(2016 年施行)。存立危機事態での限定的な集団的自衛権の行使を法制化 |
PKO 参加にはPKO 参加 5 原則(紛争当事者の停戦合意・受入れ同意・中立・これらが崩れたら撤収・武器使用は必要最小限)があります。平和安全法制では「武力行使の新三要件」が定められ、日本と密接な関係にある他国への武力攻撃で日本の存立が脅かされる存立危機事態にも、他に手段がなく必要最小限の範囲で武力行使できるとされました。「集団的自衛権を全面的に認めた」という肢は誤りで、限定的な容認です。
文民統制(シビリアン・コントロール)として、内閣総理大臣と防衛大臣は文民でなければならず(憲法 66 条 2 項)、自衛隊の最高指揮監督権は内閣総理大臣にあります。
7. よくある間違い
| 間違い | 正しくは |
|---|---|
| 安保理の決定には 15 理事国中 8 票の賛成が必要 | 9 票以上。実質事項はさらに常任理事国の反対がないこと |
| 常任理事国が棄権すると拒否権を行使したことになる | 棄権・欠席は拒否権にあたらない(慣行) |
| 総会の決議は加盟国を法的に拘束する | 総会は勧告。拘束するのは安保理の決定 |
| 国際連盟には軍事制裁の規定があった | 経済制裁のみ。軍事的措置があるのは国連 |
| ICJ は個人の戦争犯罪を裁く | 個人を裁くのはICC。ICJ は国家間の争い |
| 日本は核兵器禁止条約を批准している | 不参加。批准しているのは NPT・CTBT |
| PKO は国連憲章第 7 章に規定がある | 明文規定なし。「6 章半」の活動 |
| 平和安全法制で集団的自衛権が全面的に認められた | 存立危機事態に限った限定的容認 |
8. 覚え方の型
- 国連の数字は「193・15・5・10・9・2」(加盟国・理事国・常任・非常任・必要票・非常任の任期)を 1 セットで唱える
- 国際連盟の弱点 3 つ(米国不参加・全会一致・経済制裁のみ)を裏返すと国連の特徴になる
- 条約は「年・中身・日本の立場」の 3 点セット。核禁条約だけ日本不参加、と例外を先に覚える
- ICJ と ICC は「国家か個人か」「国連の機関か条約の機関か」の 2 軸で切る
- 日本の安全保障は「1951 → 1960 → 1992 → 2015」の 4 つの年を軸に、間の出来事を埋める
9. 小テストへ
→ 小テスト(zk-03)
関連する単元
- 前提:c-07 国際社会と平和(中学公民)、kk-09 国際政治と国際経済(高校公共)
- 次に進む:zk-01 日本国憲法の基本と人権(9 条と平和主義)、zp-07 国際政治の理論(リアリズム・リベラリズム)
- 同じ考え方を使う:zk-06 国民所得と景気・国際経済(国際経済機構)、zj-07 現代(二つの大戦・冷戦・現代の国際社会)
参考資料
- 国際連合憲章(外務省訳)── 2 条・第 5 章(23〜27 条)・第 6 章・第 7 章(39〜51 条)・94 条
- 外務省「国際連合の概要」「軍縮・不拡散」各ページ、防衛省『防衛白書』(安全保障政策の年表)
- 国連海洋法条約、核兵器の不拡散に関する条約、国際刑事裁判所に関するローマ規程(各条約本文・外務省訳)
- 人事院「国家公務員採用一般職試験(大卒程度試験)受験案内」── 基礎能力試験の出題分野(社会科学)
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koumuin/shakai/zk-03/ / 更新 2026-09-14