勉強法
運動と勉強 ── 部活をやめた時間が、そのまま点になるとは限らない
一言で
運動の時間を削って勉強に回しても、その分がそのまま点数になるとは限りません。 体を動かす時間を増やした実験では、勉強の成績が下がった例は目立たず、算数・数学で小さな差が出たまとめがあります。 ただし差は小さく、研究の多くは小学生が対象です。「運動すれば頭がよくなる」とまでは言えません。運動は「やめるか続けるか」ではなく、量と時間帯を決めるものと考えます。
今日からやること
- 部活を引退しても、週 3 回・20〜30 分は体を動かす予定を残す。早歩きの散歩や自転車でもかまいません
- 覚える勉強は、体を動かす数時間前に置く。例えば、帰宅後に英単語を覚え、夕食前に 20 分歩く
- 部活でくたくたの日は、新しい範囲に進まない。その日の授業の小テストを 1 回解いて、いつもの時刻に寝る
3 つとも、研究で直接確かめた手順ではありません。下の研究から考えた段取りです。1 の「20 分」は Hillman ら(2009)の実験の長さです。2 は van Dongen ら(2016)の結果からの推論です。
何が分かっているか
日本の中学生を対象にした研究
笹山ら(2014) ── 中学 2 年生 627 人の調査です。運動部・文化部・どこにも入っていない生徒で、5 教科の評定(5 段階)の合計を比べました。
- 男子:運動部 16.9、どこにも入っていない 14.1(25 点満点)
- 女子:運動部 18.0、文化部 19.0、どこにも入っていない 16.3
- 1 週間の運動時間と 5 教科の評定の間に、弱い正の相関(男子 0.182、女子 0.125)
同じ時点で聞いた調査なので、部活が成績を伸ばしたのか、成績のよい子が部活を続けているのかは区別できません。
Morita ら(2016) ── 日本の 12〜13 歳 315 人の調査です。体力テスト 8 種目の合計点と、8 教科の評定の合計の関係を調べました。 母親の学歴・世帯収入・塾・ゲームやスマホの時間をそろえて比べています。それでも男子は体力の高い子ほど評定が高い関係が残りました(β = 0.324)。女子では体力との関係は出ず、肥満の程度との関係が出ています。
Ishihara ら(2021) ── 日本の中学生 469 人を 2 年間追ったデータです。持久力(心臓と肺の体力)の伸びと、評定の変化を比べました。 持久力が伸びた生徒ほど、いちばん低い教科の評定が伸びていました。いちばん高い教科には、同じ関係は出ませんでした。 運動を割り当てた実験ではなく、追いかけた観察の結果です。
山本(2024) ── 運動部の効果について、国内外の研究を整理した論文です。運動部には学習意欲や考える力を伸ばす働きが期待できるとしています。 ただしそれは「勉強と両立できる部活」であることが前提です。練習のしすぎや、勝つことだけに偏った部活は、成績の低さと関係しうると書いています。 また、粘り強さなどが部活で育つように見える効果は、一部が「選ばれ方」の影響かもしれないとしています。もともと粘り強い生徒ほど部活を続けやすい、という見方です。
国の調査(公的データ)
スポーツ庁「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」(令和 7 年度) ── 小 5 と中 2 の全員が対象です。2025 年 4〜7 月に行われました。 体育の授業以外で週 420 分以上運動する子は減る傾向、60 分未満の子は増える傾向です(小中・男女とも)。 この調査は学力を測っていません。報告書自身も、体力と質問への答えを掛け合わせた集計は「必ずしも因果関係を示したものではない」と注意しています。
国の体力調査と学力調査を、子ども 1 人ずつ結びつけた公表データは、このページではまだ引けていません。都道府県の平均どうしを並べた比較もよく話題になります。ただ、県の平均どうしの関係は、1 人ひとりの話にはそのままあてはまりません。
海外のまとめ(主に小学生)
Donnelly ら(2016) ── 学会の立場表明(研究をまとめた公式見解)です。5〜13 歳の研究を、考える力について 64 本、学力について 73 本集めました。 運動は考える力(注意・段取りなど)によい方向と評価しています。一方で、学力への影響は「中立」という評価でした。 大事なのは次の一文です。運動を増やして、考える力や学力が下がるという兆しはない、としています。
Álvarez-Bueno ら(2017) ── 体を動かす時間を増やした実験 26 本のメタ分析です。対象は 4〜13 歳の 10,205 人です。メタ分析は、多くの研究の結果を合算する研究のことです。 効果量(差の大きさの目安。0.2 で「小さい」)は次のとおりでした。
- 算数・数学 0.21、読み 0.13、総合点 0.26
- 国語に近い力 0.16(はっきりした差とは言えない)
- 授業中に課題に向かっている時間 0.77
Singh ら(2019) ── 運動の実験 58 本を、方法の質で選び直したまとめです。質が高いと判定されたのは 11 本(19%)だけでした。 考える力と学力の全体では「決め手に欠ける」という結論です。ただし算数・数学は、7 つの結果のうち 6 つ(86%)で差が出ていました。
運動した直後・数時間後
Chang ら(2012) ── 1 回の運動が、その場の頭の働きにどう出るかの研究 79 本のまとめです。運動中・直後・少し時間をおいたあと、いずれも小さなプラスでした。全体で g = 0.097、場面ごとでは 0.101〜0.108 です。運動の長さや強さで差が変わるとしています。
Hillman ら(2009) ── 9 歳前後の 20 人の実験です。同じ子に「20 分歩く日(最大心拍の 60%)」と「座って休む日」を作りました。 歩いた日のほうが、注意の課題の正確さと学力テストの成績が上でした。人数の少ない 1 本の実験です。
Roig ら(2013) ── 有酸素運動と記憶のメタ分析です。1 回の運動は、長く残る記憶に中〜大の差(0.52)でした。 一方、何週間も続けた運動では、長く残る記憶にはっきりした差は出ていません(0.07)。
van Dongen ら(2016) ── 絵と場所の組み合わせを覚えたあとの実験です。くじで「すぐ運動」「4 時間後に運動」「運動なし」の 3 群に分けました。 2 日後のテストでは、4 時間後に運動した群だけが、運動なしより上でした。すぐ運動した群には差がありませんでした。参加者の年齢は要旨に無いので書きません。
日本の中高生の勉強にあてはめると
部活を引退した高 3 の夏 ── 引退すると、平日に 2〜3 時間が空きます。全部を机に回すより、週 3 回の 30 分は体を動かすと決めておきます。研究の多くは「運動を足しても勉強は下がらない」方向です。運動をゼロにして勉強時間に回した生徒を追った研究は、このページではまだ引けていません。
定期テスト前の部活停止期間 ── 部活がない 1 週間は、帰宅が早くなります。体を動かす時間がほぼゼロになる生徒もいます。夕方に 20 分歩いてから夜の勉強に入る、くらいの量なら睡眠も削らずに済むと考えられます。
練習が長く、毎日くたくたになる運動部 ── 山本(2024)は、練習のしすぎは成績の低さと関係しうると書いています。この場合は、運動を足すより寝る時刻を守るほうが先です(睡眠と一夜漬け)。疲れた日は「その日の授業の小テスト 1 回」だけにします。
英単語や古文単語を覚える日 ── van Dongen ら(2016)では、4 時間後の運動のほうが記憶に残りました。すぐ運動した群には差がありません。部活が夕方なら、昼休みに単語を覚えておく順番が合います。ただしこれは 1 本の実験からの推論です。覚えた中身も単語ではなく、絵と場所の組み合わせでした。
自転車通学・徒歩通学 ── 片道 15 分の自転車でも、体を動かす時間です。電車通学なら、1 駅手前で降りて歩く日を作る方法もあります。
保健体育も内申に入る ── 高校入試の内申点は、保健体育を含む 9 教科の評定から出すのが基本です。東京都では実技 4 教科の評定が 2 倍で計算されます(内申点のしくみ)。体育の授業に参加すること自体が、受験の点にもつながります。
公務員試験を受ける社会人 ── 仕事のあとに勉強時間を作ると、運動の時間がまず消えます。通勤の一部を歩く、昼休みに 10 分歩く、と小さく残しておきます(公務員試験の学習計画)。
よくある誤解
「部活をやめれば、その時間がそのまま点数になる」 勉強の時間だけで点数が決まるわけではありません。睡眠や、勉強のやり方でも差が出ます。運動を増やした実験では、勉強が下がった例は目立ちません(Donnelly ら 2016)。部活の時間を減らすかは、練習の量と睡眠を見て決めます。
「運動部の子は成績がいい。だから部活に入れば成績が伸びる」 笹山ら(2014)の差は、同じ時点で比べた調査です。成績のよい子が部活を続けやすい、という「選ばれ方」も考えられます。山本(2024)も、粘り強さなどについて同じ可能性を指摘しています。
「運動すると頭がよくなる」 1 回の運動の直後に出る差は小さめです(Chang ら 2012)。続けた運動の差は「決め手に欠ける」段階です(Singh ら 2019)。差が出やすいのは算数・数学と、授業に向かう時間でした。
「疲れるから、勉強の前は運動しないほうがいい」 運動中・直後の頭の働きは、平均すると小さなプラスでした(Chang ら 2012)。ただし、へとへとになる強い練習のすぐあとは別に考えます。
このサイトでの使い方
- 部活の前に、その日の授業の単元の小テストを 1 回解く。休み時間の 10 分で十分です(テスト効果)
- 部活のあとは「前に間違えた型をやり直す」だけ。疲れた日に新しい解説を読み込むより、思い出す練習に回します
- 運動をはさんで日をあける。月・水・金に体を動かすなら、その翌日に前日の単元をもう一度解きます(間隔反復)
- 部活停止期間は、まぜこぜテストを 1 日 1 回。数学 全単元まぜこぜテスト・英語 全単元まぜこぜテスト です
例:二次方程式 を授業でやった日なら、昼休みに小テストを 1 回解きます。夕方に部活か散歩をして、翌朝に「前に間違えた型」を解きます。
注意点
- 海外のまとめ(Donnelly ら・Álvarez-Bueno ら・Singh ら)の対象は、主に 4〜13 歳です。高校生や受験期の生徒で同じ差が出るかは分かりません
- 日本の研究(笹山ら・Morita ら・Ishihara ら)は、すべて調査や観察のデータです。運動を割り当てて、テストの点まで比べた日本の中高生の実験は、このページではまだ引けていません
- 差の大きさは「小さい」が中心です。運動だけで受験の結果が変わる、と期待するのは言い過ぎです
- けが・病気・体調で運動を控えている人は、無理に増やす必要はありません。勉強の段取りは 睡眠と一夜漬け や スマホと勉強 も見てください
- 部活の活動時間や休養日は、国のガイドラインをもとに学校や自治体が決めています。2025 年 12 月に新しいガイドラインが出たので、最新は学校の方針で確認してください
引いた論文
番号は班別ファイル docs/参考文献ログ_追加_生活2.md の #。すべて DOI を開いて書誌と要旨を確認しています。
- #288 笹山健作・野々上敬子・多田賢代・足立稔 (2014). 部活動の所属, 運動時間と学業成績の関連 ─中学2年生を対象とした検討─. 学校保健研究, 56(4), 282–289. https://doi.org/10.20812/jpnjschhealth.56.4_282
- #289 Morita, N., Nakajima, T., Okita, K., Ishihara, T., Sagawa, M., & Yamatsu, K. (2016). Relationships among fitness, obesity, screen time and academic achievement in Japanese adolescents. Physiology & Behavior, 163, 161–166. https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2016.04.055
- #290 Ishihara, T., Morita, N., Nakajima, T., Yamatsu, K., Okita, K., Sagawa, M., & Kamijo, K. (2021). Differential effects of changes in cardiorespiratory fitness on worst- and best- school subjects. npj Science of Learning, 6, 1. https://doi.org/10.1038/s41539-021-00086-8
- #291 山本宏樹 (2024). 運動部活動に人格形成効果はあるか?:学習意欲,認知能力,非認知能力,道徳性に関する実証的知見の整理. 年報 体育社会学, 5, 39–49. https://doi.org/10.32243/arspes.24-05-008
- #281 Donnelly, J. E., Hillman, C. H., Castelli, D., Etnier, J. L., Lee, S., Tomporowski, P., Lambourne, K., & Szabo-Reed, A. N. (2016). Physical activity, fitness, cognitive function, and academic achievement in children: A systematic review. Medicine & Science in Sports & Exercise, 48(6), 1197–1222. https://doi.org/10.1249/MSS.0000000000000901
- #282 Álvarez-Bueno, C., Pesce, C., Cavero-Redondo, I., Sánchez-López, M., Garrido-Miguel, M., & Martínez-Vizcaíno, V. (2017). Academic achievement and physical activity: A meta-analysis. Pediatrics, 140(6), e20171498. https://doi.org/10.1542/peds.2017-1498
- #283 Singh, A. S., Saliasi, E., van den Berg, V., Uijtdewilligen, L., de Groot, R. H. M., Jolles, J., … Chinapaw, M. J. M. (2019). Effects of physical activity interventions on cognitive and academic performance in children and adolescents: A novel combination of a systematic review and recommendations from an expert panel. British Journal of Sports Medicine, 53(10), 640–647. https://doi.org/10.1136/bjsports-2017-098136
- #284 Chang, Y. K., Labban, J. D., Gapin, J. I., & Etnier, J. L. (2012). The effects of acute exercise on cognitive performance: A meta-analysis. Brain Research, 1453, 87–101. https://doi.org/10.1016/j.brainres.2012.02.068
- #285 Hillman, C. H., Pontifex, M. B., Raine, L. B., Castelli, D. M., Hall, E. E., & Kramer, A. F. (2009). The effect of acute treadmill walking on cognitive control and academic achievement in preadolescent children. Neuroscience, 159(3), 1044–1054. https://doi.org/10.1016/j.neuroscience.2009.01.057
- #286 Roig, M., Nordbrandt, S., Geertsen, S. S., & Nielsen, J. B. (2013). The effects of cardiovascular exercise on human memory: A review with meta-analysis. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 37(8), 1645–1666. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2013.06.012
- #287 van Dongen, E. V., Kersten, I. H. P., Wagner, I. C., Morris, R. G. M., & Fernández, G. (2016). Physical exercise performed four hours after learning improves memory retention and increases hippocampal pattern similarity during retrieval. Current Biology, 26(13), 1722–1727. https://doi.org/10.1016/j.cub.2016.04.071
参考資料(公的統計)
- スポーツ庁(2025 年 12 月)「令和7年度 全国体力・運動能力、運動習慣等調査の結果について(概要)」調査時期 2025 年 4〜7 月。https://www.mext.go.jp/sports/content/20251217-spt_sseisaku02-000046317_000101.pdf
- スポーツ庁「令和7年度 全国体力・運動能力、運動習慣等調査 報告書」6 ページ(PDF の 7 ページ目)「調査結果に関する注意事項と説明」。https://www.mext.go.jp/sports/content/20251216-spt_sseisaku02-000046317_000401.pdf
- スポーツ庁・文化庁・文部科学省(2025 年 12 月 22 日)「部活動改革及び地域クラブ活動の推進等に関する総合的なガイドライン」の策定について(通知)。https://www.mext.go.jp/sports/content/20251215-spt_oripara-000046180_00005.pdf