地方上級 / 社会学 / zy-01
社会学の成立(コント・スペンサー・マルクス・デュルケム・ウェーバー・ジンメル)
この単元でできるようになること
- 社会学が 19 世紀のヨーロッパで「社会そのもの」を科学の対象にするところから始まったことを、コントとスペンサーの名前で説明できる
- マルクスの唯物史観・階級・疎外を、社会学の「対立の見方」の源流として位置づけられる
- デュルケムの社会的事実・機械的連帯/有機的連帯・アノミー・『自殺論』の 4 類型を、著書と対にして説明できる
- ウェーバーの理解社会学・行為の 4 類型・支配の 3 類型・『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』・合理化・理念型・価値自由を、著書と対にして説明できる
- ジンメル(形式社会学)・テンニース(ゲマインシャフト/ゲゼルシャフト)・パレート(エリートの周流)を、似た主張とすり替えられても切れる
試験での位置づけ
社会学は国家一般職の専門試験で選択科目の一つ(5 問程度。最新は受験案内で確認)、地方上級では専門の一部として数問出る科目です。この単元はその「古典」の柱で、出題の大半は「人名・著書・学説の組み合わせ」を 5 択の正誤文で問う形です。定番の誤答は「デュルケムの主張をウェーバーのものとして書く」「機械的連帯と有機的連帯の中身を逆にする」「自殺の 4 類型のうち 2 つを入れかえる」の 3 パターンで、誰が・何を・どの著書での 3 点を対にして覚えるのがいちばんの近道です。現代理論は zy-02、集団と家族は zy-03、階層・逸脱は zy-04 で扱います。ウェーバーの官僚制論は行政学の zq-02 とも重なります。
1. 社会学の誕生 ── コントとスペンサー
まずここだけ
コント(フランス)は『実証哲学講義』(1830〜42 年)で「社会学(sociologie)」という語を初めて用い、社会を観察と実証にもとづいて研究する学問を構想しました。社会学の「名づけ親」です。
コントの学説は 2 つ覚えます。
- 三段階の法則:人間の知識(精神)は神学的段階 → 形而上学的段階 → 実証的段階の順に発展する。それに対応して社会も軍事的段階 → 法律的段階 → 産業的段階へ進む
- 社会静学と社会動学:社会の秩序(構造・均衡)を扱うのが社会静学、社会の進歩(変動・発展)を扱うのが社会動学
ここまでできれば十分
スペンサー(イギリス)は『社会学原理』(1876〜96 年)で、社会を生物のような有機体になぞらえる社会有機体説を唱えました。社会は単純で同質な状態から複雑で異質な状態へ「進化」する(社会進化論)と考えました。「適者生存」の語を作ったのもスペンサーで(ダーウィンが後に自らの進化論に取り入れた)、社会進化論はこの語とともにダーウィンの進化論と結びつけて語られます。
スペンサーの社会の類型は 2 つです。
| 類型 | 特徴 |
|---|---|
| 軍事型社会 | 強制的協働。個人は国家に従属し、中央集権的 |
| 産業型社会 | 自発的協働。契約と自由な交換にもとづき、政府の役割は小さい |
スペンサーは軍事型から産業型への進化を歴史の方向とみて、国家の介入を退ける自由放任の立場をとりました。
試験ではこう問われます。「コントは社会を有機体になぞらえ軍事型から産業型への進化を説いた」という肢はスペンサーの内容をコントに当てたもので誤り。「三段階の法則」はコント、「社会有機体説・軍事型/産業型」はスペンサー、と人名で切り分けます。
2. マルクス ── 唯物史観と階級
まずここだけ
マルクス(ドイツ)は社会学者を名乗ったわけではありませんが、社会を「対立と変動」の面からみる見方の源流として社会学で欠かさず扱われます。中心は唯物史観(史的唯物論)です。
- 社会の土台は生産関係(誰が生産手段をもち、誰が働くか)という下部構造で、法律・政治・思想などの上部構造はそれに規定される
- 生産力が発展すると古い生産関係と矛盾し、階級闘争を通じて社会は次の段階へ移る(原始共同体 → 古代奴隷制 → 封建制 → 資本主義 → 社会主義)
- 資本主義社会は生産手段をもつ資本家(ブルジョアジー)と、労働力を売るしかない労働者(プロレタリアート)の 2 大階級に分かれる
ここまでできれば十分
もう 1 つのキーワードが疎外です。『経済学・哲学草稿』(1844 年)で、資本主義のもとでは労働者が自分の作った生産物・労働そのもの・人間らしさ・他の人間から切り離され、よそよそしいものとして向き合うことになると論じました。
著書は『共産党宣言』(1848 年、エンゲルスと共著)と『資本論』(第 1 巻 1867 年)を押さえます。『資本論』では、労働者が生み出した価値のうち賃金を超える部分(剰余価値)を資本家が取得する仕組みを分析しました。
試験では「マルクスは上部構造が下部構造を規定するとした」と因果を逆にした肢や、「階級対立ではなく分業による連帯が社会を統合する」とデュルケムの主張をはめ込んだ肢が誤答として出ます。
3. デュルケム ── 社会的事実と連帯
まずここだけ
デュルケム(フランス)は、社会学を心理学や哲学から独立した科学にしようとした人です。『社会学的方法の規準』(1895 年)で、社会学の対象は社会的事実であり、「社会的事実を物のように考察せよ」と述べました。社会的事実とは、法・道徳・慣習・宗教のように個人の外にあって、個人に拘束力を及ぼす行為や考え方の様式のことです。社会現象を個人の心理に還元せず、社会的事実で説明する立場を方法論的集合主義と呼び、ウェーバーの方法論的個人主義と対比されます。
ここまでできれば十分
デュルケムは著書ごとに主張が決まっているので、著書と学説を対にして覚えます。
| 著書 | 年 | 中心の学説 |
|---|---|---|
| 『社会分業論』 | 1893 年 | 機械的連帯 → 有機的連帯 |
| 『社会学的方法の規準』 | 1895 年 | 社会的事実を物のように扱う |
| 『自殺論』 | 1897 年 | 自殺の 4 類型・アノミー |
| 『宗教生活の原初形態』 | 1912 年 | 集合表象・聖と俗 |
機械的連帯と有機的連帯(『社会分業論』)
| 機械的連帯 | 有機的連帯 | |
|---|---|---|
| 社会 | 分業の進んでいない伝統社会 | 分業の進んだ近代社会 |
| 結びつき方 | 成員が似ていることによる結合(同質性) | 成員が異なる役割を担い、互いに依存する結合(異質性・相互依存) |
| 法の型 | 抑止的制裁(刑法的) | 復原的制裁(民法・商法的) |
「機械的」という語が近代的に聞こえるので逆に覚えやすい点に注意します。機械的=似た者どうし=伝統社会、有機的=分業=近代社会です。
自殺の 4 類型(『自殺論』)。デュルケムは自殺という個人的に見える現象を、社会統合(集団への結びつき)と社会的規制(規範による制御)の強弱という社会的事実で説明しました。
| 類型 | 原因 | 例 |
|---|---|---|
| 自己本位的自殺 | 社会統合が弱い | 未婚者・プロテスタント(カトリックより自殺率が高い) |
| 集団本位的自殺 | 社会統合が強すぎる | 集団のための自己犠牲(殉死など) |
| アノミー的自殺 | 社会的規制が弱い(無規制) | 急激な好況・不況で欲望の歯止めが失われる |
| 宿命的自殺 | 社会的規制が強すぎる | 過度の抑圧(注で触れられる程度) |
アノミーは「社会の規範が緩み、人々の欲望を制御できなくなった無規制状態」を指すデュルケムの語です。マートンがこれを「文化的目標と制度的手段のずれ」として再定義した話は zy-02・zy-04 で扱います。
もう一歩(発展)
『宗教生活の原初形態』では、オーストラリアの先住民のトーテミズムを手がかりに、宗教の本質は聖と俗の区別にあり、人々が崇拝する「聖なるもの」の正体は社会そのものだと論じました。集団が共有する観念を集合表象と呼び、集合的沸騰(儀礼の興奮)が社会の一体感を作ると考えました。
試験ではこう問われます。「デュルケムは『自殺論』で、社会統合が強い集団ほど自己本位的自殺が増えるとした」は強弱を逆にした肢で誤り。「アノミー的自殺は社会的規制が強すぎる場合に起こる」も逆で、それは宿命的自殺の説明です。
4. ウェーバー ── 理解社会学と合理化
まずここだけ
ウェーバー(ドイツ)は、社会学を「社会的行為を、その主観的な意味を理解することによって説明する科学」と定義しました(理解社会学)。デュルケムが「外から個人を拘束する社会的事実」を出発点にしたのに対し、ウェーバーは個人の行為とその動機を出発点にします(方法論的個人主義)。
行為を、動機の型で 4 つに分けました(社会的行為の 4 類型)。
| 類型 | 動機 | 例 |
|---|---|---|
| 目的合理的行為 | 目的を達成する手段として最も有効なものを選ぶ | 利益を最大にする投資 |
| 価値合理的行為 | 結果にかかわらず、それ自体の価値(信念・義務)のために行う | 信仰・名誉のための行動 |
| 感情的行為 | 感情・気分にもとづく | 怒りにまかせた行動 |
| 伝統的行為 | 身についた習慣にもとづく | 慣習どおりの挨拶 |
ウェーバーは近代化を、社会のあらゆる領域で目的合理的な行為と組織が広がる合理化の過程とみました。その帰結として、呪術や宗教が力を失う脱呪術化、合理化が人間を縛る「鉄の檻」という表現が知られています。
ここまでできれば十分
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904〜05 年)。ウェーバーは、近代資本主義がなぜ西欧で生まれたのかを問い、プロテスタント(特にカルヴァン派)の予定説と世俗内禁欲に注目しました。救われるかどうかは神があらかじめ決めており人間には変えられないという教えのもとで、信者は救いの確信を得ようと職業労働(天職・ベルーフ)に禁欲的に励み、得た利益を浪費せず再投資しました。この態度(エートス)が意図せずして近代資本主義の精神を生んだ、という議論です。マルクスの「経済(下部構造)が思想を決める」に対し、宗教思想が経済行動を方向づける面を示した点で対比されます。
支配の 3 類型(『支配の社会学』・『経済と社会』)。人々が命令に服従する正統性(正当性)の根拠で分けます(zp-01・zq-02 と同じ 3 類型)。
| 類型 | 正当性の根拠 | 例 |
|---|---|---|
| 合法的支配 | 制定された規則の正しさ | 近代国家・官僚制 |
| 伝統的支配 | 昔からの秩序の神聖さ | 家父長制・世襲君主 |
| カリスマ的支配 | 指導者の非日常的な資質 | 預言者・英雄。安定すると「カリスマの日常化」で他の型へ移る |
合法的支配の最も純粋な形が官僚制で、規則にもとづく権限・階統制(ヒエラルヒー)・文書主義・専門的訓練・公私の分離・専任制を特徴とします。ウェーバーは官僚制を最も合理的な組織形態と評価しつつ、その拡大が人間の自由を脅かすことも危惧しました(詳しくは zy-03・zq-02)。
方法論の 2 語もよく問われます。
- 理念型:現実の特徴を一面的に強調して作った思考上の純粋モデル。現実そのものではなく、現実を測る物差し(例:「官僚制」「資本主義の精神」)
- 価値自由:研究者は自分の価値判断と事実の認識を区別し、事実の認識に価値判断を混ぜない。「価値に関心をもたない」という意味ではない(研究テーマの選択には価値関心が働く)
もう一歩(発展)
デュルケムとウェーバーは「社会学の二大古典」として対比で問われます。
| デュルケム | ウェーバー | |
|---|---|---|
| 出発点 | 社会的事実(個人の外にある拘束) | 社会的行為(個人の主観的意味) |
| 方法 | 方法論的集合主義・「物のように」観察 | 方法論的個人主義・理解(動機の解釈) |
| 近代化の見方 | 分業の進展 → 有機的連帯(アノミーの危険) | 合理化 → 官僚制・鉄の檻 |
| 宗教論 | 聖なるものの正体は社会(集合表象) | 宗教倫理が経済行動を方向づける |
試験ではこう問われます。「ウェーバーはを物のように考察すべきだとした」はデュルケムのすり替え。「価値合理的行為とは、目的の達成に最も有効な手段を選ぶ行為である」は目的合理的行為の説明をはめ込んだ肢で誤りです。
5. ジンメル・テンニース・パレート
まずここだけ
ジンメル(ドイツ)は『社会学』(1908 年)で、社会とは実体ではなく、人と人との心的相互作用そのものだと考えました。社会学は相互作用の内容(経済・宗教・政治などの目的)ではなく、形式(支配と服従・競争・分業・秘密・党派形成など)を研究すべきだとする立場を形式社会学と呼びます。相互作用のことを「社会化(Vergesellschaftung)」とも呼びました。
ジンメルの他のキーワードは次のとおりです。
- 社会圏の交錯:近代人は職業・家族・趣味など多くの集団(社会圏)に同時に属し、その交差点に個性が生まれる
- よそ者(異邦人):集団の中にいながら完全には属さない存在(例:中世の商人)。近さと遠さの両方をもち、客観性をもちうる
- 『貨幣の哲学』(1900 年):貨幣が人間関係を計算可能で非人格的なものに変える
ここまでできれば十分
テンニース(ドイツ)は『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(1887 年)で、人間の意志の型に対応する 2 つの社会類型を示しました。
| ゲマインシャフト(共同社会) | ゲゼルシャフト(利益社会) | |
|---|---|---|
| 意志 | 本質意志(自然な感情・習慣) | 選択意志(目的のための計算) |
| 結びつき | 全人格的・感情的な融合 | 部分的・打算的な契約 |
| 例 | 家族・村落・小さな町 | 大都市・企業・国家 |
| 方向 | 歴史はゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ |
「ゲマインシャフト=家族・村」「ゲゼルシャフト=企業・都市」の対応が基本で、これはデュルケムの機械的連帯/有機的連帯、クーリーの第一次集団/第二次集団、マッキーヴァーのコミュニティ/アソシエーション(zy-03)と並べて出題されます。ただしそれぞれの区切り方は同じではない(テンニースは意志の型、デュルケムは分業の程度、クーリーは接触の仕方、マッキーヴァーは包括性)ので、「テンニースは分業の程度で 2 つの連帯を分けた」という肢は誤りです。
パレート(イタリア)は『一般社会学概論』(1916 年)で、社会はつねに少数のエリートが支配するが、そのエリートは固定せず、旧いエリートが衰えて新しいエリートに入れかわり続けるとしました(エリートの周流)。「歴史は貴族の墓場である」という表現で知られます。人間行動の非論理的な部分を残基(本能的な感情の型)、それを合理化する理屈を派生体と呼びました。同じイタリアのモスカ(支配階級論)、ミヘルス(寡頭制の鉄則。zy-03)とあわせて「エリート論」として問われます。
6. よくある間違い
| 間違い | 正しくは |
|---|---|
| 「社会学」の名づけ親はスペンサー | コント(『実証哲学講義』)。スペンサーは社会有機体説・軍事型/産業型 |
| コントの三段階は「軍事的 → 産業的 → 実証的」 | 知識の三段階は神学的 → 形而上学的 → 実証的。社会は軍事的 → 法律的 → 産業的 |
| マルクスは上部構造(思想)が下部構造(経済)を規定するとした | 逆。下部構造(生産関係)が上部構造を規定する |
| 有機的連帯は伝統社会、機械的連帯は近代社会の結合 | 逆。機械的=同質性による結合(伝統社会)、有機的=分業による相互依存(近代社会) |
| 自己本位的自殺は社会統合が強すぎることによる | 弱いことによる。強すぎる場合は集団本位的自殺 |
| アノミー的自殺は社会的規制が強すぎることによる | 弱い(無規制)ことによる。強すぎる場合は宿命的自殺 |
| ウェーバーは社会的事実を物のように扱えとした | デュルケム。ウェーバーは行為の主観的意味を「理解」する |
| 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、資本主義がプロテスタントの倫理を生んだと論じた | 逆。禁欲的な職業倫理(エートス)が意図せず資本主義の精神を生んだ |
| 価値自由とは研究者が価値に関心をもたないこと | 事実の認識と価値判断を区別すること。テーマ選択には価値関心が働く |
| ジンメルは相互作用の内容(経済・宗教)を研究対象とした | 形式(支配・競争・分業など)を研究対象とした(形式社会学) |
| ゲゼルシャフトは本質意志にもとづく | 選択意志。本質意志はゲマインシャフト |
| パレートはエリートは固定して交代しないとした | 交代し続ける(エリートの周流) |
7. 覚え方の型
- 人名は「人名=著書=キーワード 1 つ」の三つ組で覚える:コント=『実証哲学講義』=三段階、スペンサー=『社会学原理』=社会有機体、マルクス=『資本論』=唯物史観、デュルケム=『自殺論』=アノミー、ウェーバー=『プロ倫』=合理化、ジンメル=『社会学』=形式、テンニース=『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』、パレート=エリートの周流
- 対になる 2 語は「どちらが伝統でどちらが近代か」を先に決める:機械的(伝統)/有機的(近代)、ゲマインシャフト(伝統)/ゲゼルシャフト(近代)、軍事型(前)/産業型(後)
- 自殺の 4 類型は「統合の弱・強、規制の弱・強」の 2×2 で書き出す:自己本位(統合弱)・集団本位(統合強)・アノミー(規制弱)・宿命(規制強)
- ウェーバーの「4 と 3」:行為の 4 類型(目的合理・価値合理・感情・伝統)、支配の 3 類型(合法・伝統・カリスマ)
- 誤答の作られ方は「人名のすり替え」「対の中身を逆に」「強弱・因果を逆に」の 3 つ。肢を読んだら、まずどの型か疑う
8. 小テストへ
→ 小テスト(zy-01)
関連する単元
- 前提:zj-10 西洋思想と日本思想・文学と芸術の流れ、zp-01 政治権力と国家(権力の正統性・国家論)
- 次に進む:zy-02 現代の社会学理論、zy-03 社会集団・家族・組織、zy-04 社会階層・逸脱・都市
- 同じ考え方を使う:zq-02 行政組織と官僚制、zx-01 経済学説史と日本経済史
参考資料
- 人事院「国家公務員採用一般職試験(大卒程度試験)受験案内」── 専門試験の出題分野(社会学)
- 標準的な社会学の教科書・辞典(『社会学』有斐閣、『社会学小辞典』有斐閣、『社会学事典』丸善 など)
- 各学説の原典(邦訳):デュルケム『社会分業論』『自殺論』『社会学的方法の規準』、ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』『社会学の根本概念』、ジンメル『社会学』、テンニース『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(いずれも岩波文庫などで刊行)
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koumuin/seiji/zy-01/ / 更新 2026-09-20