勉強法
漢字の覚え方 ── 書いて覚える・見て覚える・空書(くうしょ)
一言で
手で書くことは、字の形を見分ける力を育てます。ただ手本を見ながら何度も写すだけでは、漢字の記憶はあまり伸びないという日本の実験があります。 伸びるのは手本を隠して、思い出して書くことです。指で空中や手のひらに書く「空書(くうしょ)」は、日本人が自然に使っている思い出すための道具です。
今日からやること
- 「10 回書き」を「見て 1 回 → 隠して 1 回 → 答え合わせ」に変える。1 日 10 語なら 10 分で終わります。書けなかった字だけ、もう 1 周します
- 書けない字は、知っている部品に分けて唱える。「親」なら「立・木・見」のように言いながら書きます。筆順を唱えるより部品で区切ります
- 翌日と 3 日後に、読みだけを見て書く。ひらがなの問題を作っておき、通学電車では指で手のひらに書いて(空書)確かめます
何が分かっているか
空書(くうしょ)── 指で書いて思い出す
佐々木・渡辺(1983) ── 日本の研究です。女子短大生 105 名に、漢字の部品を組み合わせて字を作る課題を解いてもらいました。 するとほぼ全員に、指で字を書くような動き(空書)が出ました。 空書には、机や手のひらなど書く面があるタイプと、体の前の空中に書くタイプがありました。 空書を許す条件と禁止する条件を比べると、書く面がある空書は正答を高めました。空中の空書は、部品を目で見せたときだけ正答を高めました。
佐々木(1984) ── 7〜12 歳の子ども 447 名で、同じ課題を調べた研究です。空書をした子の割合は 7 歳 11.8%・9 歳 22.2%・10 歳 56.7%・12 歳 66.7% でした。 9 歳から 10 歳にかけて大きく増える、という結果です。 いちばん正答が多かったのは紙の上で書く条件でした。11・12 歳では、空書だけの群や空書を禁止された群より有意に多く正答しています。
佐々木・渡辺(1984) ── 漢字を使う国と使わない国の留学生を比べました。中国語を母語とする 21 名は全員が空書をし、日本人と同じく正答を高めました。 英単語の課題で空書が出たのは、ほぼ日本人(83 名)に限られました。漢字を使わない国の留学生(23 名)では、空書を求めるとむしろ邪魔になりました。 空書は漢字を学んできた経験と結びついた習慣だと考えられています。
Itaguchi, Yamada & Fukuzawa(2015) ── 日本の研究者による実験です。課題中に「空書をする」「関係ない指の動きをする」「何もしない」の 3 条件を比べました。 空書は課題の成績を高め、関係ない指の動きは成績を下げました(数字は要旨に無いので書きません)。
くり返し書くこと(書き取り)の研究
Naka & Naoi(1995) ── 日本の研究者が、「くり返し書いて覚える」方略を調べた実験です。 くり返し書くと図形の記憶は高まりましたが、漢字・単語・音節の記憶は高まりませんでした。日本人とアメリカ人のどちらでも同じでした。 くり返し書く効果は、書いて答えるテストでは出て、選んで答えるテストでは出ませんでした(数字は要旨に無いので書きません)。
加地(2012) ── 日本の大学生 47 名の実験です。知らない漢字 12 字(JIS 第 4 水準のめずらしい字)の形と意味を覚えてもらいました。「書いて覚える」と「見て覚える」を比べています。 形や意味をそのまま思い出すテストでは、差がありませんでした。 一方、形を見て意味を答える・意味を見て形を書くテストでは、見て覚えたほうが有意に高い結果でした。書く動作が、かえって邪魔をする場合があると著者はまとめています。
西川(1986) ── 小学 5 年生が、まだ習っていない 12 画の漢字 12 字を覚えた実験です。3 つの覚え方を比べました。 手本をただ写す方法、筆順を唱えながら写す方法、知っている字(部品)に分けて唱えながら写す方法です。 部品で唱えた群は、ほかの 2 群より正確に書けた字が多くなりました。1 週間あけても、この群だけは記憶が下がりませんでした(% は要旨に無いので書きません)。 もともと書く力が低めの子にとっても、学びやすい方法でした。
手で書くこと と キーボード
Longcamp, Zerbato-Poudou & Velay(2005) ── フランスの 3〜5 歳の子どもの実験です。38 人ずつの 2 群が、3 週間アルファベットを練習しました。手で書く群とキーボードで打つ群です。 年長の子では、手で書いた群のほうが文字を正しく見分けられました。
Longcamp ら(2008) ── 大人が新しい文字を、手書きかキーボードで覚えた実験です。 手で書いて覚えた文字のほうが、正しい向きか鏡文字かを見分ける力が強く、その差は数週間続きました。
Tan ら(2005) ── 中国の子どもで、漢字を読む力が何と関係するかを調べました。 読む力は書く力と強く関係し、音を聞き分ける力との関係は弱いという結果です(相関の数値は要旨に無いので書きません)。 著者らは、書くことで字の形の知識と手の動きの記憶ができるからだと考えています。
思い出して書くこと
Kang(2010) ── 中国語を学んだことのない英語話者が、英単語と漢字の組を覚えた実験です。 覚えたあと「2 回見直す」群と、「頭の中で漢字を 2 回思い出す(そのあと正解を見る)」群を比べました。かけた時間は同じです。 10 分後でも 24 時間後でも、思い出した群のほうが漢字を正確に書けました。 しかも参加者は、思い出すほうが良かったことに気づいていませんでした。
これは英単語や文章で確かめられてきたテスト効果と同じです。Rowland(2014)のメタ分析でも、自分で書いて思い出す形のほうが、選んで答える形より効果が大きい結果でした。
日本の中高生の勉強にあてはめると
研究をつなぐと、漢字の練習は次の 3 つに分けられます。
- 形を見分ける:手で書くことが役立つ(Longcamp ら・Tan ら)
- 形を思い出す:手本を隠して思い出すことが役立つ(Kang)。ただ写すだけでは伸びにくい(Naka & Naoi・加地)
- 形を組み立てる:知っている部品に分けて唱える(西川)。迷ったら空書で組み立てる(佐々木ら)
漢字練習ノート・書き取りの宿題
「1 字 1 行うめる」宿題は、多くの学校で出ます。同じ 1 行でも、やり方を変えられます。
- 1 マス目だけ手本を見て、部品を唱えながら書く
- 手本を手で隠して、2 マス目を書く
- 答え合わせをして、合っていれば次の字へ。間違えたら 1 に戻る
残りのマスも、手本を隠したまま書きます。同じ 1 行でも、写す練習が思い出す練習に変わります。
高校入試の読み・書き
高校入試の国語では、漢字の読みと書き取りが出るのが一般的です。書き取りは手で書くので、とめ・はね・はらいまで見られることがあります(漢字の読み書き)。 部活のあとの 10 分で、読みのひらがなだけを見て 10 語を書き、赤ペンで答え合わせをします。熟語の組み立ては熟語の構成・四字熟語で、部品で覚える練習と相性がよい単元です。
漢検
漢検の書き取りも、手で正しく書けるかが問われます。過去問や問題集は、まず答えを隠して書いてから見ます。書けなかった字だけを集めた「書けない字リスト」を作り、3 日後・1 週間後に同じリストで思い出します。
共通テストの漢字問題
共通テスト国語の漢字は、「傍線部のカタカナと同じ漢字を使う語」を選ぶ形です(評論頻出語彙と漢字)。選ぶ形でも、選択肢のカタカナを頭の中で漢字に直す必要があります。 ここで役立つのが空書です。迷った選択肢は、指で机に書いて部品を確かめます。佐々木・渡辺(1983)では、書く面のある空書がいちばん正答を高めていました。 練習では、選択肢を全部漢字で書き出してから選ぶと、Rowland(2014)の「書いて思い出す形」になります。
通学電車・スキマ時間
ノートを広げられない電車では、指で手のひらや膝に書くだけでも、思い出す練習になります。 読みを見て → 指で書く → 答えを見る、の順です。書けなかった字は、家で紙に書き直します。
よくある誤解
「たくさん書けば覚える」 Naka & Naoi(1995)では、くり返し書いても漢字の記憶は高まりませんでした。加地(2012)では、見て覚えるほうが上のテストもありました。回数より、隠して思い出すかどうかが分かれ目です。
「それなら、書かずに見るだけでいい」 そうとも言えません。Longcamp ら(2005・2008)では、手で書くと字の形を見分ける力が育ちました。Naka & Naoi(1995)でも、書く練習は書いて答えるテストで有利でした。入試の書き取りは手で書くので、手で書く練習は要ります。違いは「写す」か「思い出して書く」かです。
「空書は子どもっぽいクセ」 佐々木(1984)では、空書は年齢とともに増え、大人では佐々木・渡辺(1983)のとおりほぼ全員に出ました。字を組み立てるときに使う、ふつうの思い出し方です。ただ紙の上で書くほうが正答が多かったので、紙があれば紙に書きます。
「共通テストは選ぶ形だから、漢字を書く練習はいらない」 選ぶためには、選択肢を頭の中で漢字に直せる必要があります。書いて思い出す練習は、選ぶ問題の土台にもなります。
このサイトでの使い方
このサイトの国語の小テストは、書き取りも選ぶ形にしています。本番の書き取りに備えるには、紙で書く練習を別に足してください。
- 漢字の読み書き の解説を読んだら閉じて、小テストを解く
- 間違えた語は、紙に「見て 1 回 → 隠して 1 回」で書く
- 3 日後・1 週間後に「前に間違えた型をやり直す」から解き直し、正解した語も紙に 1 回書く(間隔反復)
- 高校生は 評論頻出語彙と漢字 で、選択肢を全部漢字に直してから選ぶ
語の意味が分からないと、形を覚えても使えません。意味の確かめ方は国語の勉強法にまとめています。
注意点
- 空書の研究(佐々木ら)は、漢字の部品を組み合わせる課題を解く場面での結果です。空書で漢字を「覚える」効果を、中高生で直接比べたものではありません
- Naka & Naoi(1995)と加地(2012)は大学生の実験室での結果です。加地は知らない難しい漢字を短時間で覚える場面でした
- 西川(1986)は 1980 年代の小学 5 年生の実験です
- Longcamp らの対象はアルファベットや新しい記号です。Tan らは中国の子ども、Kang は中国語を知らない英語話者が対象です
- 日本の中高生が常用漢字の書き取りを覚える場面で、写す練習と思い出す練習を比べた研究は、このページではまだ引けていません
引いた論文
番号は docs/参考文献ログ.md(#10)と docs/参考文献ログ_追加_覚え方.md(#161〜)の #。すべて DOI を開いて書誌と要旨を確認しています。
- #169 佐々木正人・渡辺章 (1983). 「空書」行動の出現と機能 ── 表象の運動感覚的な成分について. 教育心理学研究, 31(4), 273–282. https://doi.org/10.5926/jjep1953.31.4_273
- #170 佐々木正人 (1984). 「空書」行動の発達 ── その出現年齢と機能の分化. 教育心理学研究, 32(1), 34–43. https://doi.org/10.5926/jjep1953.32.1_34
- #171 佐々木正人・渡辺章 (1984). 「空書」行動の文化的起源 ── 漢字圏・非漢字圏との比較. 教育心理学研究, 32(3), 182–190. https://doi.org/10.5926/jjep1953.32.3_182
- #172 Itaguchi, Y., Yamada, C., & Fukuzawa, K. (2015). Writing in the air: Contributions of finger movement to cognitive processing. PLOS ONE, 10(6), e0128419. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0128419
- #173 Naka, M., & Naoi, H. (1995). The effect of repeated writing on memory. Memory & Cognition, 23(2), 201–212. https://doi.org/10.3758/BF03197222
- #174 加地雄一 (2012). 未知漢字の記憶における書字動作の効果. 日本教育工学会論文誌, 36(Suppl.), 1–4. https://doi.org/10.15077/jjet.KJ00008609762
- #175 西川和夫 (1986). 漢字書字学習における熟知情報利用の効果. 日本教育工学雑誌, 10(4), 35–40. https://doi.org/10.15077/jmet.10.4_35
- #176 Longcamp, M., Zerbato-Poudou, M.-T., & Velay, J.-L. (2005). The influence of writing practice on letter recognition in preschool children: A comparison between handwriting and typing. Acta Psychologica, 119(1), 67–79. https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2004.10.019
- #177 Longcamp, M., Boucard, C., Gilhodes, J.-C., Anton, J.-L., Roth, M., Nazarian, B., & Velay, J.-L. (2008). Learning through hand- or typewriting influences visual recognition of new graphic shapes: Behavioral and functional imaging evidence. Journal of Cognitive Neuroscience, 20(5), 802–815. https://doi.org/10.1162/jocn.2008.20504
- #179 Tan, L. H., Spinks, J. A., Eden, G. F., Perfetti, C. A., & Siok, W. T. (2005). Reading depends on writing, in Chinese. Proceedings of the National Academy of Sciences, 102(24), 8781–8785. https://doi.org/10.1073/pnas.0503523102
- #178 Kang, S. H. K. (2010). Enhancing visuospatial learning: The benefit of retrieval practice. Memory & Cognition, 38(8), 1009–1017. https://doi.org/10.3758/MC.38.8.1009
- #10 Rowland, C. A. (2014). The effect of testing versus restudy on retention: A meta-analytic review of the testing effect. Psychological Bulletin, 140, 1432–1463. https://doi.org/10.1037/a0037559