地方上級 / 刑法 / zc-01
刑法総論①(罪刑法定主義・構成要件・因果関係・不作為犯)
この単元でできるようになること
- 罪刑法定主義の根拠条文(憲法 31 条・39 条・73 条 6 号)と、そこから導かれる 5 つの派生原則(法律主義・遡及処罰の禁止・類推解釈の禁止・明確性の原則・刑罰法規の適正)を、判例つきで説明できる
- 刑法の場所的適用範囲(属地主義・属人主義・保護主義・世界主義)を条文(1 条〜4 条の 2)と対応づけて言える
- 2025 年 6 月 1 日施行の改正で刑の種類がどう変わったか(拘禁刑への一本化)を説明できる
- 犯罪の成立要件(構成要件該当性・違法性・責任)の順序と、因果関係の考え方(条件関係・相当因果関係・危険の現実化)を、米兵ひき逃げ事件・大阪南港事件・トランク監禁事件の結論つきで区別できる
- 不作為犯で作為義務が認められる根拠(法令・契約・先行行為・排他的支配)と、シャクティパット事件の結論を言える
試験での位置づけ
刑法は地方上級・国家一般職の専門科目の 1 つで、総論(zc-01〜04)と各論(zc-05〜06)から数問ずつ出題されやすい科目です。総論のうちこの単元は、刑法の「入口」にあたる基礎理論と因果関係・不作為犯をまとめています。出題の型は憲法(zh-01〜10)と同じ「5 肢のうち 1 つが妥当」の判例・条文問題が中心ですが、刑法では事例を示して「この場合にどの罪が成立するか/因果関係はあるか」を問う形が多いのが特徴です。判例の事案と結論を「なぜそうなるか」まで含めて押さえると、初めて見る事例でも考え方を当てはめられます。民法(zm-01〜12)と違い、刑法は「疑わしきは罰せず」の側に立って条文を厳格に読む科目だという感覚をまずつかんでください。
1. 罪刑法定主義
まずここだけ
罪刑法定主義とは、「どの行為が犯罪となり、どの刑罰が科されるかは、行為の前にあらかじめ法律で定めておかなければならない」という原則です(「法律なければ犯罪なし、法律なければ刑罰なし」)。憲法には直接「罪刑法定主義」の語はありませんが、次の条文がその根拠とされます。
| 条文 | 内容 | 導かれること |
|---|---|---|
| 憲法 31 条 | 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない | 手続だけでなく、犯罪と刑罰の内容も法律で定めるという法律主義の根拠 |
| 憲法 39 条前段 | 実行の時に適法であった行為については刑事上の責任を問われない | 遡及処罰の禁止(事後法の禁止) |
| 憲法 73 条 6 号ただし書 | 政令には、法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない | 法律の個別具体的な委任があれば、政令・条例などに罰則を置ける |
罪刑法定主義の目的は 2 つあります。1 つは自由保障機能(国民が「何をすれば処罰されるか」を前もって知り、それ以外は自由に行動できる)、もう 1 つは民主主義(処罰の範囲を決めるのは国民の代表である国会)です。
ここまでできれば十分
から導かれる派生原則を、判例とセットで押さえます。
| 派生原則 | 内容 | 試験で問われる形 |
|---|---|---|
| 法律主義(慣習刑法の排除) | 犯罪と刑罰は国会の制定する法律で定める。慣習法を直接の根拠に処罰できない | 条例の罰則は、地方自治法 14 条 3 項が法律で一般的に委任しているので許される(zh-10 の徳島市公安条例事件) |
| 遡及処罰の禁止 | 行為の後に作られた法律で、その行為を処罰したり刑を重くしたりできない | 行為後に刑が軽くなった場合は、刑法 6 条により軽い方(新法)を適用する。判例の変更による不利益は遡及処罰の禁止に反しない(最判平成 8 年 11 月 18 日) |
| 類推解釈の禁止 | 条文にない行為を「似ているから」という理由で処罰するのは許されない | 文言の可能な意味の範囲内で広く読む拡張解釈は許される。両者の線引きが問われる |
| 明確性の原則 | 何が処罰されるかを通常の判断能力をもつ一般人が読み取れない刑罰法規は無効 | 徳島市公安条例事件(最大判昭和 50 年 9 月 10 日)が基準を示した |
| 刑罰法規の内容の適正(実体的デュープロセス) | 処罰する必要のない行為を処罰したり、行為に比べて著しく重い刑を定めたりする法律は 31 条に反する | 刑期をまったく定めない不定期刑の禁止もここに含まれる |
類推解釈と拡張解釈の区別は、判例の具体例で覚えるのが早道です。
- 電気を「財物」として窃盗罪の対象にした判例(大判明治 36 年 5 月 21 日)は、電気も管理可能なものだから財物に含まれるとしました。これは拡張解釈として許されると説明されます。現在は刑法 245 条が「電気は、財物とみなす」と明文で定めています
- ガソリンカー(内燃機関で走る車両)を「汽車」に含めて汽車転覆罪を適用した判例(大判昭和 15 年 8 月 22 日)も、拡張解釈として許容された例として挙げられます
- これに対し、たとえば「他人の犬を殺した」行為を、条文にない「犬の殺害罪」として処罰することはできず、器物損壊罪(261 条)の「損壊」に動物の殺傷が含まれるかを条文の文言から判断します(261 条は「傷害」の語で動物を含めています)
明確性の原則については、徳島市公安条例事件が「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるかどうかの判断を可能ならしめる基準が読み取れるか」という判断基準を示しました。福岡県青少年保護育成条例事件(最大判昭和 60 年 10 月 23 日)は、「淫行」という文言について、青少年を単に自己の性的欲望を満たす対象として扱う性交など、と意味を限定して解釈したうえで、不明確とはいえず合憲としました。
もう一歩(発展)
「試験ではこう問われる」の型を 1 つ。「行為の後に刑を軽くする改正があった場合も、行為時の重い刑で処罰される」という肢は誤りです。遡及処罰の禁止は「不利益な遡及」を禁じるもので、刑法 6 条は「犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる」と定めています。逆に「判例が被告人に不利に変更された場合、遡及処罰の禁止に反する」という肢も誤りで、最高裁は判例変更は法律の変更ではないので 39 条に反しないとしています。
2. 刑法の適用範囲と刑の種類
まずここだけ
刑法がどこで起きた犯罪に適用されるかを場所的適用範囲といい、刑法 1 条〜4 条の 2 が定めています。
| 主義 | 条文 | 内容 |
|---|---|---|
| 属地主義(原則) | 1 条 | 日本国内で罪を犯したすべての者に適用。日本国外にある日本の船舶・航空機内も「国内」と同じ扱い(1 条 2 項) |
| 保護主義 | 2 条 | 日本の国家的・社会的な利益を害する一定の罪(内乱・外患・通貨偽造・公文書偽造など)は、国外で誰が犯しても適用 |
| 属人主義 | 3 条 | 日本国民が国外で犯した一定の重い罪(放火・殺人・傷害・性犯罪・窃盗・強盗・詐欺など)に適用 |
| 消極的属人主義(国民保護) | 3 条の 2 | 日本国民が国外で被害者となった一定の罪(殺人・傷害・性犯罪・略取誘拐・強盗など)は、犯人が外国人でも適用 |
| 公務員の国外犯 | 4 条 | 日本の公務員が国外で犯した職務に関する罪(収賄など)に適用 |
| 世界主義 | 4 条の 2 | 条約により日本国外で犯しても処罰すべきとされている罪(ハイジャックなど)に適用 |
「日本国内」とは、領土・領海・領空です。実行行為の場所と結果の発生場所のどちらかが国内にあれば、国内犯として扱われます(遍在説)。たとえば国外から国内の被害者に毒物を郵送して殺害した場合も国内犯です。
ここまでできれば十分
刑の種類は、2025 年 6 月 1 日に施行された改正刑法で大きく変わりました。それまでの「懲役」(刑務作業が義務)と「禁錮」(作業は義務でない)を廃止し、拘禁刑に一本化したものです。
| 刑 | 内容(2026 年 9 月時点) | 期間・金額(刑法 11 条〜17 条) |
|---|---|---|
| 死刑 | 刑事施設内で絞首して執行 | ── |
| 拘禁刑 | 刑事施設に拘置。改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、または必要な指導を行うことができる(12 条 3 項) | 無期または有期。有期は 1 月以上 20 年以下(加重で 30 年まで) |
| 罰金 | 金銭の納付 | 1 万円以上(減軽で 1 万円未満も可) |
| 拘留 | 刑事施設に拘置 | 1 日以上 30 日未満 |
| 科料 | 金銭の納付 | 千円以上 1 万円未満 |
| 没収 | 犯罪に使った物や犯罪で得た物などの所有権を国に移す | 付加刑(主刑に付けて科す。単独では科せない) |
死刑・拘禁刑・罰金・拘留・科料が主刑、没収が付加刑です(9 条)。改正前の条文や古い問題集では「懲役」「禁錮」の語が残っていますが、現在の条文はすべて「拘禁刑」に置きかわっています。試験では「拘禁刑では作業が義務づけられる」という肢が出たら誤りです(作業を「行わせることができる」で、義務ではありません)。
もう一歩(発展)
刑法は時間的適用範囲も問われます。原則は行為時の法律を適用しますが、上に述べた刑法 6 条により、行為後に刑が軽くなった場合は軽い方を適用します。また刑法 8 条により、刑法総則(1 条〜72 条)は、他の法律(特別刑法・行政刑法)の罪にも、その法律に特別の定めがない限り適用されます。たとえば道路交通法違反にも、正当防衛や故意・過失の規定は適用されます。
3. 犯罪の成立要件と構成要件
まずここだけ
犯罪とは、構成要件に該当し、違法で、有責な行為です。この 3 段階を順に検討するのが刑法の考え方の骨組みで、試験の事例問題もこの順序で解きます。
- 構成要件該当性:行為が、条文に書かれた犯罪の型(たとえば 199 条「人を殺した」)に当てはまるか。この単元と zc-04(未遂・共犯)
- 違法性:当てはまるとしても、正当防衛などの事情(違法性阻却事由)があれば犯罪にならない。zc-02
- 責任:違法な行為でも、故意・過失がない、責任能力がない、などの事情があれば非難できず犯罪にならない。zc-03
構成要件の要素は、実行行為(法益を侵害する現実的な危険をもつ行為)・結果・因果関係(行為と結果のつながり)・行為の主体と客体です。故意・過失も構成要件の要素として扱う見解(通説)と、責任の要素として扱う見解があります。
ここまでできれば十分
犯罪の分類は、5 肢の中に「概念の入れかえ」として出てきます。
| 分類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 結果犯と挙動犯 | 結果の発生が構成要件になっているか(結果犯)、行為だけで成立するか(挙動犯) | 殺人罪は結果犯。住居侵入罪・偽証罪は挙動犯 |
| 侵害犯と危険犯 | 法益の現実の侵害が必要か、危険を生じさせるだけで成立するか | 殺人罪は侵害犯。放火罪は危険犯 |
| 抽象的危険犯と具体的危険犯 | 危険の発生を条文が要求していない(行為があれば危険があると擬制)か、条文が「公共の危険を生じさせた」など具体的な危険の発生を要求するか | 現住建造物等放火罪(108 条)は抽象的危険犯。建造物等以外放火罪(110 条)は具体的危険犯 |
| 即成犯・状態犯・継続犯 | 結果の発生で犯罪が終わる(即成犯)、結果の発生で終わるが違法状態が続く(状態犯)、結果発生後も犯罪自体が続く(継続犯) | 殺人罪は即成犯。窃盗罪は状態犯。監禁罪は継続犯 |
| 身分犯 | 行為者に一定の身分があることが構成要件になっている | 収賄罪(公務員)は真正身分犯。業務上横領罪は不真正身分犯(身分で刑が重くなる)。詳しくは zc-04 の共犯 |
継続犯かどうかは、公訴時効の起算点や共犯の成立時期に関わります。状態犯である窃盗の後に盗品を壊しても、別に器物損壊罪は成立しません(不可罰的事後行為)。
4. 因果関係
まずここだけ
結果犯では、実行行為と結果の間に因果関係がなければ既遂になりません(因果関係がなければ未遂にとどまります)。まず出発点は条件関係で、「その行為がなかったならば、その結果は発生しなかった」(あれなければこれなし)といえるかで判断します。
しかし条件関係だけでは処罰範囲が広くなりすぎます。たとえば A が B を軽く殴り、B が病院に行く途中で交通事故にあって死んだ場合、「殴らなければ病院に行かず、事故にもあわなかった」ので条件関係はありますが、A に傷害致死の責任を負わせるのは行きすぎです。そこで、条件関係を前提に、さらに相当性で絞るのが相当因果関係説です。
| 学説 | 相当性を判断する材料 |
|---|---|
| 主観説 | 行為者が認識・予見していた事情と、認識・予見できた事情 |
| 客観説 | 行為時に存在したすべての事情と、行為後に生じた事情のうち一般人が予見できたもの |
| 折衷説(通説) | 一般人が認識・予見できた事情と、行為者がとくに認識・予見していた事情 |
ここまでできれば十分
最高裁の判例は、かつては相当因果関係説に近い判断をしていましたが、現在は「行為の危険性が結果へと現実化したか」(危険の現実化)という枠組みで判断していると理解されています。事案は「途中に何が割りこんだか」(介在事情)で整理すると覚えやすくなります。
| 判例 | 事案 | 結論と理由 |
|---|---|---|
| 布団蒸し事件 最判昭和 46 年 6 月 17 日 | 被告人が被害者を布団で覆って暴行したところ、被害者にあった重い心臓疾患のため急性心臓死した。被告人は疾患を知らなかった | 因果関係あり。被害者の特殊事情を行為者が知らず、一般人も知りえなくても、因果関係は否定されない |
| 米兵ひき逃げ事件 最決昭和 42 年 10 月 24 日 | 被告人の車が被害者をはねて屋根に乗せたまま走行し、同乗者が被害者を引きずり降ろして路上に落とした。死因が最初の衝突か転落かは不明 | 因果関係なし。同乗者の行為が介在して被害者が転落することは「経験上、普通、予想し得られるところではない」。業務上過失致死罪(当時)は成立せず、業務上過失致傷罪にとどまる |
| 大阪南港事件 最決平成 2 年 11 月 20 日 | 被告人が被害者に激しい暴行を加えて意識を失わせ、港の資材置場に放置した。その後、何者かが被害者の頭部を角材で殴打し、死期がいくらか早まった | 因果関係あり。犯人の暴行によって死因となる傷害が形成された以上、その後に第三者の暴行が加えられて死期が早められたとしても、因果関係は否定されない |
| 夜間潜水事件 最決平成 4 年 12 月 17 日 | ダイビングの指導者が夜間の潜水講習で受講生を見失い、残された補助者の不適切な指示もあって受講生が溺死した | 因果関係あり。指導者が受講生を見失った行為は、それ自体が溺死の危険をもつもので、補助者や受講生の不適切な行動が介在しても因果関係はある |
| 高速道路進入事件 最決平成 15 年 7 月 16 日 | 長時間の激しい暴行を受けた被害者が、逃げるために高速道路に進入し、車にひかれて死亡した | 因果関係あり。被害者の行動は著しく不自然・不相当とはいえず、暴行に起因するものとして因果関係が認められる |
| トランク監禁事件 最決平成 18 年 3 月 27 日 | 被害者を車のトランクに監禁して路上に停車していたところ、後続車が追突し、被害者が死亡した | 因果関係あり。監禁行為と死亡との間に因果関係があり、監禁致死罪が成立する |
見分けのポイントは次のとおりです。
- 行為者の行為がそれ自体で死の危険を作り出していた場合(大阪南港・夜間潜水・トランク監禁)は、後から第三者・被害者の行為が割りこんでも因果関係が肯定されやすい
- 行為者の行為の危険が小さく、介在した第三者の行為が結果の主な原因である場合(米兵ひき逃げ)は否定される
- 被害者自身の行動が介在した場合は、その行動が行為者の暴行から見て「不自然・不相当でない」なら肯定される(高速道路進入)
もう一歩(発展)
試験ではこう問われます。「大阪南港事件で最高裁は、第三者の暴行が介在したことを理由に因果関係を否定した」という肢は結論が逆で誤りです。逆に「米兵ひき逃げ事件で最高裁は、同乗者の行為が介在しても因果関係を肯定し業務上過失致死罪の成立を認めた」も誤りです。判例名と「肯定・否定」の対応、そして「なぜ」(危険を作ったのは誰か)を組にして覚えてください。
なお、行為者が意図していた因果の経路と実際の経路がずれた場合(因果関係の錯誤)の扱いは、zc-03 の錯誤で扱います。
5. 不作為犯
まずここだけ
犯罪は「〜した」という作為だけでなく、「〜しなかった」という不作為によっても成立します。
- 真正不作為犯:条文がはじめから不作為を処罰している。例:不退去罪(130 条後段「要求を受けて退去しなかった」)、保護責任者不保護罪(218 条)、多衆不解散罪(107 条)
- 不真正不作為犯:条文は「人を殺した」のように作為の形で書かれているが、不作為でも成立する場合。例:母親が乳児に食事を与えず餓死させた場合の殺人罪
不真正不作為犯は「しなかった」ことを「した」と同じに扱うので、誰でも処罰されるわけではなく、作為義務(結果の発生を防ぐべき法的義務)がある者(保障人)の不作為に限られます。しかも、作為義務を果たすことが可能で容易であったこと(作為の可能性・容易性)も必要です。
ここまでできれば十分
がどこから生じるかは、伝統的に次の 3 つで説明されます(形式的三分説)。
| 根拠 | 例 |
|---|---|
| 法令 | 親の子に対する監護義務(民法 820 条)、警察官の職務上の義務 |
| 契約・事務管理 | 看護を引き受けた者、ベビーシッター |
| 条理(慣習) | 自分の先行行為で危険を作り出した者、危険な物や場所の管理者、被害者の生命を排他的に支配している者 |
近年の判例は、この形式的な分類だけでなく、「危険を自分で作り出したか(先行行為)」「被害者の生命がその人に依存していたか(排他的支配・引受け)」という実質的な事情を重視しています。
| 判例 | 事案 | 結論 |
|---|---|---|
| シャクティパット事件 最決平成 17 年 7 月 4 日 | 治療と称する行為を行う被告人が、信奉者の求めに応じ、重い病気で入院中の患者を病院から運び出させてホテルに連れてこさせた。生命の危険を認識しながら、医療措置を受けさせずに放置し、患者は死亡した | 不作為による殺人罪(未必の故意)が成立。患者を運び出させた先行行為と、被告人の指示に従うしかない状況(排他的支配)から作為義務を認めた |
| ホテル覚醒剤事件 最決平成元年 12 月 15 日 | 被告人が少女に覚醒剤を注射し、錯乱状態になった少女をホテルに放置して立ち去り、少女は死亡した | 保護責任者遺棄致死罪が成立。ただちに救急医療を要請していれば「十中八九」救命できたので、救命は「合理的な疑いを超える程度に確実」であったとして、不作為と死亡の因果関係を肯定 |
| 不作為による放火(大判大正 7 年 12 月 18 日ほか) | 神棚のろうそくが倒れて火がつきそうなのを見て、火災保険金を得ようと消さずに立ち去った | 不作為による放火罪が成立。火を消す義務と、容易に消せたことが認められた |
ホテル覚醒剤事件は、不作為の因果関係の判断基準を示した判例として重要です。不作為では「行為があったならば」ではなく、「期待された作為をしていたならば、結果を防げたか」で条件関係を判断し、その防止が「合理的な疑いを超える程度に確実」であれば因果関係が認められます。
もう一歩(発展)
試験ではこう問われます。「不真正不作為犯は罪刑法定主義に反するので、判例は認めていない」という肢は誤りです。判例は不作為による放火・殺人・詐欺などを認めています。また「作為義務は法令または契約から生じるものに限られ、先行行為からは生じない」も誤りです。逆に、「道で倒れている見知らぬ人を助けなかった通行人」のように、作為義務のない者の不作為は処罰されません(保護責任者遺棄罪の「保護する責任のある者」にもあたりません)。
6. よくある間違い
| 間違い | 正しくは |
|---|---|
| 罪刑法定主義は憲法に明文で定められている | 明文はなく、31 条・39 条・73 条 6 号などから導かれる |
| 条例で罰則を定めることは法律主義に反する | 地方自治法 14 条 3 項の一般的な委任があり、条例による罰則は許される |
| 行為後に刑が軽くなっても、行為時の法律で処罰される | 刑法 6 条により軽い方を適用する |
| 拡張解釈も類推解釈と同じく禁止される | 禁止されるのは類推解釈。文言の可能な意味の範囲内の拡張解釈は許される |
| 日本国民が国外で犯した罪にはすべて日本の刑法が適用される | 属人主義の対象は 3 条に列挙された罪に限られる |
| 2025 年の改正で懲役と禁錮が「拘禁刑」になり、作業が義務づけられた | 作業は「行わせることができる」で、義務ではない |
| 没収は単独で科すことができる | 没収は付加刑で、主刑に付けてしか科せない |
| 相当因果関係説の折衷説は、行為者が認識していた事情だけを基礎とする | 一般人が認識・予見できた事情と、行為者がとくに認識・予見していた事情の両方 |
| 大阪南港事件は第三者の暴行が介在したので因果関係が否定された | 肯定された。死因となる傷害を犯人の暴行が形成していたため |
| 米兵ひき逃げ事件は因果関係が肯定された | 否定された。同乗者の介在行為は経験上普通予想できない |
| 不作為の因果関係は、期待された作為をしていれば結果を防げた可能性があれば足りる | 「合理的な疑いを超える程度に確実」に防げたことが必要(ホテル覚醒剤事件) |
7. 解き方の型
- 事例問題は、構成要件該当性 → 違法性 → 責任の順に検討する。この単元では主に構成要件(実行行為・結果・因果関係)を見る
- 因果関係は、まず条件関係(あれなければこれなし)を確認し、次に「行為者の行為がそれ自体で結果の危険を作ったか」「介在事情は行為から見て異常か」で危険の現実化を判断する
- 判例問題は、判例名 → 「肯定・否定」→ 理由の順に思い出す。否定例は米兵ひき逃げ事件だけ、と覚えておくと選択肢を切りやすい
- 不作為犯は、作為義務の根拠(法令・契約・先行行為・排他的支配)と作為の可能性の 2 つを確認する。見知らぬ通行人には作為義務がない
- 罪刑法定主義の肢は、「遡及処罰の禁止は不利益な方向だけ」「類推は禁止・拡張は許容」「条例の罰則は可」の 3 点で切る
- 刑の種類は 2025 年 6 月 1 日以降の条文()で答える。「懲役」「禁錮」と書かれた肢は現行法では誤り
8. 小テストへ
→ 小テスト(zc-01)
関連する単元
- 前提:zh-01 憲法総論と人権総論、zh-05 経済的自由と人身の自由(31 条の適正手続)、kk-02 民主政治の原理と日本国憲法(高校公共)
- 次に進む:zc-02 刑法総論②(違法性阻却)、zc-03 刑法総論③(責任)、zc-04 刑法総論④(未遂・共犯・罪数)
- 同じ考え方を使う:zh-10 財政・地方自治・憲法改正(条例と罰則)、zc-05 刑法各論①、zc-06 刑法各論②
参考資料
- 刑法(e-Gov 法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/ )── 1 条〜4 条の 2・6 条・8 条・9 条〜17 条・107 条・108 条・110 条・130 条・199 条・218 条・245 条・261 条。2025 年 6 月 1 日施行の拘禁刑への改正を反映
- 日本国憲法 31 条・39 条・73 条 6 号、地方自治法 14 条 3 項(e-Gov 法令検索)
- 最高裁判所「裁判例検索」── 米兵ひき逃げ事件・大阪南港事件・夜間潜水事件・高速道路進入事件・トランク監禁事件・シャクティパット事件・ホテル覚醒剤事件・福岡県青少年保護育成条例事件
- 人事院「国家公務員採用一般職試験(大卒程度試験)受験案内」── 専門試験の出題分野(刑法)
- 山口厚『刑法総論』(有斐閣)、佐伯仁志ほか編『刑法判例百選Ⅰ 総論』(有斐閣)
受験のしらべ / https://juken-shirabe.com/koumuin/horitsu/zc-01/ / 更新 2026-09-19