地方上級 / 世界史 / zj-07

更新 2026-09-14

現代(二つの大戦・冷戦・現代の国際社会)

この単元でできるようになること

試験での位置づけ

世界史の現代は、社会科学の国際政治・時事とも重なる部分で、地方上級・国家一般職では「ヴェルサイユ体制の内容」「世界恐慌への各国の対応」「冷戦の展開」「冷戦終結後の出来事」が 5 択の正誤文で問われます。選択肢の細工は「順序の入れかえ(ベルリン封鎖と NATO 結成)」「国の入れかえ(マーシャル・プランはソ連の政策)」「因果の逆転(キューバ危機で冷戦が終わった)」が多く、年表を「対立が強まる時期」と「緩む時期」に色分けして覚えるのが近道です。日本史の zj-03zj-04 と同じ時代なので、あわせて読むと二重に覚えられます。中学の h-09h-11、高校の ht-06ht-12 が土台です。


1. 第一次世界大戦とヴェルサイユ体制

まずここだけ

出来事要点
1882三国同盟独・墺・伊
1907三国協商の成立英・仏・露(露仏同盟 1891〜94・英仏協商 1904・英露協商 1907)
1914サライェヴォ事件 → 開戦オーストリア皇位継承者夫妻をセルビア人青年が暗殺。「ヨーロッパの火薬庫」バルカン半島
1917ロシア革命・アメリカ参戦二月革命で帝政が倒れ、十月革命でレーニンのボリシェヴィキが政権を握る。無併合・無償金・民族自決を掲げ、翌年ドイツと単独講和
1918ウィルソンの十四カ条・ドイツ革命 → 休戦民族自決・秘密外交の廃止・国際平和機構の設立
1919パリ講和会議・ヴェルサイユ条約ドイツに巨額の賠償・軍備制限・領土割譲・植民地の放棄
1920国際連盟発足提唱国アメリカは上院の反対で不参加。ドイツ・ソ連は当初除外。全会一致制・制裁は経済制裁のみ
1921〜22ワシントン会議海軍軍縮条約・四カ国条約(日英同盟の解消)・九カ国条約(中国の門戸開放)
1925ロカルノ条約独仏国境の現状維持。翌年ドイツが国際連盟に加盟
1928不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)戦争の違法化

ここまでできれば十分

国際連盟の弱点(アメリカの不参加・全会一致制・軍事制裁がない)は、国際連合との対比でよく問われます。国際連合(1945)は安全保障理事会の五大国に拒否権を与え、軍事的措置も可能にしました。

ロシア革命の要点は「二月革命(三月革命)で帝政崩壊 → 臨時政府(ケレンスキー)は戦争を継続 → 十月革命(十一月革命)でボリシェヴィキが政権 → ブレスト・リトフスク条約で単独講和 → 干渉戦争(シベリア出兵)→ 1922 年ソ連成立」です。民族自決の原則は東欧に多くの独立国を生みましたが、アジア・アフリカの植民地には適用されず、三・一独立運動(朝鮮)や五・四運動(中国)が起こりました。


2. 世界恐慌と第二次世界大戦

まずここだけ

出来事要点
1929世界恐慌ニューヨーク株式市場の暴落(10 月)
1933ニューディール(米・F. ローズヴェルト)農業調整法・全国産業復興法・テネシー川流域開発公社(TVA)・ワグナー法(1935)
1932オタワ会議(英)ブロック経済(スターリング・ブロック)。フランスもフラン・ブロック
1933ヒトラーが首相に全権委任法。ドイツは国際連盟を脱退
1935ドイツの再軍備宣言・イタリアのエチオピア侵攻
1936スペイン内戦(〜39)・ラインラント進駐独伊がフランコを支援
1938ミュンヘン会談英チェンバレンらがドイツのズデーテン地方併合を認める(宥和政策
1939独ソ不可侵条約 → ドイツのポーランド侵攻 → 第二次世界大戦英仏が対独宣戦
1941独ソ戦の開始・大西洋憲章・日本の真珠湾攻撃アメリカ参戦。戦争が世界化
1943スターリングラードの戦い・カイロ会談・テヘラン会談戦局の転換
1944ノルマンディー上陸
1945ヤルタ会談(2 月)・ドイツ降伏(5 月)・ポツダム会談(7 月)・日本降伏(8 月)・国際連合発足(10 月)ヤルタで戦後処理とソ連の対日参戦を密約

ここまでできれば十分

世界恐慌への対応は「持てる国(米・英・仏)は国内の需要創出やブロック経済で乗り切ろうとし、持たざる国(独・伊・日)は対外進出(ファシズム・軍国主義)に向かった」という対比で整理します。ソ連は五カ年計画(1928〜)の計画経済で恐慌の影響をほとんど受けなかった点も選択肢に出ます。

宥和政策は「ドイツの要求を認めて戦争を避けようとしたが、かえってドイツを増長させた」という評価で問われ、ミュンヘン会談の翌年に大戦が始まったことが要点です。


3. 冷戦の始まりと対立の山

まずここだけ

西側(アメリカ)東側(ソ連)要点
1946チャーチル「鉄のカーテン」演説
1947トルーマン・ドクトリンマーシャル・プランコミンフォルム封じ込め政策の開始
1948〜49ベルリン封鎖西側は空輸で対抗
1949NATO(北大西洋条約機構)COMECON・ソ連の原爆保有中華人民共和国成立(10 月)。ドイツが東西に分断
1950〜53朝鮮戦争国連軍(米軍中心)対 北朝鮮・中国義勇軍。休戦ライン 38 度線付近
1955ワルシャワ条約機構西ドイツの NATO 加盟に対抗。バンドン会議(アジア・アフリカ会議、平和十原則)
1956スターリン批判(フルシチョフ)・ハンガリー事件「雪どけ」と東欧の動揺。スエズ危機(第二次中東戦争)
1961ベルリンの壁建設非同盟諸国首脳会議(ベオグラード)
1962キューバ危機核戦争の瀬戸際 → 米ソ間にホットライン。翌年部分的核実験禁止条約
1965〜73ベトナム戦争(北爆開始〜米軍撤退)1975 年サイゴン陥落で南北統一
1968プラハの春 → ソ連の軍事介入核拡散防止条約(NPT)

ここまでできれば十分

トルーマン・ドクトリン(ギリシャ・トルコへの支援、共産主義の封じ込め宣言)とマーシャル・プラン(ヨーロッパ経済復興援助計画)はアメリカの政策、それに対抗するコミンフォルム・COMECON・ワルシャワ条約機構ソ連側です。順序は「ベルリン封鎖(1948)→ NATO(1949)→ ワルシャワ条約機構(1955)」で、NATO のほうが 6 年早い点が問われます。

第三世界:1955 年のバンドン会議(インドのネルー・中国の周恩来・インドネシアのスカルノ・エジプトのナセルら)と 1961 年の非同盟諸国首脳会議で、米ソどちらの陣営にも属さない立場を打ち出しました。1960 年は「アフリカの年」(17 か国独立)です。


4. 緊張緩和から冷戦の終結へ

まずここだけ

出来事要点
1969〜72中ソ国境紛争 → ニクソン訪中(1972)・SALT I米中接近。1971 年に中国が国連代表権を獲得
1973第四次中東戦争 → 第一次石油危機OAPEC の石油戦略
1975全欧安全保障協力会議(CSCE)ヘルシンキ宣言デタント(緊張緩和)の頂点
1979ソ連のアフガニスタン侵攻・イラン革命・米中国交正常化「新冷戦」へ。1980 年モスクワ五輪を西側がボイコット
1985ゴルバチョフがソ連書記長にペレストロイカ(改革)・グラスノスチ(情報公開)・新思考外交
1987INF(中距離核戦力)全廃条約初めて核兵器の削減に合意
1989東欧革命・ベルリンの壁崩壊(11 月)・マルタ会談(12 月)ブッシュ(父)とゴルバチョフが冷戦終結を宣言。中国では天安門事件(6 月)
1990ドイツ統一西ドイツが東ドイツを吸収
1991湾岸戦争・ワルシャワ条約機構と COMECON の解散・ソ連解体(12 月)独立国家共同体(CIS)へ。エリツィンのロシア

ここまでできれば十分

冷戦終結の順序は「ゴルバチョフ登場(1985)→ INF 全廃条約(1987)→ ベルリンの壁崩壊・マルタ会談(1989)→ ドイツ統一(1990)→ ソ連解体(1991)」です。「ソ連解体によって冷戦が終わった」は順序が逆で、冷戦終結の宣言(マルタ会談)のほうが 2 年早く、ソ連解体はその結果として起こりました。

中国の流れも同時に押さえます。中華人民共和国成立(1949)→ 大躍進政策の失敗 → プロレタリア文化大革命(1966〜76)→ 鄧小平の改革・開放(1978〜)→ 天安門事件(1989)→ 香港返還(1997)→ WTO 加盟(2001)。


5. 冷戦後の国際社会

まずここだけ

出来事要点
1991湾岸戦争イラクのクウェート侵攻に対し多国籍軍が武力行使(安保理決議)
1991〜ユーゴスラヴィア紛争民族・宗教の対立。ボスニア・コソボ
1993EU(ヨーロッパ連合)発足マーストリヒト条約(1992 調印)。1999 年に単一通貨ユーロ導入(2002 年から現金流通)
1994南アフリカでマンデラが大統領にアパルトヘイトの撤廃(1991)後、初の全人種参加選挙
1995WTO(世界貿易機関)発足GATT を発展させる
2001アメリカ同時多発テロ(9.11)→ アフガニスタン攻撃「テロとの戦い」
2003イラク戦争米英がフセイン政権を倒す。安保理の明確な承認なし
2008リーマン・ショック → 世界金融危機G20 サミットの始まり
2010〜11「アラブの春」チュニジア・エジプト・リビアなどで政権崩壊。シリア内戦へ
2014ロシアのクリミア併合
2020イギリスの EU 離脱2016 年の国民投票にもとづく
2022ロシアのウクライナ侵攻

ここまでできれば十分

EU は「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC・1952)→ ヨーロッパ経済共同体(EEC・1958)→ ヨーロッパ共同体(EC・1967)→ EU(1993)」と段階的に統合を深め、加盟国は 2004 年の東欧諸国の一斉加盟などを経て 28 か国まで増えたあと、イギリスの離脱で 27 か国になりました(2026 年 9 月時点。最新は外務省などの資料で確認)。


6. よくある間違い

間違い正しくは
アメリカは国際連盟の常任理事国だった提唱国だが上院の反対で不参加。常任理事国は英・仏・伊・日
ロシア革命でソ連が直ちに成立十月革命は 1917 年、ソ連の成立は 1922 年
ミュンヘン会談でドイツの要求を拒否した英仏はズデーテン併合を認めた(宥和政策)。翌年開戦
マーシャル・プランはソ連の東欧援助アメリカのヨーロッパ復興援助。ソ連側の対抗は COMECON
NATO はワルシャワ条約機構への対抗として結成逆。NATO(1949)が先で、ワルシャワ条約機構(1955)が対抗
キューバ危機で冷戦が終わった核戦争の危機のあと緊張緩和が始まった。終結は 1989 年マルタ会談
ソ連解体で冷戦が終わったマルタ会談(1989)で終結宣言、ソ連解体(1991)はその後
EU はマーストリヒト条約で初めて生まれた統合組織ECSC → EEC → EC → EU の段階的な統合

7. 覚え方の型

  1. 年表を「対立が強まる時期(1947〜62・1979〜85)」と「緩む時期(1963〜78・1985〜)」に色分けし、各出来事がどちらに属するかを意識する
  2. 政策・組織はどちらの陣営かを先に決める(米:トルーマン・ドクトリン、マーシャル・プラン、NATO/ソ:コミンフォルム、COMECON、ワルシャワ条約機構)
  3. 国際連盟と国際連合は「アメリカの参加・全会一致か拒否権か・軍事制裁の有無」の 3 点で対比する
  4. 同じ年の日本史(zj-03zj-04)と横につなぐ(1951 平和条約=朝鮮戦争中、1956 国連加盟=スターリン批判の年、1972 沖縄返還・日中=ニクソン訪中の年)

8. 小テストへ

→ 小テスト(zj-07

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参考資料

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