勉強法
ご褒美とやる気 ── 「〇点取ったら買ってあげる」は続くのか
一言で
ご褒美には 2 つの顔があります。すぐ渡すご褒美は、その場の頑張りを引き出すことがある。一方で、もとは自分からやっていたことを、ご褒美のための作業に変えてしまうことがある。この 2 つです。 学校でお金のご褒美を試した大きな実験では、成績への影響ははっきりしませんでした。 ご褒美を使うなら、遠い結果に約束するより「その日」のうちに小さく渡す。点を見たら、何ができたかを言葉で伝える。研究から考えられるのはこの使い方です【推論】。
今日からやること
- (本人)ご褒美を使うなら、その日のうちに小さく。例えば「英単語の小テストを解き終えたら、その場で好きな飲み物」。月末や模試の結果まで待つ約束にしない
- (保護者)点数を見たら、品物より先に「何ができたか」を言葉にする。「計算問題が全部合っていたね」のように、答案の中の具体的なところを 1 つ言う
- (本人)「この科目をやる理由」を自分の言葉で 1 行書く。「看護師になりたいから生物は外せない」「英語は共通テストで 200 点分ある」など。ノートの表紙の裏に書いておく
3 つとも、下の研究から考えた工夫です。この手順そのものを実験で確かめたわけではありません。1 は Levitt ら(2016)の「あとで渡すと影響が消えた」がもとです。2 は Deci ら(1999)のほめ言葉の結果です。3 は西村ら(2011)をもとにしています。 ただし Deci ら(1999)では、「やったら渡す」ご褒美も自分から続ける行動を下げていました。点でなく行動に出せば心配ない、というわけではありません。
何が分かっているか
用語を先に
- 内発的動機づけ:おもしろいから、知りたいからやる気持ち
- 外的報酬:お金・品物・ポイントなど、外から与えるご褒美
- 自己決定理論:やる気を「自分で決めている度合い」で分けて考える理論です。Ryan & Deci(2000)は、人には 3 つの心の欲求があるとまとめています。できるという感覚(有能感)・自分で決めている感覚(自律性)・人とのつながり(関係性)の 3 つです。これが満たされるとやる気と心の健康が高まり、さまたげられると下がる、という考え方です
日本の中学生を対象にした研究
西村・河村・櫻井(2011) ── 中学生の学習のやる気を、自己決定理論にもとづく尺度で測った研究です。比べたのは 2 種類のやる気です。
- 内発的なやる気(おもしろいから勉強する)
- 同一化的なやる気(自分にとって大事だと思うから勉強する)
結果は、次の仮説を支持しました。同一化的なやる気は、勉強のしかたを点検する工夫(メタ認知的方略)を通して成績を予測する。内発的なやる気は、成績を予測しないという仮説も支持されています。人数は要旨に無いので書きません。
西村・櫻井(2013) ── 中学生 442 人の調査です。自分で価値を認めてやる「自律的」なやる気と、ご褒美や叱られることのためにやる「統制的」なやる気を測りました。 自律的なやる気が高いほど、成績や学習への適応がよいという関係が、おおむね出ました。いちばん適応がよかったのは、自律的なやる気が高く、統制的なやる気が低い生徒でした。関係を見た調査なので、どちらが原因かは分かりません。
日本の中高生に「ご褒美あり/なし」を割り当てて、成績まで比べた実験は、このページではまだ引けていません。
ご褒美は「自分からやる気持ち」を下げるのか
Deci, Koestner & Ryan(1999) ── 128 の実験をまとめたメタ分析(多くの実験結果を合算する研究)です。ご褒美のあと、自由時間にも自分からその課題を続けるかで、内発的動機づけを測りました。
- 次の 3 種類のご褒美は、どれも自由時間に続ける行動を下げた。「やったら渡す」(d = −0.40)・「やり終えたら渡す」(d = −0.36)・「出来に応じて渡す」(d = −0.28)
- 品物などの形あるご褒美と、前もって約束したご褒美も、全体として下げた
- 一方、前向きな言葉のフィードバックは 2 つとも上げた。自由時間に続ける行動(d = 0.33)と「おもしろい」という自己評価(d = 0.31)です
- 形あるご褒美のマイナスは、大学生より子どものほうが大きい傾向だった
- 言葉のご褒美のプラスは、大学生より子どものほうが小さい傾向だった
d は差の大きさを表す数で、マイナスは下がる向きです。「〇点取ったら買う」は、3 つ目の「出来に応じて渡す」ご褒美にあたります。
Cameron & Pierce(1994) ── 同じテーマで、96 の実験をまとめた別のメタ分析です。こちらの結論は全体としてご褒美は内発的動機づけを下げないでした。ほめ言葉は上げる、としています。 マイナスが出たのは、形あるご褒美を、課題をやっただけで渡すと前もって約束した場合だけでした。それも、ご褒美をやめたあとに課題に使う時間が少し減る程度だった、としています。 Deci らは、以前のメタ分析と方法・分析・結果がどうちがうかを論文の中で説明しています。Cerasoli ら(2014)によると、この論争は 40 年以上続き、メタ分析も 9 本出ています。
Murayama ら(2010) ── 脳の活動を測る装置(fMRI)を使った実験です。出来に応じてお金を渡すと、自分から課題に取り組む回数で測ったやる気が下がりました。そのとき、やる気や価値に関わる脳の部分(線条体の前のほうと前頭前野)の活動も下がっていました。対象の人数と国籍は要旨に無いので書きません。
やる気とご褒美は、どちらが成果を左右するか
Cerasoli, Nicklin & Ford(2014) ── 40 年分の研究をまとめたメタ分析です。学校・仕事・運動の場面で、183 の研究データ(212,468 人)を合わせました。
- 内発的動機づけは、成果を中くらいから強く予測した(ρ = .21〜.45。ρ は関係の強さで、1 に近いほど強い)
- この関係は、ご褒美があってもなくても残った
- ご褒美が成果に直接結びついているときほど、内発的動機づけの重みは小さくなった
- 内発的動機づけは仕事の質を、ご褒美は量をよりよく予測した
著者は、ご褒美と内発的動機づけは必ずしもぶつかり合うものではなく、両方を一緒に考えるべきだとまとめています。
学校でお金のご褒美を試した実験
Fryer(2011) ── アメリカの 3 都市・200 校を超える学校で、くじで分けて試した実験です。都市ごとにご褒美の渡し方を変えています。
- ダラス:本を読んだらお金
- ニューヨーク:途中のテストの点に応じてお金
- シカゴ:授業の成績に応じてお金
成績への影響は、どの都市でも統計的にゼロと推定されました。ただし調べた規模では検出力が足りず、費用に見合う程度の差を見落とした可能性は残る、と著者は書いています。統計的に有意な差が出たのは、ダラスの英語を話す生徒だけでした。
Levitt, List, Neckermann & Sadoff(2016) ── 成績に関係しないテストで試した実験です。本人にとって損得のないテストで、点に応じたご褒美を出しました。
- ご褒美をその場ですぐ渡すと、テストの点に大きな影響が出た
- 「失うかもしれない」という損の形で示したご褒美のほうが、上回る兆しもあった
- 年少の生徒では、お金でないご褒美のほうが費用のわりに有利だった。年長の生徒ではそうではなかった
- ご褒美をあとで渡すと、影響はすべて消えた
Angrist & Lavy(2009) ── イスラエルの高校で、大学進学に必要な卒業資格試験の合格にお金を出した実験です。対象は成績が低めの生徒で、学校ごとにくじで分けました。 合格率が大きく上がったのは女子だけで、男子には影響がありませんでした。女子では大学への進学も増えています。女子が試験の準備に使う時間を増やしたことが、理由の 1 つでした。
日本の中高生の勉強にあてはめると
「次の定期テストで 80 点ならゲーム」 ── 出来に応じたご褒美です。Deci ら(1999)では、この形でも自由時間に自分から続ける行動は下がりました(d = −0.28)。Cameron & Pierce(1994)はマイナスを認めていません。結論は分かれています。 1 つの研究ですが、はっきり出ているのは Levitt ら(2016)のあとで渡すご褒美は影響が消えたという結果です。2 週間後のテストの結果に品物を約束するのは、この「あとで渡す」にあたります【推論】。
「合格したらスマホ」 ── 受験の結果は半年〜1 年先です。Levitt らの結果から考えると、毎日の勉強を支える力は弱いと考えられます【推論】。約束するなら、それとは別に毎日の小さな区切りを作ります。たとえば「過去問 1 年分を解いて、間違えた問題を解き直したら、その日は 30 分好きなことをする」です。スマホの時間の決め方は スマホと勉強 も見てください。
保護者がご褒美を約束するとき ── 3 つのことを最初に決めておくと、あとでもめにくくなります【推論】。
- 何にご褒美を出すか(点か、毎日の行動か)
- いつ渡すか(その日か、結果が出てからか)
- いつまで続けるか(例えば「この学期の終わりまで」)
Deci ら(1999)では、形あるご褒美のマイナスは子どものほうが大きい傾向でした。中学生ほど、品物を約束する前に一度考えたいところです。宿題へのかかわり方全体は 保護者のかかわり方 にまとめました。
点を見たときの声かけ ── 言葉のフィードバックは、2 つのメタ分析がそろってプラスとした点です。結論の分かれる Deci ら(1999)と Cameron & Pierce(1994)が、同じ向きを示しました。「頭がいいね」より、答案のどこができたかを具体的に言います。ほめ方の研究と追試は やる気と「頭は伸びる」という考え方 にあります。
塾のポイント・表彰 ── 出席や宿題の提出でポイントがたまる仕組みは、「やったら渡す」ご褒美です。Cerasoli ら(2014)では、ご褒美は量(何ページやったか)を、内発的動機づけは質をよりよく予測しました【推論】。ポイントで机に向かう回数が増えたら、その時間の中身は「閉じて思い出す」練習にします(テスト効果)。
「将来のため」は遠すぎる? ── 西村ら(2011)の中学生では、成績を予測したのは「おもしろいから」より「自分にとって大事だから」のやる気でした。おもしろくない科目でも、自分にとっての理由は作れます。「この単元は共通テストで何点分か」を 共通テストの配点 で調べて書くのも、理由の 1 つになります【推論】。
ご褒美をやめるとき ── Cameron & Pierce(1994)でマイナスが出たのは、ご褒美をやめたあとの時間でした。始めるときに「いつまで」を決めておくと、やめるときに「取り上げられた」と感じにくくなります【推論】。やめたあとも、言葉の声かけは続けます。言葉のフィードバックは、2 つのメタ分析のどちらでもプラスでした。
公務員試験を受ける社会人 ── 自分で自分にご褒美を決める人も多いはずです。自分へのご褒美そのものを比べた研究は、このページでは引けていません。Levitt らの結果から考えると、遠い合格よりその日の区切りに小さく置くほうがよさそうです。毎日の行動とつながりやすいと考えられます【推論】。
よくある誤解
「ご褒美を使うと、やる気がなくなることが証明されている」 そうとまでは言えません。Deci ら(1999)は下がるとし、Cameron & Pierce(1994)は全体としては下がらないとしました。研究者の間でも結論が分かれています。Cerasoli ら(2014)は、ご褒美とやる気は必ずしもぶつかり合わないとまとめています。
「お金をあげれば、成績は上がる」 Fryer(2011)の 3 都市の実験では、成績への影響は統計的にゼロでした。Angrist & Lavy(2009)では女子だけに差が出ています。Levitt ら(2016)で動いたのは、ご褒美をすぐ渡したテスト当日の点です。学力そのものが伸びたかは、別の問題です。
「ほめるのも、ご褒美だから同じこと」 2 つのメタ分析は、どちらも言葉のフィードバックやほめ言葉にプラスの結果でした。マイナスが出やすいのは、形があって前もって約束したご褒美です。
「好きでやっている子なら、ご褒美をあげても変わらない」 Deci ら(1999)や Murayama ら(2010)は、自分から取り組む行動がご褒美で減るかを見た研究です。そこで下がる結果が出ています。好きでやっていることほど、ご褒美で「作業」に変わらないか気をつけたいところです【推論】。
このサイトでの使い方
- ご褒美の区切りを小テストにする。単元の小テスト(基礎 10 問)を解き終えた日を「1 回」と数えます。点ではなく回数で区切ると、その日のうちに区切りがつきます
- 点ではなく「やり直せた型」を数える。「前に間違えた型をやり直す」で解けた型の数を、日付と一緒に書きます。保護者は点より、この数を見て声をかけます
- やる理由を調べる。その科目が何点分かを確かめます。高校入試は 内申点のしくみ、大学受験は 共通テストの配点、公務員試験は 出題科目と配点 です
例:二次方程式 の小テストを解き終えた日は、その日のうちに好きなおやつ、と決めます。点が 6/10 でも 9/10 でも「解いた日」を数えます。
注意点
- ご褒美と内発的動機づけの実験の多くは、実験室の短い課題です。何か月も続く受験勉強で同じことが起きるかは、別に考える必要があります
- お金のご褒美の大きな実験(Fryer・Levitt ら・Angrist & Lavy)は、アメリカとイスラエルの学校です。日本の家庭のご褒美とは、金額も渡し方もちがいます
- 西村らの 2 つの研究は、中学生に質問紙で聞いた調査で、くじで分けた実験ではありません。やる気の種類が成績の原因だとまでは言えません
- ご褒美の約束は、家庭ごとの考え方で決めることです。このページは「やめるべき」とも「使うべき」とも言いません。使うなら形を選ぶ、という整理です
引いた論文
番号は班別ファイル docs/参考文献ログ_追加_本番2.md の #。DOI を開いて書誌を確認し、要旨(J-STAGE・OpenAlex・CrossRef・PubMed)で内容を確かめています。
- #389 西村多久磨・河村茂雄・櫻井茂男 (2011). 自律的な学習動機づけとメタ認知的方略が学業成績を予測するプロセス ── 内発的な学習動機づけは学業成績を予測することができるのか? 教育心理学研究, 59, 77–87. https://doi.org/10.5926/jjep.59.77
- #390 西村多久磨・櫻井茂男 (2013). 中学生における自律的学習動機づけと学業適応との関連. 心理学研究, 84, 365–375. https://doi.org/10.4992/jjpsy.84.365
- #388 Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55, 68–78. https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68
- #381 Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin, 125, 627–668. https://doi.org/10.1037/0033-2909.125.6.627
- #382 Cameron, J., & Pierce, W. D. (1994). Reinforcement, reward, and intrinsic motivation: A meta-analysis. Review of Educational Research, 64, 363–423. https://doi.org/10.3102/00346543064003363
- #384 Murayama, K., Matsumoto, M., Izuma, K., & Matsumoto, K. (2010). Neural basis of the undermining effect of monetary reward on intrinsic motivation. Proceedings of the National Academy of Sciences, 107, 20911–20916. https://doi.org/10.1073/pnas.1013305107
- #383 Cerasoli, C. P., Nicklin, J. M., & Ford, M. T. (2014). Intrinsic motivation and extrinsic incentives jointly predict performance: A 40-year meta-analysis. Psychological Bulletin, 140, 980–1008. https://doi.org/10.1037/a0035661
- #385 Fryer, R. G., Jr. (2011). Financial incentives and student achievement: Evidence from randomized trials. The Quarterly Journal of Economics, 126, 1755–1798. https://doi.org/10.1093/qje/qjr045
- #386 Levitt, S. D., List, J. A., Neckermann, S., & Sadoff, S. (2016). The behavioralist goes to school: Leveraging behavioral economics to improve educational performance. American Economic Journal: Economic Policy, 8, 183–219. https://doi.org/10.1257/pol.20130358
- #387 Angrist, J., & Lavy, V. (2009). The effects of high stakes high school achievement awards: Evidence from a randomized trial. American Economic Review, 99, 1384–1414. https://doi.org/10.1257/aer.99.4.1384